【KAC20251】母の願いを私は知らない

肥前ロンズ@「おはよう、サンテ」発売中

第1話 レトロな旧銀行と吊るし飾り

「圧巻ですね」


 隣でタイヨウくんが呟いた。

 吹き抜けとなっているフロアの天井から吊るされた、沢山の吊るし飾り。

 私は母方が柳川だったので『さげもん』と呼んでいたけれど、静岡では『雛のつるし飾り』、山形では『傘福』と呼ばれたりと、地域によって名前や形がちょっと違う。

 そして「城下ひなまつり」の各会場で下げられる吊るし飾りも様々。

 ここではまるでフラフープみたいな輪っかから糸が何本も下がっていて、その糸にはピンクや白、黄緑や赤などの折り紙で作られた折り鶴やウサギなどが沢山吊るされている。


「城下ひなまつり」。

 こぞって近くのお店の人達が乗っかり、大きな盛り上がりを見せるひなまつりイベントだ。うちの喫茶店でも、雛祭り限定メニューを出している。

 その最初の会場である文明開化の時代建てられたレトロな洋風建築の旧銀行は、今は文化資料館兼喫茶店となっている。

 と言っても、ここの目玉は雛人形ではなく、沢山の人の手で折られ祈りが込められた、このおりがみの吊るし飾りだ。


「タイヨウくんが前いたところって、吊るし飾りってあった?」

「ありましたよ。『ひなもん』と言われてました。『さげもん』を元に作られたって言ってましたね」

「あはは。大元よりひな祭りに寄せてるところがちゃっかりしてる」


『さげもん』は柳川鞠を使う吊るし飾りで、赤ちゃんや動物などの小さな人形や、鞠を下げている。我が家では床の間の天井から下げていて、小さな私でも手が届くほど長かった。だからよく揺らして遊んでいた。

 くるくるとメリーゴーランドのように回る人形たち。大きな鞠の下に吊るされた房は、サラサラして気持ちよかった。


「吊るし飾りの下って、なんか異世界な感じなんだよね。段飾りの後ろに飾るからなおさら」

「そうなんですか? 俺、月代家で見た事がないんですが……」


 タイヨウくんに言われて、そう言えばうちにいた時には見せていないことに気づいた。


「なんか、お母さんの実家から送ってもらったんだよ。すごく立派な段飾りと一緒に」


 母は名家で、いわゆるお嬢様だった。

 本当は別の人とお見合いする予定だったらしいけど、その前に父と結婚。そのため、実家とはほぼ絶縁状態だったらしい。だから覚えている中で私が祖父母と会ったのは、母の葬式の時。

 って言っても、物心着く前に何度か会ってたみたいで、その時に雛人形とさげもんを送ってくれていたようだ。


「でも、飾るのが面倒になっちゃって。ちょうどタイヨウくんがうちに来る前だったかな。欲しがっている人に譲ったんだ」


 そう言うと、なるほど、とタイヨウくんは頷いた。


「さて、スタンプ貰いに行こっか!」


 私がそう言うと、「はい」とタイヨウくんは笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る