ウザかわ小悪魔後輩は、今日も健気に蠱惑する

神武れの

第1話「小悪魔後輩との日常」

 月曜日の朝はなんとも気が滅入めいるものだ。


 そう思うのは自分だけではないようで、学生らが往来する通学路には、何やら陰鬱いんうつな空気が漂っている気がした。


和希かずきせんぱい、おはようございまーす!」


 しかし、そんな暗い雰囲気を振り払うような、底抜けに明るい声が耳に届いた。


 ……否。脳に響いた、が正確かもしれない。明け透けに言うと、うるさかった。


「おはよう、朝から元気だな。おかげで目ぇ覚めたわ」


「えっへへ! それなら良かったです!」


 底抜けハイテンションガールは、皮肉を込めたあいさつをさらりと受け流し、差し込む日差しのような満面の笑顔を浮かべた。


 皮肉を投げかけてしまったことを後悔するくらい、眩しい笑顔だった。


「せんぱいは、あまり元気じゃなさそうですね? 夜更かしでもしました?」


「してねぇよ。月曜の朝は、テンションが上がんないのが普通じゃね?」


「……はて?」


 能天気エネルギッシュガールは、まるで未知の言語に遭遇したかのように、間抜けな面で首を傾げた。


「ちょっと何言ってるかよく分かんないですけど。……まぁともあれ、和希せんぱいはラッキーですよ!」


「……その心は?」


 まともに取り合ってもこっちが疲れるだけなので、特に突っ込まずに聞き返す。


 すると自慢気バイタリティガールは、めいっぱい間を空けたあとに、盛大なドヤ顔で言い放った。


「ふっふっふっ、この私と朝から出会えたんですよ! これをラッキーと言わず何と言うんですか!?」


「うん、そうだね。ラッキーだなぁ」


 渋々頷いた後、深いため息をつく。月曜の朝からだるい奴に絡まれてしまった。


「ちょ、ちょっと!? ため息は心外です! 私の気持ちを侵害していますぅっ!」


 不機嫌アグレッシブガールは、ぷんすか! といった様子で頬を膨らませている。


「ぷんすか!」


「自分で言うのかよ」


 少なくとも俺は、オノマトペを自分で言う人は初めて見た。


「すかすかぷんぷん! すかぷんぷん!」


「変なリズムを刻まないで?」


 オノマトペというか、もはや異言語のようなものを発し始めた。せめて通じるような日本語で話してほしい。


 異言語アングリーガールは……と、そろそろ目の前の少女を形容する表現が底をついてきたので、気を取り直して普通に呼ぶことにしよう。


 目の前の少女、綿貫わたぬきともりは一つ下の後輩だ。


 つい最近まで、全く面識が無かったはずなのだが、ご覧の通りめちゃくちゃに懐かれてしまっている。


 決して悪い気はしないけれど、ことあるごとに僕をからかおうとしてくる小悪魔のような後輩なので、片時も油断ならない。


「ひゃー、風つよーい!」


 一陣いちじんの風が吹き、灯の肩ほどまでに伸びた茶がかった黒髪が、つややかにたなびいた。


「髪が崩れちゃったぁ……うわーん」


 灯は涙目になりながら、手鏡を片手に髪を直し始めた。


「…………」


 髪を手で整えている姿が妙に色っぽく感じられ、思わず見惚みとれてしまう。


 普段から元気いっぱいなせいで忘れてしまいそうになるが、灯は美少女なのだ……黙っていれば、という条件が付くのだけれど。


「何か失礼なことを考えてませんか? ……というか、そんなにじっと見つめないでくださいよ、恥ずかしいです」


「わ、悪い」


 慌てる僕の様子を見て、灯は満足気に悪戯いたずらっぽい笑顔を浮かべた。


「まっ、見惚れちゃう気持ちも分かりますけどね! 髪を直したパーフェクト可愛い灯ちゃんまで、しばしお待ちを!」


「みっ、見惚れてねぇし……」


 見透かされているのが恥ずかして、見え見えの誤魔化しをする。


「そーやって見栄を張らなくても良いのに……はいっ、直りました!」


 その場でくるりと一回転をし、むふーと胸を張りながら見得を切った。


「さあ、超絶ウルトラパーフェクトキューティー可愛い灯ちゃんを見た感想は?」


「……小学生が考えた必殺技みたいなネーミングセンスだな」


「ほらほら、ツッコミで誤魔化さない。……どうですか?」


 灯は、俺を逃してくれない。観念して、顔を向き合わせる。


「……可愛いと、思います」


「なんで敬語なんですか?」


 素直に賛辞を口にするのは気恥ずかしくて、つい敬語が出てしまった。


 不慣れな褒め言葉であったが、灯は特に気にさわった様子もなく、値踏みするようにあごに手を当てて思案した。


「ふーむ。まぁ、初々しくて良いんじゃないでしょうか。今のせんぱいのコメントに点数を付けるなら、六十点といったところでしょうか」


「喜んで良いのか微妙な点数だな」


「あはは、目指せ千点です!」


「千点満点で六十点なら、めちゃくちゃ酷評じゃねぇか!」


「ふふ、伸びしろがあるということですよ」


「……じゃあ、そういうことにしてやるか」


 うまく丸め込まれてるようでやや腑に落ちないが、特に反論するほどのことでも無かったので首肯しゅこうする。


 すると灯は呆れたように笑って。


「まぁ仕方ないですよ。私たちは、まだ付き合ったばかりなんですから」


「……そうだな」


 彼氏彼女、カップル、恋人同士、恋仲。


 表現はどうだって良い。俺と灯は付き合っている。


 とは言っても、灯が言ったようにまだ付き合い始めたばかりだし、いわゆる普通のカップルとは異なり、少し込み入った事情があるのだけれども……それはさておき。


「それじゃ、いつか千点が取れるように頑張らなきゃな」


 そんな俺の意気込みを聞いた灯は、少し驚いたように目を見開いた後。


「ええ、その意気ですよせんぱい! その調子で──私に恋を教えてくださいっ!」


 そう言って、灯は口元にを描いた。


 その笑顔を横目に、俺は初めて灯と出会った日を思い返した──。

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