時限式爆弾

石衣くもん

💣

「あかりをつけましょ爆弾に」

「あはは、懐かしい、どかんと一発ハゲ頭」


 幼い頃に流行ったひなまつりの替え歌を口ずさめば、笑いながら彼が続きを歌った。何も考えてなさそうな呑気な彼の笑顔が、やっぱり好きだ。


「もう三月だもんな、全然寒いけど」

「今日日、四月も春の気候じゃなくて冬くらい寒いか初夏くらい暑いしね」


 四季はどこいったんだと語気を強めたら、「本当にな」と言ってまた笑った。同い年の三十二歳なのに少年みたいな彼。いや、見た目はそこそこおじさんなんだけど。


「ひなまつりと言えば、飾ったひな人形の片づけが遅れると婚期が遅れるからって、小さい頃母親が『なんでこの忙しい年度末にこんなことしないといけないのか』ってキレながら飾って、キレながら片付けてたわ」

「……へ~、五月人形とかは飾りっぱなしだったけどな家は」


 バツが悪そうな顔、そしてそれを隠しもしない。彼は、逃げるようにトイレに立った。恐らく帰ってきたらまったく違う話をしだすだろう。

 つい最近、一ヶ月も経っていないが、私の誕生日に二度目の逆プロポーズを断られたばかりだ。気まずいに決まっている。


 彼の断り文句は一度目に断られた時と同じ。

 まだ、早いと思う、だ。


 二十七歳から付き合い始めてすぐ、三十歳になる前に結婚したいと迫った。彼は困ったように笑いながら


「え~、付き合って一年経ってないんだよ? 流石にまだ早いよ」


と断った。正直、アラサーの女にその断り文句は最悪だろと、喉まで出かかったが堪えた。だって、彼のことが好きだったから。

 それからはお互い結婚のことは一切触れずに過ごしていた。私は待っていた、彼が「良い」と思うタイミングまで待とうと思っていた。


 けれど、五年待っても彼はプロポーズしてくれなかった。私は彼が好き。彼も間違いなく私が好きで、浮気もしていない。

 ただ、タイミングが合わなかっただけ。彼が結婚したい年齢と、私が子どもを産んで育てるためのリミットとしている年齢が合わなかった、それだけだ。


「そういえばさあ、前に会った友達のよっさん覚えてる? あいつがさあ」


 トイレから戻ってきた彼は予想通りあからさまな話題変えをして、思わず乾いた笑いが漏れた。


「えっ、何何、まだ笑うところじゃないんだけど」

「ごめん。別れよう」


 自分の行動を笑われたからか、少し苛立った声を出した彼に謝って、そのまま別れを切り出した。最初、笑ったことを謝られたと思っただろう彼は、


「いいよ」


と言ったが、一拍遅れて「え?」と声を漏らして固まった。


「なんで」

「私、子ども産みたいんだ、家族がほしい。できたら好きな人と、あなたと家族になりたかったけど、子どものこと考えたら、もう待てないんだよね」


 絞りだした疑問に淡々と答えたら、彼は言葉が出ないようだった。


「ごめんね」

「や、ちょっと意味わからん……謝られても……え、もう付き合ってる奴がいるってこと?」

「ううん、まだ付き合ってはない。あなたと別れるのを待ってくれるって、別れたら結婚する日取りを決めることになってる」

「は……?」


 二回目のお断りを受けて、私は結婚相談所に登録した。担当カウンセラーに自分の状況や希望を伝え、相手を探してもらった。

 見つかったのは四十三歳、初婚の男性で、彼となら結婚しても良いと三回会って決めた。


 最初は結婚相手の彼にも、今まさに別れようとしている彼にも本当のことは言わずにさらっと別れて、さくっと結婚するつもりだった。その方が全員にとって幸せだと思った。

 けれど、結婚相手の彼に何気なく聞いた


「結婚願望っていくつくらいからありました?」


という質問に対して「四十過ぎてからかな、それまでは正直まだ早いだろと思ってて」と答えられて、心底腹が立ったのだ。

 一般論として、男の人の方が結婚願望が若い時はないらしいことは知っている。メジャーな意見だ。それを知った時、別に怒りも感じなかった。でも、当事者になれば話は違う。どう考えたって虫が良すぎる。


 この口ぶりだとたぶん、この人にも今の私みたいな彼女がいたのだ。その人とは結婚せず、自分がしたいと思った時に、一回り年下の結婚に焦っている女をまんまと捕まえた。


 だから結婚の話がなくなってもいいから、傷つけてやろうと、今まだ別れていない大好きな恋人が同じことを言っていると言った。

 目論見通り、彼は怒りより傷ついた様子で


「それなのにどうして俺と結婚するって言ったの?」


と聞いてきたから、私は正直な気持ちを伝えた。


「私は、子どもがほしい。子どもを産むなら、もう待てない。彼が好きでも、四十歳過ぎないとその気になれないなんて、絶対に待てない。あなたと結婚したかった人たちも同じ気持ちだったと思います」


 絶句している彼に謝って、恋人とはどのみちもうすぐ別れるつもりだったが、結婚の話を白紙に戻してもらって構わないと告げた。彼は少し考えてから


「いや、ごめん。君に謝っても仕方ないのはわかっているけど、四十を超えて結婚したいと思った時に、なかなか自分の希望通りにいかないと思ったんだ。親にも孫を見せてやりたいから、悠長に待てない。でも、自分が今まで付き合った人に同じような思いをさせていたなんて、本当に考えたこともなかった。好きだった恋人と別れても結婚したいと思ってくれたなら、君と家族を作りたい」


 君が恋人と別れるくらいまでは、待たせてほしい。


 彼はそう言ってくれた。こうして私たちは、結婚することになったのだ。


「勝手なこと言ってるとは思うけど、でも、あなただって勝手を言ってるんだから、おあいこでしょ」

「俺がいつ、何を」

「私と今は結婚するつもりはないけど、未来は結婚するかもしれないし、しないかもしれない。どうなるかはわからないけど、待っててってことだよね。結婚するつもりがないなら、私が一回目に結婚したいって言った時にあなたから別れを言い出すべきだった。でもあなたは『早い』って言った。まるで、いずれその時が来るみたいに。でもそれは五年待っても来なかった。私は待ってた。今、この別れを切り出す瞬間まで。でもあなたは言わなかった。その時は来なかった」


 これを、あなたの勝手、都合といわずに何と言うの。


 私は抱えていた怒りが爆発しているのを静かに感じていた。身勝手な怒りは、彼のことが本当に好きだったから。欲しいものが手に入らなかった憤りだ。だから、時限式の爆弾を彼に埋め込むことにした。


「覚えておいてね。いつかあなたにその時が来たら、その相手の子は私みたいにあなたのことより大好きで結婚したい相手がいるのに、その相手に振り向いてもらえないからあなたで妥協している可能性があることを。その時に私の結婚相手みたいに、あなたが彼女を受け入れるのか、それとも受け入れられずにまた別の相手を探さないといけないのか。探すとしたら、その間に過ぎる時間をあなたが待てるのか」


 あなたが結婚したいと思った時に、あかりがつく疑心暗鬼爆弾を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

時限式爆弾 石衣くもん @sekikumon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