白百合姫と黒薔薇様〜高貴な公爵令嬢、一世一代の恋に落ち〜
潤谷ノイズ
第1話 白百合姫の一目惚れ
「流石の美しさですね、“白百合姫”様。我が学院に入っていただけた事、光栄に思います」
シルクのような艶を放つ、純白の髪。
ガラスのように透き通った、真っ白な肌。
黄金の瞳は憂いを秘めていて、何処か危うささえ感じさせる儚さを醸し出していた。
「──いえいえ。
ティトス帝国の貴族、シエナ・アレクサンドラ。
由緒正しき家柄に相応しい品格と知性を併せ持つ、ティトス帝国内では絶大な影響力のあるアレクサンドラ公爵家長女。
揺るぎのない自信が、彼女の立ち姿から滲み出ている。
心の穢れを知らない、正義感のある令嬢。
眉目秀麗、聡明叡智。
全てが白の容姿に因み、人呼んで“白百合姫”。
誰もが羨む、公爵令嬢だった。
******
「初めまして。この度こちらに編入致しました、シエナ・アレクサンドラですわ。以後、お見知り置きを」
スカートの両端を摘み、すらりと長く美しい脚を前に出す。
背中を丸め、前に倒してお辞儀をしつつ、自己紹介をした。
シエナが編入したのは、帝国でも有数の魔法学校、“カナロア
帝国内でも魔法を使う事の出来る、力のある貴族の子が、次期当主として成長するべく入学する。初等部や中等部もあるのだが、生徒の多くが庶民の為貴族はあまり入りたがらない。
その為、比較的名のある貴族が多く集まる、高等部から編入するケースが一般的だった。
シエナは、カナリヤでも実力のある者だけが集まる、所謂“上級クラス”に配属された。
理由は簡単、シエナ自身があまりにも強すぎたからだ。
アレクサンドラ家は、古くから帝国の皇族に仕える由緒正しい家柄だ。帝国では普通、貴族が庶民を守るという特異な風習が根付いており、シエナもまたその教育を受けてきた。
──その力は、帝国を守る為に授かったものだ。悪を滅し、善を守れ。それがお前の役目だ、シエナ。
「(父上にそう教えていただいたんですもの。強くなくては、アレクサンドラ家の名折れでしてよ)」
貴族は強い。シエナ自身、それを信じて生きてきた。
アレクサンドラ家の者として受け継いだ天性の才覚と、貴族らしからぬ謙虚な姿勢。面倒事にも精を出し、どんな事にも努力を惜しまない。
何事も、自分を強くする為の試練なのだと、そう捉えた。
実際、そういった考えと努力の賜物か、こうやって最高峰と謳われていたカナリヤの上級クラスに編入出来たのだ。
「では、シエナ様。あちらの席にお着きください」
「分かりましたわ」
上級クラス“ペティット”の担任ライラに案内され、シエナは席に着いた。教室の窓側、一番後ろ。
眩しいほどの陽光が白髪を照らし、柔らかなそよ風が睫毛を揺らす。シエナが座っているだけで、それは一つの芸術品となった。
教室内はざわめいた。ライラが声を張り上げないと聞こえないほどに。
「……では、これでホームルームを終わります。シエナ様は編入して間もなく、色々と分からない事もあるはずですので、皆さんが教えてさしあげてください。ありがとうございました」
『ありがとうございました』
ホームルームが終わると、忽ちシエナは大勢に囲まれた。
好きな食べ物は、趣味は、どんな教育を受けたのか。
何かと質問をされ、シエナはそれらに適当に答える。
「(ああ、またもや面倒なコミュニティが出来てしまった。
社交界よりも、タチが悪い)」
シエナは学院アカデミーに編入するまで、貴族として当たり前の教養を身に付けていた。社交界での振る舞い方もその一つ。
身なりを整え、貴族たるプライドを誇示し、舐められないよう背筋を伸ばす。女としての品格は失わないよう、笑顔を貼り付け、指先にまで精神を張り巡らせる。
社交界では、休む場所がなかった。一瞬の隙でも見せてしまえば、忽ちパクリと食べられてしまうのだ。
公正公平を謳う学院だが、勿論スクールカーストなるものは無意識の間に存在していた。
一部の上級貴族やそれに近しい者がクラスを牛耳り、中級・下級の貴族と武家の者がその他大勢の取り巻き。庶民は必ずピラミッドの最下層。
この会話にしても、シエナに付け入る隙を探している。
ティトス帝国を操っているとされるアレクサンドラ公爵家を、一部の貴族が真っ向から潰せる訳がない。だから、令嬢のシエナの粗を探し、何らかの弱みを握る事で、政治から追い出そうとしているのだ。
気を抜いてしまえば最後、シエナは油断一つ出来ない。
「
心にも思っていない事を言う。
