ユタおばぁと孫
仲間 大敏
第1章 ユタ編
第1話 おばぁ、参上。 その1
「俺が、何か悪いことをしたのか」
昨日も学校の机には、
【日本語を話せ】
【宮城なのに、なぜ沖縄】
俺を馬鹿にする張り紙が、張られていた。
3月までは、沖縄にいた俺にとっては、東京の空は、暗い。
この薄青い空は、まったく好きにはなれない。
本当は、学校には行きたくなかった。足が前に進まない。
(学校休もうかな?)
(いやだめだ。)
(おばぁと約束したしな。)
「東京行っても、おばぁはさ、翔を見ているから大丈夫だよ。」
おばぁは、言ってくれた。
この十字路を左に曲がって、100mぐらいで、学校だ。
「おい、宮城」後から、声を掛けられた。
振り返るのが遅れた。
「おい、無視すんなよ。」
慌てて、後ろ振り返った。
「宮城」か・・・
沖縄では、「翔」と呼ばれていたのに。
沖縄は、同じ苗字が多いからだろうか、名字ではなく、下の名前で呼び合うこと が普通だ。ただ、その理由は、確かではないけど。
そこには、工藤、村田、藤田の3人のクラスメイトがいた。
十字路の右奥の駐車場で、待ち構えていたようだ。
「おい、無視すんなよ~。」
「なんか、よう?」
俺は、答えた。
「なんか、よう」
俺の沖縄のアクセントを真似るように、村田が繰り返す。
「金、持ってきた?」
「いつになったら持ってくるの?」
こいつらのリーダー格の工藤が、沖縄のイントネーションの真似をしながら、言った。
転校をして、一週間後から虐めが始まった。
なぜ、俺を虐める。俺がこいつらに何か、悪い事でもしたのか。
何よりも人を虐める奴らの気持ちが、分からない。
東京になんか、居たくない、大嫌いだ。
俺は、沖縄が好きだ。
父ちゃんが、生きていれば、沖縄でずっといられたのに。
なのに、父ちゃんは、居なくなってしまった。
俺の父ちゃんは、釣りが大好きだった。
父ちゃんは、今年の2月25日に海で、磯釣りをしていて、波にさらわれて行方不明になってしまった。
「まだ、死んだと決まったわけでないよね。」
母ちゃんは、言っていた。
俺も、父ちゃんが死んだなんて信じられなかった。
父ちゃんは、身長が192㎝で、体重も95kgを超える、大きな男だった。
高校の英語教師をしていたが、空手も四段で、高校の空手部の顧問もしていた。
父ちゃんがいなくなって、三日後に、母ちゃんは、突然、東京に行くことに決めた。
母ちゃんは、看護師をしている。
東京で、働く病院を見つけて、そしてアパートを借りて、住むまであっという間だった。
俺でも、たくさんのことがありすぎて大変だった。母ちゃんは、もっと大変だったはずだ。
沖縄にいたときは、母ちゃんは、小さな病院に勤めていたから、看護師としての労働時間は、多くなったのかも知れない。
夜勤はなかったし、家族で食事をとることが普通だった。
沖縄では、父方の実家の近くに、住んでいた。父の母親のおばぁの家で、食事をとることもかなりあった。
東京に来てからは、母ちゃんは大きな病院で、勤め始めた。夜勤も多くなった。俺も、一人で、食事をすることが増えた。
母ちゃんに、沖縄を出る理由を聞いた時のことを、今でもよく思い出す。
母ちゃんは、
「東京の方が仕事の待遇がいいのと、沖縄のコバルトブルーの海を見ると、父ちゃんを思い出すのが、辛い。」
と言っていた。
そのときの母ちゃんからは、
「行くしかない。」
という、決意のようなものを感じた。
おばぁは、
「東京に行くのが、いいさ。」
というだけだった。
俺は、東京に行くことに、納得がいかなかった。
沖縄に居たかった。
「おい、宮城、早く金、渡せよ。」
村田が言った。
(いい加減にしろ。)
俺は、村田を睨みつけた。
父ちゃんが亡くなってから、母ちゃんが一人で稼いだお金だ。
絶対に、こいつらなんかに、渡すものか。
