おひめさまと仲直り
星名柚花
第1話
「わあ……すごい……!」
千春は、目の前の光景に息をのんだ。
友達の玲奈の家に招待されて、遊びに来たのだけど――こんなに大きくて立派なひな人形を見たのは初めてだった。
緋毛氈が敷かれた豪華な段飾りのひな壇には、十二単をまとった美しいお姫さまと、お殿さまが並んでいる。
周りには三人官女や五人囃子がいて、お道具もすべて本物みたいに煌びやかだった。
「うち、お母さんが毎年ちゃんと飾るの。千春ちゃんの家にもある?」
頭にリボンをつけて、お姫さまみたいなフリフリのドレスを着ている玲奈が誇らしげに言った。
兄のお下がりのパーカーとズボンを穿いている千春は、曖昧に笑った。
「うん……ちっちゃいやつが、あるよ」
千春の家のおひなさまは、おばあちゃんが作ってくれた、紙でできたシンプルなもの。
でも、そんなこと恥ずかしくて、とても言えない。
(いいなぁ……私も、こんなすごいおひなさま、欲しいなぁ……)
千春の目に、お姫さまの人形がやけに輝いて見えた。
(――少しだけ、触るだけなら、いいよね?)
そう思って、小さな手を伸ばした。
だけど、その瞬間。
「玲奈ちゃん、千春ちゃん、おやつできたわよ~!」
玲奈のお母さんの声がして、玲奈が「行こ!」と千春の手を引いた。
その時、千春の手の中には――いつの間にか、お姫さまの人形が握られていた。
(……どうしよう。返さなきゃ。でも、バレたら絶対怒られる)
その日は結局、言い出せずに、お姫さまをポケットに入れたまま家に帰った。
家に着いて、こっそり自分の部屋の机に人形を置いたけれど――思ったより嬉しくなかった。
それどころか、心がずっとチクチク痛かった。
「もうお腹いっぱい。ごちそうさま……」
夕食は千春の好きな甘口のカレーだったけれど、とても食欲がわかず、半分以上残してしまった。
「体調が悪いの?」
お母さんは心配そうな顔。
「なんか元気ないな。どうかしたのか?」
お兄ちゃんも首を傾げている。
「……な、なんでもない……」
ごまかしたけど、なぜか涙がこぼれそうになった。
(私、なんでこんなことしたんだろ……)
夕食が終わった後。
「コンビニに行ってくる」と嘘をつき、千春は家族の制止を振り切って家を飛び出した。
夜の街を全速力で走る千春はお姫さまの人形をハンカチで包み、握りしめていた。
(返さなきゃ、返さなきゃ!!)
頭の中はそれだけでいっぱいだった。
この綺麗な人形を、あるべきところに返す。
そうしないと、千春の胸は罪悪感で潰れてしまいそうだった。
息を切らして玲奈の大きな家に辿り着き、千春は震える手でインターホンを鳴らした。
――ピンポーン。
「千春ちゃん?」
玲奈が玄関から出てきた瞬間、千春の目から、ポロポロと涙がこぼれた。
「ごめんなさいっ!!!」
思いっきり謝って、ハンカチにくるまれたお姫さまの人形を差し出す。
「わ、わたし……おひなさま、うらやましくて……でも、でも……返さなきゃって、思って……!」
泣きながら謝る千春に、玲奈は最初、びっくりした顔をしていた。
けれど、お姫さまをそっと受け取ると、ふわっと笑った。
「千春ちゃん……返してくれて、ありがとう」
「怒らないの……?」
千春は涙でぐしゃぐしゃの顔のまま聞いた。
「うん。お姫さまも帰ってきたし、それに……千春ちゃん、ちゃんと謝ってくれたもん」
玲奈の言葉に、千春はまたボロボロ泣いた。
「ほんとうに、ごめんなさい……」
「もう、こんなことしちゃ駄目だよ?」
「うん。絶対、絶対しない。約束する」
千春は目元を擦りながら、何度も何度も頷いた。
「じゃあ、許すよ。仲直りしよう」
「うん!」
玲奈がにっこり笑ってくれて、千春は心底ほっとした。
「上がって」
家に招かれた千春は、玲奈の家族に謝罪した後、自分の手でお姫様をお殿様の隣に置かせてもらった。
二人揃って、ひな壇を見上げる。
お姫さまも、元の場所に戻って、ニッコリ笑っているようだった。
(終)
おひめさまと仲直り 星名柚花 @yuzuriha
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます