【KAC20251 特別編SS】ひなまつり

宮沢薫(Kaoru Miyazawa)

ひなまつり

「そういえば、今日ってひなまつりですね」


 窓口対応していた李星宇リ シンユーがカレンダーを見てから、ヘルプデスク総合窓口にいる全員に向けて嬉しそうに話し始めた。


「ひなあられに、ひし餅に、桜餅に......」


「まあ、お菓子ばっかだけど、男にはそれしか楽しみがないよな」


 たまたま通りかかった松原大吾まつばら だいごが茶々を入れる。


 この時期のヘルプデスクは四月に入ってくる新卒や転職組の受け入れで忙しくなる手前だ。アカウントの手配は二月中旬から手掛けているが、パソコン本体が一気に届いてからが勝負である。キッティングに動作確認と通常業務に加えて行わなければならないので自然とスペースが足らなくなる。


「コンビニでひなまつりのお菓子売ってないかな」


 李の頭の中にはお菓子しかないようだ。



「そういえば、エントランスに立派な雛飾りがあるのですが、ご存じでしょうか」


 普段は積極的に会話に入らない阿部鈴音あべ すずねが珍しく口にした。李と松原が同時に目を丸くしたが、先陣を切ったのは李であった。


「エントランス? どこにあったっけ」


「うちの入口じゃなくて、住三すみさんビルの入り口ですよ。エレベータホールの右横です。管理会社が毎年、大きなひな壇を設けて飾っているんですよ」


 鈴音たちが働いているステラグロウトイズは、住三商事が管理しているビルを間借りする形で入っている。二階までは隣にある住三記念病院の人間ドッグ施設で、三階から七階までがオフィスになっている。今いるのは三階で、管理部門が主に集まっているフロアだ。


「へえ、そうなんだ。気づかなかったからお昼出るときに見ようかな」


「李さんは入ったばかりだから、うちのひな壇見るのは初めてですよね」


「あれ、ひなまつりの話題で話題になってる。うちも入っていいかしら」


 何かを手にしたまま、小田原おだわら課長が総合窓口そばのデスク横に立っていた。よく見ると、ピンク色のかわいい袋を持っている。


「あ、<こころん>のひなあられですね。今年も配ってるんですか」


 松原には何のことかわかっているようだ。鈴音も無言で頷く。


 ちなみに、<こころん>とは自社のマスコットキャラクターで、白くもこもことした雲状をしている。性別は不詳だ。


「え、なになに」


 何も知らない李が、ついていかないでという表情をしている。


「うちのグループ、トイズとは別にお菓子の製造をやっている会社があるんだけど、この時期になるとひなあられを作るんだ。このパッケージは子どもがいる社員と、隣の病院の小児科や小学校にいる子に渡す限定版」


「そう、隣の病院にはお菓子の他にも、近隣の玩具メーカーと協力してクリスマスプレゼントとしておもちゃも渡しているんですよ。この辺では規模が大きいですし、長期間入院している子どもも多いんです」


 松原と鈴音が相互に説明する。このエリア自体が、住三記念病院や区立小学校をはじめとするエリアにあることから、CSRの一環として取り組んでいるものだ。端午の節句やクリスマスにもイベントやお菓子の配布をしている。


「ま、そういうこと。李さんはお子さんいらっしゃるのかしら?」


「......それが独身なんですよ、小田原さん。僕にはお菓子もらえないんですか」


 李の返答に小田原課長は苦笑した。確か課長の子どもは男の子と女の子だ。


「明日になって、総務カウンターで余っていれば、かな。ただ、そういうと李さんが全部貰っていっちゃいそうだから、1つだけね。あとパッケージは公式SNS以外に出すのはダメだから、社内で食べて捨ててね」


 お雛さん仕様の<こころん>バージョンの雛あられを見せびらかせながら、小田原課長が李へさとした。年始早々、町田リーダーの帰省みやげを李が全て平らげた騒動が起きたばかりだった。そのことを受けての注意でもあった。


「はあい。でもこういう会社、僕、好きかも」


「それじゃ、その調子で新卒や中途さんを迎える準備をしましょうね」


 小田原課長がその場を締めると、それぞれの持ち場へ戻っていった。

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