第2話 「これでも冒険者なんだ」

  19世紀初頭。カンティネント大陸の西から東まで伸びるバルティゴ都市国家連邦はまさに冒険者の時代であった。

魔王大戦時、冒険者という存在が疲弊した軍を補うため戦場に赴いたが、彼らの勇気は疲れ切った軍を凌駕する勇ましさで東から来る侵略者を迎え撃った。

魔王大戦は最終的に勇者とその仲間たちによる魔王の直接的な討伐の為に終結したのだが、その結果バルティゴ都市国家連邦において、冒険者の存在は市民の尊敬と憧れを集め国家の趨勢を左右するまでの存在になったのである。

.........冒険者を辞書で引くと、「未だ見ぬものへ挑む者のこと」とある。

この時代、19世紀初頭、体と心に若さが残る者は多くが冒険者に憧れ目指した。

この物語も冒険者の少女が主人公である。

彼女は救世的な働きをしたわけでもなく、大きく歴史を変える働きをしたわけでもないが、彼女の残した日記やその周りの人物が残した書記を漁れば漁るほど、歴史の片隅に埋もれてこそいたが、彼女こそが冒険者が冒険者足りうる『自由・自主・自立』の精神を体現していたと筆者は考えている。

その癖どこかポンコツ味があり、不器用で憎めない女でもあった。

この小説は、冒険者イチとその彼女が見てきた冒険者たちの物語である。



バルティゴ連邦の中心である都市バルティゴの街スウィートバウム。この街は今日も冒険者たちで賑わっていた。

都市バルティゴは18世紀までバルティゴ王国だったのだが、魔王国との戦いの為に周辺の属国や諸国と強く連帯するために当時の国王『オカピ名誉失国王』が王国解体を宣言し、カンティネント大陸西全体がバルティゴ都市国家連邦の構想に加盟。

19世紀にはバルティゴ都市国家連邦という巨大な治安維持と主義思想の共同体となった。

そしてバルティゴ王国が存在していた都市がそのまま都市バルティゴになるというわけだ。

そのバルティゴのスウィートバウムという街には冒険者通りという冒険者が集まる大通りがあり、そこには純粋人族[※以下、特筆すべきことがなければ人族と書く]、兎人や猫人などの獣人族、爬虫人や蛙人、鬼人やハーフエルフなどの多種多様な種族が集まっていた。

彼らの多くは冒険者で、一部の狂人を除き12年後にこの連邦が崩壊する事など思ってもいないのだが、今日も新たな冒険を探す為か単に昼食をとる為に、正午にはこの冒険者通りでは人の流れが尽きる事はない。

また、通りで目立っているのは冒険者の恰好をしている者だけではない。

冒険者が集まれば必然として冒険者を相手にした商売人や料理人も集まる。

冒険者通りは連邦各地の人種が集まるだけでなく、連邦各地から出稼ぎに来た料理人も集まっていた。

この物語の主人公である少女冒険者イチも今朝、当面の拠点となる宿に大荷物を預けてから冒険者通りを歩き、食欲を満たす為に適当な露店で昼食をとっていた。


 _____美味い! パスタは連邦の各地で食べてきたが、やはりスウィートバウムのパスタは他の都市とはちょっと違うな!


 イチは記の器に盛られたトマトとミートボールのスパゲティをモリモリと食べていた。

このスパゲティは甘辛く煮込んだトマトソースに大きなミートボールが3つ入っている。


 _____トマトソースに少し溶かしたチーズが入ってるな。きっとこれが甘辛さに更にコクを加えてるんだろうな。

甘辛さにコクまで加えたら美味しくならないわけがない! しかもこのミートボール、フォークでほぐしただけで肉汁が染みだして、それがまたソースに絡んでたまらない。当然ミートボール本体もホロホロしつつワシワシ感もあって、しかもジューシーだ。


