大人のひな祭り【KAC⑦ 1】

関川 二尋

大人のひな祭り

「そういえば、明日はひな祭りなんですね」

 と、話を振ってきたのは娘婿の小森君だった。


「そういえば、ずいぶんとひな祭りってやってないな……」

 娘の三奈はとっくにアラフォーだし、孫のサクヤちゃんも来年からは高校生だ。妻のかな子と義母のハナさんも、すでにいい年ごろだし。

「……ま。もうみんないい歳だからねぇ」


「コホン」

 と短い咳払いをしてきたのはお義父さん。グレーヘアのオールバックと銀縁メガネが相変わらずカッコいい。そしてキラリと光る眼鏡の奥には鋭い眼光が宿っていた。

「北乃君、女性というのはいくつになってもなんだよ」


 そうだった。そうでした。

 北乃家ファミリーは女性の圧が強い。いや、それが悪いとか、肩身が狭いとか、そういう話ではない。現に私たち三世代にわたって家族関係は実に良好だ。家族円満、夫婦仲良し、親子関係も実に良好だ。それもこれもすべては北乃家の女性陣によるところが大きいのだ。


「ですね。ウチは姫が二人いるから大変ですよ、ハハ」

 なんて小森君が頭を書きながら言っているが、うん、分かってる。大変だけど幸せなんだよね。お義父さんも私も、そっくり同じ経験をしてきたのだ。小森君の目に見えないたくさんの苦労もよーく分かってる。


「でも今さらひな祭りっていうのも、ないですよねぇ」

 小森君がそう言うと、お義父さんあごひげを触りながら静かにうなづいて続ける。

「そうなんだよな、なにかイベントでも開いてあげたいんだけど」


 たしかにひな祭りなんてずいぶんやっていない。サクヤちゃんが子供の頃にしたきりだから、もう十年くらいになるか。人形たちも押し入れにしまわれたまま埃かぶっているだろうし。


 しかしなぁ……今更人形引っ張り出したり、ヒナあられ買っても大人じゃ物足りないだろうし、ちらし寿司だってしょっちゅう食べてるし……と、そこで不意にひらめくものがあった!


「では一つ『』ってのをやりましょう!」


「オトナのひな祭り? なんすかソレ!」

 小森君は相変わらずいい反応をしてくれる。

「なんか面白そうだね、なにをするんだい?」

 お義父さんも興味津々だ。


「ひとことで言えばといったところですかね」

「なんだか妖しい響きじゃないか」

「なんすかソレ! 早く教えてくださいよ」

 まぁまぁそう急かさないでくれ、小森君。


「ふふ。私たちはみんなもういい大人。お金も時間もある」

「まぁ小森君のところはまだきついだろうけど、そういうことなら、わたしも大いに協力できそうだ」

 とお義父さん。クイッとブリッジを上げるしぐさがまたカッコいい。


「それで何するんです?」


「ずばり、ひな祭りキャンペーンの商品を目いっぱいするんだ」


   🌸


 ということで三月三日の夕刻、居間の大テーブルにわたしたちが買い込んできた商品がずらりと並んだ。いずれも金と時間に糸目をつけずに三人で買いまくってきたご馳走である。ひな祭りのキャンペーンだけあって、ピンクと白と緑色がふんだんに使われた鮮やかなパッケージで、食卓も花が咲いたように華やかになった。


「うわぁ、なにコレ! すっごい!」

 テーブルに広げられた食事を見るなり娘の三奈が歓声をあげた。

 そうだろう、そうだろう、掴みはばっちりだ。


「今日はひな祭。男性陣から女性陣へ日頃の感謝を込めたささやかなパーティーを開かせていただきました。きょうはひな祭りにちなんだご馳走をたくさん用意しましたので、みなさん楽しんでくださいね」

 男性陣を代表して小森君がスピーチをしてくれた。


 かくして『大人のひな祭り』は幕を上げたのだった。


「んー、やっぱり定番だよねぇ、いつ食べても美味しいわぁ」

 やはり一番先に手が伸びるのはケンタッチーのフライドチキンだろう。ひな祭りのための特別なバーレルだ。みんな大好き、しかもビールにもよく合う!


