第26話 決着
大広間に、重苦しい空気が漂っていた。アストリアの告発に加えて、ロイドの証言とデニスの捜査結果が明らかになり、パーティー出席者たちはマリラの去就に注目していた。彼女の華麗な容姿も、今はその存在感を失っていた。
「これは陰謀なのです。すべて、作り話ですわ!」
マリラは顔をこわばらせ、衛兵隊の剣に囲まれたまま、なおも空虚な声を張り上げていた。
「マリラ公爵令嬢。もう証拠は揃った。もはや言い逃れはできない。君がしたことを認めるべきだ」
エーベルは、厳しい表情で彼女を見つめる。
「すべて捏造です。こんな話、私は聞くに堪えません!」
マリラは必死に叫び続けた。だが、もはや彼女の主張に耳を貸す者はいなかった。
そのとき、広間の奥から、マリラの両親である、公爵夫妻が静かに進み出てきた。好奇と非難の眼差しを浴びる中、彼らは足早に、娘のもとへと歩み寄った。
「マリラ……」
父である公爵が、声を震わせながら言った。
「私たちも、先ほどからのやりとりを全て聞かせてもらった。お前が何をしたか、何が起きたか、よく分かったよ」
「お父様!」
マリラは振り返り、すがるように父を見た。
「私はお父様の娘でしょう? 信じてください! 」
母である公爵夫人が、涙を浮かべながら声をかけた。
「マリラ、私たちはマリラを愛しているわ。だからこそ、お前がこれ以上苦しむ姿を見たくないの。どうか、正直に話してちょうだい。自分がしたことは素直に認めて」
「そんな、お母様……」
両親からも引導を渡され、マリラは絶望して肩を落とした。公爵もまた、悲しそうな表情で告げる。
「罪を償うことでしか、お前はこの苦しみから解放されないんだよ。私たちも、お前が素直に事実を話して、正しい道を歩んでほしいと望んでいる」
公爵夫人が涙を拭いながら、マリラの手を取り、優しく言った。
「お願いよ、マリラ。私たちはずっと、マリラの味方でいたい。でも、そのためには、マリラが素直になってくれなくちゃ」
静寂の中で、彼女はしばらく視線をさまよわせたが、とうとう、力なくうなづいた。
「わかりました……」
彼女の声はかすれていたが、はっきりと聞こえた。
「私はあの夜、東宮殿で会った女性をアストリア殿下とは露知らず、ひどい目に遭わせました」
マリラの反抗的な目つきが、次第に消えていく。
「王女殿下の失踪を知らされ、あの時の女性がもしや王女殿下ではと怖くなりましたが、『そんなはずはない』と勝手に自分を納得させて、今日まで黙っておりました。本当に申し訳ありません」
その言葉が大広間に響いた瞬間、一段と大きなざわめきが再び起こった。
「やはり彼女が犯人か……」
「やっと認めたな……」
エーベルは怒りに震えながら、厳しい表情で告げた。
「マリラ! 君がしたことは重罪だ。罪を認めた以上は、正当な裁きを受けてもらうぞ!」
父である公爵が、床に膝をついて、深く頭を下げた。
「国王・王妃両陛下、エーベル王子殿下。そして何よりも被害者である、アストリア王女殿下。私たちは、娘マリラの罪を重く受け止めます。彼女がしたことは、許されるべきではありません。その上で、申し上げたいことがございますが、よろしいでしょうか」
エーベルが公爵に答えた。
「申してみよ、公爵」
公爵は一礼すると、口を開いた。
「陛下の命により、我が公爵家でも、この事件について独自に調査を進めて参りました。まず、王女殿下の部屋の窓についてです。あの窓は鍵で施錠されるのが通例ですが、あの夜だけ、何故か施錠されていなかったようです」
アストリアが、目を見開きながら言った。
「確かに、公爵様のおっしゃる通りです。あの夜、私が東宮殿に行きたいと何度頼んでも、乳母のリディアは拒みました。ところがその後で、リディアは窓に鍵をかけずに出て行ったんです」
