三月三日
いとうみこと
またね、大好き
私が四歳になる少し前にね、誕生日プレゼントは何がいいか訊かれて「お兄ちゃんが欲しい」って言ったの。そしたら三月三日の誕生日の日に、お母さんが本当にお兄ちゃんを連れてきてくれた。ついでにお父さんも。嬉しかったなあ。まさかほんとにお兄ちゃんができるなんて思ってもいなかったからね。それに保育園でお父さんがいなかったの私だけだったからおまけも嬉しかった。今なら違うってわかるだろうけど、その時は本物のお父さんとお兄ちゃんだって信じたんだ。
ちゃんと理解したのは八年前だよ。おじいちゃんのお葬式の時に親戚の人がお父さんの悪口を言っていたの。内容は覚えてないけど、子ども心に腹が立って反論したら「血の繋がってない父親を庇う必要はない」みたいなこと言われたんだ。私よく意味がわからなくて「それどういうこと」って訊いたら、みんな急にモゴモゴし出してその場からいなくなった。だからお母さんに訊いたの。お母さん一瞬困った顔したけど、火葬場にいて時間もたっぷりあったからかな、ほんとのこと話してくれたよ。
知ってた? 私ね、私生児なんだって。本当のお父さんのこと訊いたけど教えてくれなかったなあ。その後おばあちゃんにも訊いたけど分からないって。よく「墓場まで持ってく」って言うけど、お母さんはその覚悟らしいよ。凄いよね。まあ、ほんとのお父さんのこと知りたくないって言ったら嘘になるけど、お母さんの意志を尊重しようと今は思ってる。今のお父さん気に入ってるし、そのうち気が変わるかもしれないしね。
あ、話が逸れた。で、その後新しいお父さんと出会って、私が三歳の時に再婚したって話をおじいちゃんが煙になるのを見ながら聞いたのよ。
でさ、それを聞いた時の私、何て思ったと思う? ショック受けたと思うでしょ? 確かにショックはショックだったわよ。だってほんとのお父さんとお兄ちゃんだと思ってたのに、よくある再婚だったなんて夢がないじゃない。だからショックって言うよりガッカリかな。
でもね、それ以上に嬉しかったの。理解できない? だって、実の兄だったら結婚できないでしょ。お兄ちゃんとしても大好きだったけど、今思えばひとりの男の子としての方が好きだったんだよね。だから他人だってわかって嬉しかった。小四女子の好きってさ、結婚したいも含まれるんだよ。一足飛びにそこまで考えるなんておかしいよね。
だからね、私にとって三月三日は誕生日よりも雛祭りよりも、お兄ちゃんに出会った記念日になったの。お雛様を出す時は男雛がお兄ちゃんで女雛が私だと思ってできるだけ近くに並べたんだよ。まあ、すぐにお母さんに直されちゃうんだけどね。お兄ちゃんとした三三九度ごっこも練習だと思ってた。いつかはお雛様みたいな着物着てお兄ちゃんと結婚式するつもりでいたからね。そう、今でもそう思ってるよ。
ねえ、私、今日で十八になったよ。お兄ちゃんはとっくに十八歳過ぎてるはずだからもう結婚できるんだけど、どう? 私をお嫁さんにしてみない?
ねえ、返事してよ。こんな冷たいとこから出てきてよ·····なんであんなにあっさり逝っちゃったかな。よりにもよって三月三日にさ。誕生日と雛祭りと記念日に命日まで重なっちゃったじゃない。全く忙しいったらありゃしない。
やっぱり返事は無しか·····しょうがない、冷えてきたから今日はもう帰るね。また来るよ、大好き、お兄ちゃん。
三月三日 いとうみこと @Ito-Mikoto
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