古びた木箱

かなたろー

雛の声

 春の訪れを告げる3月3日、村はずれの古い家に引っ越してきた美咲は、家族と一緒に荷ほどきをしていた。


「あれ? こんな荷物あったかな?」


 美咲は首をかしげる。引っ越しの荷物の中に、見覚えのない古びた木箱があったからだ。蓋を開けると、そこには埃をかぶった雛人形が収まっていた。


 木箱の中にはお内裏様とお雛様が二体だけ。色褪せた衣装を纏い、じっとこちらを見つめているようだった。


「こんな古いものが残ってるなんて……」


 美咲は気味が悪いと思いながらも、せっかくだからひな人形を飾ることにした。

 その夜、眠りに落ちた美咲の耳に、かすかな囁きが聞こえてきた。


「……穢れを……祓え……」


  目を覚ますと、部屋は静まり返り、ただ雛人形が薄暗い月明かりに照らされているだけだった。不思議に思いながらも、夢だったのだろうと自分を納得させた。


  翌日、美咲は近所のお婆さんから奇妙な話を聞いた。


「その家ね、昔は人形師が住んでたのよ。雛人形に魂を込めるのが上手でね……でも、ある年、娘が急に死んでしまって。それ以来、人形に娘の魂を閉じ込めようとしたって噂があってね……」

「そうなんですね。でも、とっても素敵なひな人形ですよね」


 美咲の言葉に、お婆さんは顔をしかめる。


「まさかあんた、人形を、飾ったんじゃあないだろうね??」


 と尋ねた。


 美咲が頷くと、お婆さんの顔はみるみる青ざめた。


「所詮、伝説よね」


 美咲は、お婆さんの表情がきがかりだったが、別段気にも留めず、ひな人形をかざったままにしたまま、寝ることにした。


 その夜、再び囁きが聞こえた。


「……穢れを……私に……」


  声は前よりはっきりとしていて、まるで耳元で囁かれているようだった。恐る恐る雛人形を見ると、天皇人形の目がわずかに動いた気がした。

 錯覚だ、と思い込もうとしたが、心臓が早鐘を打つ。お雛様の口元には、薄い笑みが浮かんでいるように見えた。


 翌朝、恐怖を覚えた美咲は、美咲は人形を川に流すことにした。雛祭りの伝統である流し雛を思い出し、これで穢れが祓えるかもしれないと考えたのだ。

 近くの川に人形をそっと浮かべると、水面に映る人形の顔が一瞬、彼女自身の顔に変わった気がした。

 慌てて目をこすると、人形はゆっくりと流れていった。


  その夜、静寂が訪れた。もう声は聞こえない。安心した美咲は深い眠りに落ちた。しかし、朝起きると、枕元に濡れた雛人形が二体、じっと彼女を見つめていた。服は川の水で湿り、髪には泥が絡まっている。そして、どこからか低い声が響いた。


「……お前が……穢れだ……!!」


  鏡を見た美咲は絶叫した。そこに映っていたのは、彼女の顔ではなく、色褪せた人形の顔だった。目がガラス玉のように光り、口元には不気味な笑みが浮かんでいた。


 その日から、村では美咲の姿を見た者はいない。ただ、川辺には毎年3月3日、誰かが置き忘れたような雛人形が流れ着くようになったという。

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古びた木箱 かなたろー @kanataro_

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