その2
九月になっても引き下がらない往生際の悪い夏の日差しと潮のにおいに包まれながら、怨霊を肩に担いだ鵬市は学校へと向かう。
ここは久沿長島。人口二千人の離島。そして、昭和の価値観が支配する世界。
鵬市がここへ引っ越してきたのは一週間前。母は十年前に死に、映像クリエーターの父は先月から今週末までの予定で南極へ日食を撮りに行っているので、現在は独り暮らし。
さすがに転校してきた当初は田舎者特有のよそ者に対するぶしつけな視線を浴びたものだが、今は通りすがりの住民も登校中の上級生や同級生も誰一人として鵬市の存在を気に留める者はいない。
その様子からも肩車をしている怨霊が鵬市以外には見えてないことが窺える。
鵬市が通うのは久沿長島高校。もちろん島で唯一の高校であり生徒数は男子四十八人、女子四十二人の計九十人。その校門の前で昨日一緒に召喚儀式を行っていたハイテンション鈴佳が鵬市を待っていた。
「いえい」
陽気に手を振る姿は搬送される礼麗に泣きすがっていた姿とは別人のようだった。
その表情から礼麗が“それほどやばい状態ではない”とわかりほっとした鵬市だが、それでも念のため聞いてみる。
「礼麗さんは……大丈夫なんですか」
「うん。大丈夫だよっ。って言ってもしばらく学校は休むけどねっ」
明るく答えたあとで真顔になり、顔を寄せて声を潜める。
「ところで鵬市はあれから変わったことなかったかなっ」
「あ、ああ。えーと」
目線を上げる。にやにやと見下ろしている怨霊と目が合った。
鈴佳に向き直りストレートに答える。
「怨霊が取り憑きました」
「ん? んん?」
鈴佳は一旦上げた目線を降ろして告げる。
「鈴佳には見えないけど……。でも、それって本当に怨霊かな。低級霊が怨霊のふりしてるだけかもしんないぞっ」
「そ、そうなんですか」
「ま、低級霊ならほっとけば飽きてすぐにいなくなるから無視しとけばいーよっ。じゃねっ」
そう言い残し生徒玄関へと走り去った。
残された鵬市は改めて怨霊を見上げる。
「怨霊……だよね」
*そうだよ。今のは昨日一緒にいたやつだな、守屋鈴佳とかいう*
「うん」
頷いた鵬市は改めて怨霊を見上げてひとりごちる。
「鈴佳さんには見えないのか」
*いや、見えてた*
「へ?」
*目が合った。それに見えてなければ“どこにいるんだ? その怨霊は”くらいのことは聞くだろ。聞かなかったってのは見えてるからだ*
「じゃあ、どうして見えてないって……」
*しらん。とにかく教室へ行こうぜ。怨霊の証拠を見せてやる*
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