俺は、ぎゅっと手を握り、走った。
俺は、足だけは速い、走って、3人組から逃げた。
学校が、近づいてきている。
校門の三メートル前ぐらいから、最後のダッシュをして、学校に入る。
校門にいた、男の先生から
「おい、走るな。」
と注意をされる。
そんなことどうでもいい。どっちみち、先生は、俺を守ってはくれない。
校舎に入った。
俺は、コンビニのビニール袋に入れた上履きを、リュックから出した。
上履きを急いで履いて、そのビニール袋にジョギングシューズをいれて、リュックにしまった。
俺は、靴箱は、使わない。
俺は、靴箱には、上履きや靴を置かないからだ。靴箱に中に、上履きや靴を置いたら、工藤たちが隠してしまう。
だから、いつも持って帰っている。
「はぁ」
思わずため息が出た
今日も、また憂鬱な日が始まる。
教室のドアを、急いで勢いよく開けると、ガンと大きな音がした。
みんなが振り返る。
走って、机に座る。
こいつらにとって、どうせ俺は虐められっ子の関わりたくない人間なんだろう。
俺を見る目に、同情はなかった。
昨日剥がした張り紙と同じよう内容の張り紙が、また張られている。
どうして、こんなに同じことを繰り返すのだろう。
それが、楽しいのか。
少し遅れて、工藤達が教室に入ってきた。ひどく汗をかいている。
工藤が、俺の机の前に立って、机の上に、手を置いて、息を切らしながら、
「宮城、放課後、体育館の裏に来いよ。」
と言った。
なぜ、こいつは俺に絡んでくるのだろう。
人を虐める人間の気持ちが分からない。
一限目は、社会で、鎌倉時代の歴史の授業だ。
俺は、昔から歴史が好きだ、特に平安から鎌倉時代が好きだ。
貴族社会で、武家が台頭する過程が、特に好きだ。
ただ今日は、まったく授業の内容が頭に入ってこない。
それどころか、おばぁの声だけが聞こえてくる。
「おばぁは、翔をいつも見ているよ」
俺は、小学校に入学したてのころ、いじめっぽいことをされていた。
となりの男子が、消しゴムを取って隠して、そして返さなかった。
それまで、こんなことをされたことのない俺は、何をされたのかが分からず困ってしまった。
何とか、返して欲しくて、
「返して」
と何度もいいながら、校門の前までその子の後ろについていった。
困っている俺を見ながら、その子は楽しんでいた。
気が付くと、校門の前には、おばぁが立っていた。
その形相は、鬼というより、何もかも分かっているという少しにやけた顔だった。
「え、あんたよ。盗んだでしょ。翔から消しゴム。」
「俺、盗んでいないよ。」
「嘘言っても分かる。すぐ、先生に言って、親に会うよ。」
「俺、盗んでいないのに。」
「じゃ、ランドセルを開きなさい。」
おばぁは、すべてをお見通しで、自信があるようだった。
「ごめんなさい。返します。先生にも親にも何も言わないで。」
「わかった。言わないさ。」
「ただ、もう一回やったら、黙っていないよ。」
おばぁは、微笑みながら睨みつけて言った。
そいつは、ランドセルを開いて、手前のポケットから、消しゴムを取り出して、俺に返した。
悔しそうに俺を見ていた。
「ほんとは、あの子の親に会いたかったのに、残念さ」
と笑いながら、俺の手を取って、一緒に家に帰っていった。
「あれは、止めないね。別の子を虐めるね。だから本当は、先生に会った方が良かったのに」
と少し後悔をしているようだった。
「ま、分かったときは、そのときさ。」
と腕白小僧のように、おばぁは笑った。
「翔、虐められたら、誰かにはっきり言うんだよ。特に、おばぁは、どこでも、いつでも、翔の味方さ。」
掴んだ手を優しく握りしめながら、おばぁは言った。
「おばぁ、助けて」
思わず、心で叫びながら、祈った。
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