片付け

くにすらのに

片付け

 ひなまつり。まったくもって忌々しい祭だ。ひな人形を片付けるのが遅いと嫁に行くのが遅くなるとおじさんが言ってたから、まだ見ていたいとゴネていつまでも片付けさせなかったのに、ひまり姉ちゃんはあっという間に結婚が決まってしまった。


 おじさんはおじさんでいい人が見つかってよかったと結婚に賛成していて裏切られた気分だ。ひまりが良一くんと結婚してくれたら安心だなんて一体どの口が言ってたんだか。


 入籍は四月の予定だから独身で迎える最後のひなまつりということで珍しく三月にもひまり姉ちゃんが帰ってきた。


 六歳上の憧れのお姉さんの左薬指はキラリと輝くものがあって、その光を目にするたびに現実を突き付けられる。会いたくないのに会いたい。もしかしたら最後の最後で考えを改めるかもしれない。そんなかすかな願望が俺の足を隣の家まで動かした。


 嫁入りを遅らせる力が全くなかったひな人形は無表情で鎮座している。せめて申し訳なさそうな顔でもしていれば少しは慰められたのにそれも期待できない。


 今まで通りに振舞おうとしてもひまり姉ちゃんの口から出るのは結婚式や新婚旅行の話ばかりで入る隙がない。その相手が自分だったらどれだけ楽しかっただろうと考えてしまう。一秒でも早く帰りたいけど、まだ独身のひまり姉ちゃんに会えるのはきっと今日が最後だと思うとそれはできなかった。


 昔はりょうちゃんがひな人形を片付けるのを必死に阻止してたよねなんて話に代わって主役が俺に移った。ひまり姉ちゃんと結婚するのは俺だから婚期を遅らせようとしたなんて言える状況じゃない。場の空気を悪くしてしまうだけだ。そんなこともあったねと軽く受け流そうとしたらトリの降臨があった。


 二羽の鳩が口移しで餌を分け合っているみたいだ。ひまり姉ちゃんもあの男と……春の穏やかな光景のはずなのに俺の心はざわついていく。


 今年はひな人形を一緒に片付けようよ。ひまり姉ちゃんは俺に提案してこう付け足した。りょうちゃんの結婚が遅れたら悲しいもん。初恋の相手には幸せになってほしいからさ。


 ひまり姉ちゃんの初恋? 俺が? 両想いだったのに別々の人と結婚しないといけないの?

 

 ひな人形は無表情のまま鎮座していた。

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