「それでアストリアは、あの夜、窓から抜け出して東宮殿に行こうと急に思いついたわけか……」
エーベルが驚きながらつぶやく。公爵は報告を続けた。
「次に、マリラの護衛隊長だったフリードという者が、公爵家の荷物を搬入すると言い張って、東宮殿の裏口から王宮の衛兵隊を移動させたことが分かっています。衛兵隊の排除後も、フリードは裏口に私兵を配置しませんでした」
アストリアが、またも納得した表情を見せる。
「物陰から見ていたら、衛兵が急に移動を始めて、誰もいなくなりました。それで私は、裏口から入れたんです。騒ぎの間も、衛兵隊は誰一人来ませんでした」
さらなる意外な事実を、公爵は明かす。
「あの事件の後、王女殿下の乳母だったリディア、公爵家の護衛フリード、そしてマリラの侍女だったエルザという者が、ほぼ同時期に退職しております。調査の結果、三人揃って、隣国・セルヴァ王国行きの船に乗り、海路で出国しておりました」
「エルザ……? そうよ、エルザよ! エーベル殿下の部屋に浮気相手の女がいると、私にわざわざ知らせに来たのは、エルザでしたわ!」
マリラが青ざめた表情で叫んだ。公爵はうなづきながら、話を続ける。
「なるほど。今のマリラの発言が事実とすれば、リディア、フリードに加え、元侍女のエルザを含めた三人は、何者かに買収されたスパイだった可能性も考えられます」
「貴様も陰謀だと言い出すのか? 今さら何を……」
エーベルが不快そうな表情もあらわに、公爵の話を遮った。だが、公爵は真摯な態度で説明を続ける。
「殿下。最初に申し上げた通り、娘を庇う意図は、もうありません。ただ、三人の動きを総合すると、アストリア殿下が東宮殿へ忍び込むよう誘い込んでおり、一方で、我が娘マリラには疑心暗鬼を煽っている。両人を鉢合わせさせてトラブルを誘発し、宮廷内の混乱を狙ったのではと」
「なるほど。その点は、さらなる詳しい調査が必要だな」
「もちろん、たとえ三人に嵌められたのだとしても、です。王女殿下に対する娘マリラの悪逆非道の数々は、全て娘自身の判断によるものでした」
公爵は深く溜め息をついた。
「彼らも、娘があそこまでやるとは、予想外だったでしょう。そのような残忍な性格に育てた、私どもの教育不行届です。その報いは、公爵家一同が甘んじて背負うつもりです。以上、ご報告申し上げます……」
公爵が目に涙を溜めながら、長い報告を終えると、エーベルは答えた。
「よく分かった、公爵。既に公爵令嬢が罪を認めた以上、今は、これ以上の詮索は不要だ。彼女の罪は罪として、厳正に裁く。スパイの関与の有無は、引き続き詳しく調査を進めよう」
公爵はエーベルに一礼すると、マリラのほうへ向き直って言った。
「家門のための結婚で、お前に重圧をかけたな。私たちが悪かったんだ。この罪は、お前だけには背負わせない。お前の罪の償いに、公爵家の財産を差し出そうと思う」
マリラは、目を伏せながら言った。
「お父様、お母様。私が愚かでした。不安を煽られて、怖くて、どうかしてました。王女殿下に、取り返しのつかない、本当にひどいことをしました」
公爵夫人はマリラの眼前で泣き崩れる。
「とにかく、これからは正直に生きて、罪を償いなさい。それが私たちの、唯一の願いなのよ」
母の懇願に、マリラもついに観念した。衛兵隊に向かって、おとなしく両手を差し出す。
「お手間取らせました……。わ、私、自分の罪を償います……」
ここまで高慢な態度を取り続けた彼女だったが、風船のように張り詰めた彼女の気が、この瞬間、いっぺんに破れて弾け飛んだ。もはや別人のように顔を醜く歪め、わんわんと大声を上げて泣きながら、マリラは連行されていくのだった。
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