宇宙からの使者【KAC2025】

西川笑里

第1話 宇宙からの使者

 今泉健太いまいずみけんたは38歳の独身サラリーマンだ。結婚が嫌なわけではない。子供は好きだ。いつかきっかけがあればと思いつつも、結局この年になるまで機会がないまま今に至る。

 さて、今年の3月3日のこと。会社の机に保険外交員の方からいただいた、ひなあられの入った小さな雛飾りを置いていると、会社の同僚が「おや、独身の今泉君。ひなまつりって女の子の日だよね」と笑われた。さらに「お前、彼女いない歴イコール年齢だから結婚相手も娘もいないし、自分でひなまつりをするしかないか!」と皮肉を言ってくる。昔から嫌な奴だ。

 ムカついた健太は帰宅後、コンビニで買ったちらし寿司とビールを手に、「俺だってひなまつりを楽しんでやる!」と意気込んだ。だが、その夜、彼の人生は一変する。

 深夜、ビールで酔っ払ってソファで寝落ちした健太の前に、突然まぶしいほどの光が降り注いだ。驚いて目を開けると、そこにはひな人形——たぶん――が立っていた。

 金色の冠をかぶり、扇子を持ったひな人形は健太と目が合うと、どこか機械的な声で、「我々は銀河系ひなまつり連合の使者だ。地球のひなまつりを調査しに来た」と告げた。——これはまさかのエイリアン!

 健太は「酔ってるのか?」と目を擦ったが、エイリアンは本物で、さらに「お前を臨時ひな王に任命する」と言い出した。

 話によると、銀河系ではひなまつりが「宇宙平和の祭り」として有名で、毎年どこかの星で開催されるらしい。今年は地球が選ばれたが、健太の部屋が偶然「ひなエネルギー最強スポット」に指定されたというのだ。エイリアンは「儀式を始めろ」と健太に命じ、後でコンビニのちらし寿司を「聖なる供物」と呼び始めた。健太は「いや、これ俺の晩飯なんだけど……」と抵抗したが、エイリアンの光線で強制的にひな壇の中央に座らされた。

 儀式が始まる。どんちゃんどんちゃんと、こんな夜間になんとも迷惑な連中が騒ぐので、ついには近所の住民が「UFOだ!」と騒ぎ出す始末だった。

 やがてエイリアンたちは健太に「ひな王として銀河に平和をもたらせ」と宇宙へ連れ去ろうとするが、健太は「俺、ただのサラリーマンだよ!」と叫んで抵抗すると、ひな人形軍団はやっと立ち去って行ったが、結局、晩御飯のちらし寿司をエイリアンに全部食べられた。

 もぬけの殻になった部屋を眺め、健太は、部屋の入口に鍵をかけ忘れたことにやっと気がつき、「来年は絶対鍵をかける」と誓った。


 翌朝、例の同僚に「昨日、宇宙人に会った」と話したら、「ひなまつりで頭おかしくなったか」とまた笑われたのだった。

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