度重なる訓練中の刺客との遭遇で、シエナの精神力は極限まで鍛えられていた。ちょっとやそっとの事では動じず、環境の変化にも適応する。これも、刺客に常に狙われ、頻繁に別荘を転々としていた為身に付いたのだった。
良く言えば常に冷静、悪く言えば感情の起伏に疎い。
「シエナ様、次は早速移動教室ですね。私が案内してさしあげますわ」
「いや、ここは私が」
「いえいえ、私ですわ」
心のこもっていない言葉にまんまと騙され、数人の女生徒が案内役を取り合う。ここでシエナに対して恩を売り、取り入ろうとする為だろう。魂胆が透けて見える。
シエナはニコリと微笑み、遂に言葉だけでは止まらなくなってしまった小競り合いに介入した。
「そんなに争わないでいただきたいですわ。皆さんで一緒に行く、というのはどうでしょうか」
「! それが一番良い案ですわ!」
「流石、シエナ様です」
ついでに、自分にとって一番都合の良い事を提案する。
正直、シエナには特定の仲の良い友人を作る気がなかった。友人などと迂闊に発言してしまえば、その人物が調子に乗り、シエナの名を掲げて勝手な事をしてしまう可能性があるからだ。そうすれば、シエナの名は落ちてしまう。
これも、シエナが社交界を経て得た常識だ。
ある女生徒を先頭に、シエナは学院アカデミーの中庭を移動する。本当は誰にもくっつかずに移動したかったのだが、なにしろ校舎の構造を知らない。迷子になるのは嫌なので、こうして大人しく着いて行っているのだ。
中庭は、色とりどりの季節の花が植えられていた。真上に昇っていた太陽の光が明るく照らし、漲る力を花に注ぐ。
中央に設置されているビオトープは野生の小鳥の水浴び場となっていて、水の粼せせらぎと小鳥の囀りが心地よく耳を揺らした。
「(あら、あの集団は…?)」
緑豊かな光景に自然と口角を上げていると、ふと渡り廊下の奥にいる女生徒の集団が目に付いた。どうやら、こちらもまた一人の女生徒を中心に、教室を移動しているらしい。
「あの方々は?」
「ああ、あれは中級クラスですよ。我々
シエナが不思議に思って問えば、一人の女生徒が答える。いかにも小馬鹿にしたような表情と口調で、鼻で笑っている。
学院アカデミーには、クラスの優劣を決める“序列戦”が存在する。
クラスの中でも特に実力のある者を募り、各クラスの代表者として戦うのだ。その序列戦の順位で、次年度のクラスの序列が決まる。代表者はクラスのプライドを背負い、熾烈な戦いを繰り広げるらしい。
中級クラスという事は、上級クラスに負けたという事。弱くはないが、才能や育ちで一歩出遅れた、という所だろう。
シエナは女生徒の物言いに不愉快さを覚えた。彼女は代表者でないにも関わらず、この言い草だ。せめて、自分の実力を示してから下に見るべきだろう。
シエナは、変な所で正義感が強かった。せめて中級クラスを引っ張る生徒の顔を見ようと、集団に近付いた。
「シエナ様!?」
「我々以上に
「(…その
シエナの取り巻きとなっていた生徒が口々に言う。だが、思い立ったらすぐ行動、のスタンスを貫くシエナを、止める事は不可能だった。
シエナは中級クラスの前に出ると、リーダー格らしい生徒を探した。周りの生徒はいきなり出てきたシエナに対して不信感を隠そうとはしていない。寧ろ、上級クラスからの刺客ではないかと警戒している。
だが、シエナの身なりを見て貴族だと気付いたのか、動揺が広がる。何故公爵令嬢が、まさか上級クラスの犬に、中級クラスをバカにしているのか。
ヒソヒソと話し声が聞こえる中、集団の中に居た、一人の女生徒がシエナに歩み寄った。
「────っ!!!」
シエナはその瞬間、石化したかのように動きを止めた。
インクをに漬けたかのような艶のある黒髪に、同じ色の豊かな睫毛と整えられた眉。
垂れている目尻に、青空を閉じ込めたかのような青の瞳。
くっきりと見える鼻筋と、しっかりと肉付いた唇が、陶器の人形のような美しさを演出していた。
「なんて、美しいの……」
シエナはそう呟き、改めて見惚れてしまった相手を見た。
黒髪が目立つ、同い歳の少女といえば、シエナの中では一人しか居ない。
「ティトス帝国第二皇女……
────ミュー・フォンテーヌ・ティトサンタナ様」
シエナはこの日、許されざる恋に落ちた。
“一目惚れ”、という形で。
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