 イチは筆まめで、日々の出来事を日記にしたためていた。

この小説も彼女の残した日記からイメージを膨らませ書いている部分が多いが、その中でも今でいう食レポのような文章も多く見受けられる。

どうやらイチと言う人物はなかなかに食いしん坊であったらしい。


 「あんた、良い食いっぷりだねぇ! ほら、ミートボールもう一個食っておきな!」


 どうやらイチは随分と良い食いっぷりだったのだろう。

露店でパスタを出している人族の中年女性が食いっぷりに感心したらしく、鍋からミートボールをひとつ木のおたまでイチの皿に足してやった。


 「ほ、ほんとうか! 絶対また来る! こんなに美味いパスタはなかなかない!」


 イチはもう喜色満面である。

本当に美味かったのだろう。ほとんど貪るように食べて、それがまた店主の女性を喜ばせた。

他の客もこの金髪の少女が上手そうにスパゲティを食う姿に和やかな空気を感じていた。

しかし、そんな空気に水を差す出来事が起きる。


 「スリだ! 誰か捕まえてくれ!」


 蛙人族の男の悲痛な叫びを聞き、イチはミートボールを頬張りながら何事かと目線を動かした。

どうやら人族のスリが悪さを働き、蛙人族の懐を軽くしたらしい。

人が集まればどうしてもそういう輩も出てくる。

しかもこの地区は腕に覚えのある冒険者も集まるので、スリも腹の据わった者が多かった。

人族のスリはなかなか足腰が良いのか、ものすごいスピードで通りを抜けていった。

あと数秒もすれば人混みか、裏路地に逃げられて蛙人族の財布は戻らないままだろう。


 「やれやれ。お嬢ちゃんも気を付けなよ。ここいらじゃ珍しいことじゃないから」


 どうやら店主はこういった場面を毎日のように見ているのだろう。特別驚いた様子もなくため息を吐いていた。

しかしイチはスパゲティの残った一本を右手のフォークですくいチュルリと啜って口の中に収めると、巻き付けたガンベルトの腰の右に挿した6連発式のリボルバー拳銃、カーペイト15式を左手で抜くと標的も見ずに頭の後ろに伸びをするようにして回すと引き金を引いた。

次に瞬間には「バシュ」という音とともにカーペイトの副銃口から魔導弾が放たれ、盗人の後頭部を射抜いて彼を転倒させた。

この時代の銃に全てではないが魔導弾の発射機構を備えた銃もあった。

これは射程はたかだか15mくらいのものだが、平均的な成人男性が全力で拳を繰り出すのと同等の威力を出せる。

一発ごとに威力と同等の体力を消費するが、魔法の使えないイチはこの魔導弾をよく使っていた。


 「これでも冒険者なんだ」


 そう言って笑うイチだが、店主の女はイチの銃捌きを見てあっけにとられた。

なにしろ殆ど一瞬で、まともに標的も見ずに不自然な構えで何の苦労もなく弾丸を命中させたのである。

現代でも拳銃を命中させる為には構え、照準。反動などを考慮し狙い撃つという動作が必要で、たとい軍などで高度な訓練を受けたとしても今イチが見せたような射撃はまず不可能だろう。

この物語の主人公イチは魔法が使えない。何かチートめいたスキルがあるわけでも、それこそ転生物のように前世の革新的な知識を持っているわけではない。

しかし、イチにはどのような状況でも諦めない不屈の心と、困難な状況を打開する知恵と勇気、そして筆者が歴史上で他に並ぶ者がいないと確信している銃の腕前があった。

改めてだが、この神業のような射撃技術を持ちつつ食いしん坊でポンコツ味がありながら不屈の知恵と勇気を持つ青い目の冒険者イチがこの物語の主人公である。

少しでも興味を持たれたのであれば、是非引き続き冒険者イチとこの歴史上でも類を見ない浪漫とドラマに満ち溢れた冒険者の時代の話にお付き合いいただきたい。

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