ひな祭りお姉様

氷見錦りいち

三月二日のお姉様

 仕事から帰宅すると、お姉様が紙コップと牛乳パックで雛飾りを作っていた。

 三月二日、日曜日の夜の出来事である。


「おかえりなさい。おいしい甘酒がありますよ」


 ひな祭りだから甘酒だと、そんな安易な考えで用意したのだろう。

 しかし、何故そんな安易な考え方が出来るのに、肝心の雛人形をこんな時間に作っているのか。牛乳パックをわざわざ用意していた以上、今日の今日まで存在を忘れていたわけではあるまい。

 とは言え、お姉様のやること。理由を考えるだけ無駄である。何故ならお姉様だから。


「雛飾りを仕舞うのが遅れると婚期が遅れる、って言いますわね。ではギリギリに雛人形を飾ったらどうなるのでしょう」


 お姉様はそんな風に独りごちる。そんなことやってしまうから婚期を逃すんだよと、思っただけで口には出さない。人形の如く無言を貫く。


「ひな祭りが始まると同時に完成させ、終わると同時に片付けたら、婚期は理想のタイミングに訪れるのではないでしょうか」


 お姉様の理想はいつでしょう。もう既に世間一般のそれからは大分遠のいてる気はしますが。そもそも結婚する意思があったのですか。


「確かに。独りの方が気楽でいいとか、希望する条件に見合う相手がいないとか、様々な理由で結婚しない選択をする人が増えてますわね。最近は『お嫁さん』よりも『公務員』の方が将来の夢として人気とも聞きますわ」


 それは大人の意見ではなく、それを鵜呑みにしてしまった子供たちの話ではないか。


「悲しい話ですわね。文化が発展するに従って夢がどんどん矮小になっていくなんて。私も子供の頃は七段の雛飾りに憧れていたのに、今はこんな牛乳パックの雛飾りで満足してしまっている。このままでは画像の雛飾りで満足してしまう時代が来てしまうことでしょう。想像してみてください。三月三日になると同時に雛飾りの絵がモニターに映り、三月四日にタイマーで切り替わる時代を。とても寂しいではありませんか」


 牛乳パック工作で実行するのはいいのか。


「ですので私、決めましたわ。この文化を絶やさぬため、三月二日は常に新しい雛飾りを作ると。桃の節句にちなんで、桃園の誓いですわ」


 実のお姉様が、義理のお姉様になってしまった。


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ひな祭りお姉様 氷見錦りいち @9bird

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