好きな人の好きな人を好きな人と好きな人から好きな人にされそうです

Terran.31

三人目の恋




 ぼくには好きな人がいる。

 でも、どうしても気持ちを伝えられない理由がある。



――――――――――



 高校一年の修了式が終わって、さあ遊ぶぞといつもの四人を誘ったけれど、少し用事があるからと言われたので一度下校してから後で落ち合うことになった。


 筈だった。


(あれは、ミツル希望ノゾミじゃないか)


 修了式の日は食堂が閉まっていることを知らなかったぼくは、閉ざされた食堂から校舎裏の近道をして校門へ向かおうとした所で二人を見つけた。

 ぼくと違って大柄で肩幅が広くて運動神経の良いミツルと、栗色の髪をセミロングにした笑顔の可愛い希望ノゾミ

 せっかくだから一緒に帰ろうと声をかけるために息を吸って。


「伏せろ」


 植え込みから伸ばされた長い手に捕まって簡単に引きずり込まれてしまった。


アオイ……?」

「しーっ」


 そこには170超えの長身と長い手足を折りたたみ、片目を閉じて口元に指を当てているスタイル抜群の美女、いや美少女が居た。

 短く切り揃えられた艷やかな黒髪とキリリと整った顔が今日もイケメンオーラを漂わせている。

 アオイは生まれ持った身体こそ女子だけど心はれっきとした男子だ。


「僕としてもアキラの意思は尊重したいところだが、まだそうと決まったわけではない。はやる気持ちは分かるが時期尚早だよ」


 彼女、いや彼は植え込みの中から二人の様子を窺いながら小声で注意をうながし、見つからないようにとぼくの肩に手を回して引き寄せる。

 ふわりとした香りがぼくの鼻腔から本能を刺激して動悸が跳ねた。見た目は美少女だけど中身は男子。頭では分かっていても不意を突かれるとどうしても意識してしまう。


「えっ。あれってミツル希望ノゾミに告白」

「そんな馬鹿な話があるか。お父さんは認めないからな」


 アオイはいつから希望ノゾミのお父さんになったのだろう。


「そうですよ。それはいけません」


 アオイとは反対側の至近距離から声がした。その甘い声にドキッとしてしまう。


「うわ、ハルまで何でここに?」


 振り返ると長い黒髪のいかにもお嬢様といった雰囲気の大和撫子が居た。ハルもまたアオイとは違う方向性の美少女である。

 ぼくとアオイハルは家族ぐるみで付き合いの長い幼馴染同士なのだ。


「理由は、お二人と同じですよ」

「え、え?」

「静かに、気づかれたらまずい」


 奇しくも五人が揃っているのだけど、用事ってまさかこれのこと?


「おのれミツル。抜け駆けとは許せん」


 もし告白だとして、それを希望ノゾミが受け入れたら。


アオイ希望ノゾミが好きなのよ」


 知ってる。けれど、ぼくだって希望ノゾミのことが。


「そしてミツルアキラが好きなのよ」


 うん?

 ぼくとミツルは高校から知り合った仲だけど、今では親友と言えるほど気が合う。


「あの二人、ホッとした顔をして楽しそうにっ」

「駄目よ。アキラ、何ボサッとしてるの。愛しのミツルが取られてしまうわ」


 いや待って、ハルは何を言ってるの?

 取られるのは希望ノゾミだよ?


「そうだアキラ。君がミツルを攫って、その間に僕が希望ノゾミを攫えば万事解決じゃないか。赤信号、二人で渡れば怖くない」

「いやいやいや」


 ちょっと何言ってるのかよく分からない。


アキラミツルが嫌いなの?」

「そんな事は無いよ」

ミツルと一緒に居ると楽しいでしょう?」

「うん」

「でも今のミツルを見てドキッとしたでしょう?」

「う、うん」

「ほらね」


 告白の場面なんて見たらドキドキするよ。


「て、手を繋いでるぞアキラ。けしからん!」


 そう言ってアオイがぼくの手を力いっぱい引っ張りあげて二人の様子を見せる。ぼくたちも今手を繋いでるんだけど、痛いです。

 ミツル希望ノゾミは仲良さそうに笑い合いながら校門へと向かって行った。


「そんな……」「あらまあ」「何ということだ!」


 ぼくでも分かる。告白は成功したんだ。

 本来なら友達として祝福しなきゃいけないんだろうけど、今はショックの方が大きかった。


「緊急会議をするからアキラの部屋に集合しよう」

「ええ、こんな結末は誰も望んでいないわ」

「今から来るの?」

「どうした。エロ本でも出しっぱなしなのか?」

「そんなの無いから!」

「駄目よ不健全だわ。私が何冊か貸してあげる」

ハルのは腐教用ふきょうようだよね?」




――――――――――



 ぼくには好きな人がいる。

 でも、どうしても気持ちを伝えられない理由がある。


 一人目は幼馴染の美少女。でも心は男の子だから恋仲にはなれない。

 二人目は幼馴染のお嬢様。でも男性同士の恋愛にしか興味が無い。


 もし告白しても断られるだろう。それで今までの関係性が壊れてしまうのはとても怖い。


 だから三人目を好きになるしか無かった。

 でも彼女は親友の恋人になった。


 五人の中でぼくだけが中途半端だ。カミングアウトしているアオイハルのようにはいかない。

 だから、ぼくはこれから四人目を好きになる努力をしないといけないんだ。



 ぼくにはもう、好きな人がいるのに……。





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