「ピザもあるんですか?」

 聞いてきたのはカタリ。彼には今回、お客さんサイドに回ってもらった。

「厳密にはピザ八ットのひな祭りクーポンだけどね。最近はピザでひな祭りってのも流行ってるらしいんだよ」

 みんなが喜んでくれているから、小森君も上機嫌だ。

「あたしはコレが一番好きかなぁ、アンチョビめちゃ美味しい!」

 サクヤちゃんもチーズを伸ばしながら美味しいそうにほおばっている。

 

「で、なんで吉野屋があるの?」

 かな子の疑問ももっともだ。

 私も牛丼とひな祭りの関係に気づかなかったくらいだ。

「いや、なんかアレンジレシピがあるとかでさ。ネットに出てたんだよ。チーズときゅうりと紅ショウガでチラシ寿司っぽくなるみたいでね」

「まぁお魚嫌いな子もいるからねぇ」

「あら。意外と美味しいわね、コレ」

 なんて言いながらみんなでちょっとずつ、つまんで食べてみる。うん。やっぱり定番の牛丼なんだけどなんか美味しい。


「でもやっぱりひな祭りと言えばお寿司よね!」

 そういう三奈はしっかりとお寿司の食べ比べを始めた。スシ口ー、八マ、力ッパ、小憎など有名どころのちらし寿司は全部そろえた。一堂に会した様は圧巻、いろどりもきれい、まさに大人買いならではの贅沢さだった。


 まぁそれにしてもいろいろと考えつくものだ、と思う。企業努力なんて言い方はつまらないけど、商売根性なんて言い方では品がないけど、こういう祭りごとをみんなで楽しもうっていう気持ちはなんか楽しいものだ。ひな祭りというイベントには掠りもしなそうな業界でさえ、こんな風に盛り上げてくれるようとしているのだ。


 日本ってほんとに平和でいい国だな、とあらためて思う。世界では戦渦に巻き込まれてつらい生活をしている人がいるのもよく分かっている。だからこそ、こういう平和があるんだってことを世界のみんなに伝えるべきだと思うのだ。くだらないことだって、笑える世界こそが素晴らしいってことを知らせていくべきだと思うのだ。


 ということを、お義父さんが語ってくれた。


「ということでラストはやっぱりケーキだよな!」


 ということで男性陣総出でケーキを冷蔵庫から運び出す。

 スイーツ業界はこの日が稼ぎ時。たくさんのキャンペーンと限定品があって、我々は片っ端からそれを全種類買い込んできたのだ。


「ショートケーキっていえば不ニ家よね、やっぱり」

 とお義母さんがほっぺたを押さえながらつぶやく。


「G0DIVAにもあるんだ、あそこ外国の会社なのに! でもなんか贅沢!」

 かな子とサクヤちゃんはチョコレートに目がない。二人で大事に大事に、でも結構な量をつまんでは食べている。


「あたしは断然量だな、コ一ジーコーナー最強!」

 三奈もケーキをフォークいっぱいに切り分けて豪快にかぶりついている。


 うんうん、みんな楽しそうだ。女性陣のこのうれしそうな顔を見ることができて、我々男性陣も大満足だ。小森君、お義父さんと視線を交わし、ちょっとビールグラスを持ち上げて密かに喜びを共有する。


 かくして大成功の裡に大人のひな祭りは幕を閉じたのだった。


「カタリ、楽しかったかい?」

「はい。女性のお祭りなのに、僕まで楽しんじゃいました」

「それは良かった。これぞ『』っ感じだっだろう?」


「はい。……でも……女の子向けの商品を根こそぎ買ってくるって、


「あ。」


 さわやかに笑うカタリであったが、同時にわたしたちの胸にはしっかりと苦い矢が刺さったのだった。


 



 ~おわり~



 ※ちなみに2025年調べでどれも実在してます。

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