【KAC20254】トリの降臨が意味するものとは――

宇部 松清

エリザの見た夢・前編

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 カレンダーにバツの印をつけて、はぁ、とため息をつく。


 トリの降臨である。


 ふっくらまるまるとしたフクロウのようなトリがここ最近ずっと夢に出て来るのである。3日連続で現れたところで、「もしや何らかのメッセージなのでは?」と思い、遡ってカレンダーに印をつけ始めたのである。良かった、早めに気がついて。


「お嬢――じゃなかった、奥様、またですか?」


 不安そうに眉を下げた侍女のリエッタが問い掛けて来る。気を抜くとついつい『お嬢様』と呼んでしまううっかり者の侍女だが、私にとっては一番の親友のような存在である。


「そうなのよ。何か意味があるのかしら。ねぇリエッタ、あなた、『夢占い』はご存知なくて?」

「申し訳ありません奥様、わたくしにはさっぱり」

「そうよねぇ」

「読書家の奥様でもご存知ないとすると……。旦那様ならいかがでしょう? 博識でいらっしゃいますし」

「そうね。聞いてみようかしら。でもその前に、自分で調べてみるのもいいかもしれないわね。アレクも忙しいでしょうし。クローバー家の図書室にはそのような書物はないかしら」

「行ってみましょう、奥様」

「そうね」


 そういうわけで、私とリエッタはクローバー家の図書室へと向かった。

 私が幼い頃、読書が好きだと知ったアレクが御父上であるランスロット伯爵に無理を言って作らせたらしいその部屋は、私が好きな作家の作品ばかりを集めた『エリザ専用本棚』と、それと全く同じ書物が並んだ『アレク専用本棚』がある。全く同じものが並んでいるのは、二人で一緒に同じ本を読めるように、という配慮の他、アレクが、私のお気に入りのシーンに印をつけておきたい、という理由もあったらしい。まぁそっちの理由に関してはつい最近発覚したんだけど。

 

 それから、もちろん図書館と銘打っているわけだから、それ以外の本もある。ジャンルは幅広く、小説や図鑑の他、医学書などの専門書もあるのだ。


「あったわ、リエッタ。夢占いの本よ」


 背表紙に書かれたタイトルから目当ての本を探し出した私は、本に視線を落としたまま、後ろに控えているはずのリエッタにそう言った。


「ええと、トリ、トリ、トリ、と……。確かフクロウだったのよ。まるまるとしててね、あれ、でもフクロウってそんなまるまるとしてたかしら? 自然界にいる動物って普通そんなまるまるとしてないわよね? てことは誰かの飼いフクロウなのかしら?」


 そんな独り言をぽつりぽつりと呟きながら――いや、一応後ろにいるリエッタに向かってしゃべっているつもりなんだけど――ページをめくっていく。


「それでね、何回目の夢だったかしら、ほら、夢って起きたら忘れちゃうことってあるじゃない? だから正直最初の方に見たやつは朧気なのよね。で、回数見るうちにこう……はっきりして来たっていうのかしら、まぁそんな感じなんだけど、そのトリがね、卵を持っていることに気が付いたの。不思議じゃない? トリだったら普通卵を自分で温めるわよね? でもね、そのトリは温めてないの、手で――まぁ手っていうか、羽なんだけど、とにかく持ってるの。それで私に何かを言いかけて――」


 そこまでしゃべったところで全く反応のないリエッタに焦れて、「聞いてる?」と振り返る。


 が、そこにいたのはリエッタではなかった。


「もちろん聞いている」

「え」


 アレクである。

 我が最愛の夫である。

 鉄仮面伯爵でお馴染みの、生まれた時から表情筋がほぼほぼ仕事をしていない男、アレクサンドル・クローバーである。本日も彼の表情筋達は絶賛ストライキ中だ。断固として働いてやるものかと、強い意志を感じるほどに。不思議よね、本人は勤勉で働き者なのに。そういうのって表情筋達には伝わらないものなのかしら。


「まるまると肥えた飼いフクロウらしきトリが両羽で卵を持ち、君に何かを訴えかけている、そんな夢を見た、という話だろう?」

「そ、そうなの」

「その夢が一体どうしたんだ?」


 何度も見ているようだが? と軽く握った拳を顎に当て、眉間にしわを寄せる。彼の表情筋で唯一働いているのがこの眉間部だ。アレクの喜怒哀楽はこの眉間部が一手に引き受けているといっても過言ではない。と言っても、しわの深さくらいしか違いがないため、読み取るためには熟練の技が必要だ。今回のこれはズバリ『困惑』である。喜でも怒でも哀でも楽でもなかったわね。


「ここ最近ずっと同じ夢を見るの」

「成る程、それがその『まるまると肥えた飼いフクロウらしきトリが両羽で卵を持ち、君に何かを訴えかけている夢』である、と」

「そうなの」

「エリザ、それはもしかしたら――」


 アレクがそう言いかけた時、「お嬢様申し訳ありません! 遅くなりました!」とリエッタがパタパタと走って来た。


「庭師のケビン様が新しい猫除けを運んでいるところにぶつかってしまって、その片付けを……」

「また新しい猫除けを? こないだも設置してなかったかしら」

「猫除け?」


 私達の会話にアレクが割り込んでくる。そうね、この家の主にも話を通しておいた方が良いわね。


「ここ最近、庭に猫が入り込んでるみたいなの。ケビンが手を焼いてて。灰色の毛並みの美猫さんよ」

「ふむ」

「庭に生えてる植物の中には猫に有害なものもあるでしょう? 危ないから近寄らないように猫除けを」


 それに、オシッコや糞の被害もある。

 だから猫除けを設置しているのだが、かなり賢い子のようで全く効果がないのだとか。


「そうだな、アジサイ科、キキョウ科、ユリ科など、葉や茎、根にアルカロイドが含まれているものは猫にとって有害だ。見つけ出して早急に保護しなくては」


 眉間のしわを一層深くしたアレクが放った言葉に驚いて、思わず高い声が出る。

 

「保護するの?!」


 私の言葉に、今度はアレクの方が驚いたようだった。


「違うのか? 僕はてっきり君が保護したいと思っているとばかり」

「それは、まぁちょっと考えていたけど。でも、どうしてわかったの?」

「灰色の毛並みの美猫さん、と言っていた。庭から追い出したいのなら、そんな言い方はしないはずだ」


 さすがアレクだ。細かいところまでよく聞いている。


「君が望むなら、その『美猫さん』をクローバー家に迎え入れても良い。どうだろうか」

「良いの?」

「もちろん。僕だって猫の世話は出来る」

「いや、アレクが自ら世話をしなくても良いのよ」


 そう言うと、リエッタも「そうですよ。猫の世話はわたくし共にお任せください」と、どこかから取り出した猫じゃらしを振っている。もうすっかり遊ぶ気満々のようだ。抜け目ないわね。私にも一本貸してちょうだい。

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