「生きる」ことの圧倒的手ごたえ

主人公は魔法書庫(ライブラリ)の元奴隷。魔法を知り尽くし、記録する者。
これまで個として扱われたことはなく、だから名前もない。それが突如、主人に売られ、何もかも常識の違うこの怪異の蔓延る幻想浸食国家・日本に異世界人として現れる。
奴隷番号69番、その名もロックとして。

知識や情報ばかり詰め込んで、ついつい頭でっかちになりがちな現代人は、
多かれ少なかれ、みんな誰しも、ロックなのかもしれない。
スマホを握って、つるんとした日常を淡々と生きながら、なんでも知ったつもりになっている。

でも、ほんとうの世界の手触りは、きっとそんなに生半可なものじゃない。
実際、ロックの前にも厳しい現実が次々と立ちはだたかる。
そんな中で彼が出会ったのは、伝承や物語、創作から出てくる幻想の存在、総称”怪異”事件の解決を目的とした組織、ライコウの面々だ。初めのうちこそ、互いに警戒心をあらわにするものの、ロックは、この世界にはなかった魔法の知識と技術を武器に、問題解決にひと役買い、次第に仲間と打ち解けていく。いつしかライコウにとっても欠かせない存在となっていくロック。

その過程で得たのは、本を読み、知識を蓄えるだけでは得られなかった感覚だ。
自分の意志で何かをやろうとすることの多大な労力と引き換えに感じる、無上の楽しさ。
仲間がいる喜び。誰かの力になりたいと願う気持ち。
――つまり、「生きる」ことの圧倒的手ごたえ。

誰かの命令に対して従順であることだけが生きる術だったロックが、自ら意志をもち、自分の人生を始めなくてはならない、と腹をくくるまでがアツい。空っぽだった自分が、夢や願望、やりたいことを持つほかの誰かを助けることによって、初めて、生きてていいのかも、と自身に存在意義を見いだせるようになる。

ここにもう主人はいない。奴隷という立場もない。彼を買う者もいない。
過去を無にするのではなく、今を生きる糧として、役立てる。自分のやりたい事を、自分の意思で見つけようと決めたからには、時には汚れも引き受けて立つ。書庫に閉じこもって穢れから隔絶された無垢な存在では、もういられないのだから。

ただ、ロックは相手を信じようとする心を失わない。
力や魔法だけに頼らず、対話を通して歩み寄るすべがないか探ろうとする。
誰かと繋がり、心を寄せあうことが、時にどんな武器や魔法よりも強いことを、身をもって知ったから。

物語は、読んだ人の希望や夢や願いになるとライコウのメンバーは言う。
翻れば、この物語自体が、砂を嚙むような日常を生きる私たちの羅針盤だ。
自分の人生の舵取りを手放さないことが、いかに難しく、どんなに大事か。
私たちの祈りを背負って、ロックはきっとこれからも、まっすぐに自分の道を歩み続けてくれるのだろう。

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