明確な今
3月3日の午前11時。
家の中でも赤パーカーな丹の鋭い声が飛び交う。
「なんで萌葱は何から何までバカなの!!」
「丹ができて当たり前のことを私ができないのは当然でしょ?」
午前11時少し過ぎ。
「折り重なっている方を下側に向きを変えてから裏返して折れと何度言わせる気!」
「元から紙が裏側のまま渡すのが悪いんじゃない」
「何度言わせないで、3分の1の部分で平行に折るの!!」
「痛った!!嫁入り前の顔を傷物にしたね?無事でウチを出られると思うな!!」
午後12時 いくつかの擦り傷を負った私はついに真理に到達した。
トイレに立った萌葱に折紙を教えるより私が全部折った方が早いという真理に。
適当に選んだ折り紙を
ー3分の1に2回折り
ー折り重なっている方を下側に向きを変え、裏返して折る
最後に極細サインペンで顔を描いて完成。
お内裏様にお雛様
三人官女に五人囃子
1番下のわけわからん五人組
1人につき45秒。ワンセットにつき、ここまでで7分30秒。萌葱の方は謎の五人組をまるまるカットすれば間に合うだろう。
「で、なんでコイツらはみんな色がバラバラなの?お内裏様が赤色じゃオネエみたいだし、お雛様が黒?」
トイレから戻った萌葱は、呆れ顔だった。
「ま、マシコ・デラックスみたいでいいもんでしょ?近年はかっこいい女性は老若男女とわず人気があるもんだし」
簡単な折り紙なら手元を見なくてもできるからと油断していた。折り紙で作られたメンツは、雛人形一式というよりも、呪いの紙人形軍団ともいうべき気を放っている
「三人官女の色がバラバラなのは?」
「全員一緒なんて高校までの馬鹿げた同調圧力を思い出させるでしょ?そういう特に理由のない理不尽には二度と屈しないという意志だよ」
「じゃあ、こっちの五人組は折り紙の裏の白い部分で折られて亡霊みたいになってるのは?」
「…………」
もう言い逃れの余地はなかった。
かなしみの おりがみ
折り曲げられた 痛みたち
「んで?どうして丹は年一の使い捨て人形を手作りにこだわるの?一年使い捨ての人形なんてその辺で買えると思うんだけどね」
折り紙の雛人形二十五個をひな壇がわりの戸棚に並べつつ、萌葱は語る。
「私の家では毎年こうやって手作りしているんだよ、最初は祖母から教わったもんだけどね」
私は萌葱の家の冷蔵庫から森永のガレットサンドとロッテのチョコパイプレミアムを取り出しつつ応じた
「ちょっと、それはわたしの家の冷蔵庫よ!待てこのメンタリスト!戻ってこい腐れパーカー!死ね!!」
5分後
「きっかけは祖母が私が小さい頃に紙の雛人形を私にくれたからだね」
「食ったお菓子はあとで絶対買って返せよ」
ー丹、子供は6つまでは神のうち。だからこの時期は神様がなんと人間から子供をとり返しに来るんだよ。だから子供がバタバタとくたばるんだよ
ーおばあちゃん、おなかがすいたよ
ー子供が生まれるとこうやって紙の人形を作り、お前の傍らにおいて、もう一人の子のように育てるんだよ。
ーおなかが…
ーうるさい!戦時中と違って今は食うものがあるんだよ!それを食べるものがないみたいにほざくな!!今すぐにグーで黙らせられたいのかい!
ーでも、
ーメシならこの後Wiiのボクシングでマットのアホをぶっ飛ばしたら出してやるよ!だから待ってろ!
「いやいやいや、孫をナチュラルにウィースポーツ以下の扱いをしてない?」
「祖母にとってわたしは特別な存在ではなかったみたいよ?みんなたっちができる中で私だけ5歳になっても壁伝いにしか歩けなかったしさ…」
ー痛い!
ー紙人形を誤飲するんじゃない!!Wiiリモコンでまた殴られなきゃわからないのかい!
「でもね、祖母から教わった折り方ってなぜか手先が覚えてるし、ああいう手を使う遊びは今もすんなり覚えられるんだよね」
「よく神様に子供を取り上げられなかったよね」
「ホントだよ。もしもパチンコ屋が家の近隣にあったら私は絶対餓死してると思うもの」
そして夕方
「なんでいわしの下拵えもせずにのんびりポトフの鍋を眺めてんのよ丹のバカ!!」
なぜかは不明だが、基本的にお客様ではなく労働力扱いで、今も台所に駆り出されている。
「包丁もなしに魚なんて開けない」
「いわしくらい、こうやって腹に指突っ込んで」
言うが早いか 萌葱は首なしイワシの頭側に指を突っ込み、
「こうすれば開けるでしょ?」
鮮やかにスーパーでよく見かける状態に仕上げてしまった。
「金を取らないセルフ料理に見栄えなど不要!」
私と萌葱のパワーバランスはリビングと台所で均衡に至っている。私がいろいろやらかしても家を出禁にされないのはそれが理由なのかもしれない。
丹色と紙の形代 花森遊梨(はなもりゆうり) @STRENGH081224
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