33.家族会議

 朝起きると、商談部屋にいたはずなのに、どうしてか暖かいいつものベッドで眠っていた。

 部屋の鍵はわたしが持っていたので、眠ったわたしをレイルがここまで運んできたのだろう。


 昨日はホットミルク以外何も口にしなかったので、お腹が空いている。わたしの身体は素直にできているようだ。


 キッチンの扉を開ければ、そこには、レイルだけではなく、金髪のあの人もいた。

 このくらい陽が昇っていれば、もうお店の方にいるだろうと高を括っていたので、思わず足が止まる。


「ツィエン、掛けなさい。今日は3人で話したい」

 そう言われてしまえば、急激にお腹の空きが気のせいだった気がしてくる。できれば起き抜けの今、重たい話をされるのは嫌だけれど、いまさらこの状況から逃げるわけにもいかない。わたしはできるだけいつも通りであることを意識しながらレイルの隣に腰を掛ける。



「まずは、ツィエンが自分の出自について不安になっていることについて気づかず、すまなかった。今回は、レイルも驚かせたりと色々悪かったな」


「いいえ、私のことは気になさらず」


「ツィエン、俺はお前がまだ子供だと思って、奴隷商から買ったことを話すべきじゃないと決めつけていた。今日はお前が聞きたいことには全て答えよう」


 目の前の金髪の男はやはりわたしに似ていない。濃い金色の髪も瞳も似たかったと思ったことはあったが、血縁ではないのだ、似るはずもなかった。


「わたしを買ったのは何歳のとき?両親が誰だか知っている?」


「正確な年齢はわからないが、たぶん1歳くらいじゃないか?俺も子供がいないから正直よくわからん。親もわからん」


「なんでそんなに何もわからないのに私を買ったの」

 そういえば、少し難しい顔をして腕を組む。念を押すように、「嘘はやめてよね」と言えば、唸ったあとに口を開く。


「ツィエン、俺が昔から、夜は外に出るなと言い聞かせていた理由はわかるか?」

「え……?危ないからじゃないの?」

 そう。昔から夜の外出はダメだと口を酸っぱくして言われていた。でもそれはミラも同じで特に気にしたことはなかった。


「レイルはわかるか?」

「瞳の色でしょうか」

「そうだ、レイルはいつ気づいた?」


 勝手に進む話にわたしは少し混乱する。わたしの瞳の色はぼやーっとしたうすグリーンだ。それがなんだというのか。


「奴隷商に来た時、瞳の色はうっすらと赤紫がかっていました。その違和感に気付いたのは最近です」

 瞳の色が赤紫に、と言われても実感がわかない。鏡を見るのは朝だけで、気づきようもない。それ以前に、奴隷商に行ったときは昼間だ。夜になると瞳の色が変わるというわけではないのか。それ以外の条件だろうか。


「ツィエンは気づいていないようだが、お前は太陽光の下と魔石の火の下で瞳の色が異なった色に見えるんだ」

「え、待ってそれは珍しいのかもしれないけど、結果、魔石商として興味本位で買ったってこと?」


「そういうことじゃない。それに、お前と出会ったのはまだハンターの頃だ」

「瞳の色が特殊な者というのは、貴族の生まれがほとんどなのです。貴族が社交界で話題になりそうな者を奴隷商に売るなんて、あり得ないのです」


 レイルからの言葉を整理すると、えー、わたしの本当の両親は貴族ということだろうか。それで、わたしみたいに瞳の色が特殊な場合は奴隷商には売らないから……?


「わたしは、攫われて売られた可能性があるってこと?」

「そういうことだ」


「え……そんな面倒くさそうなのを普通買う?」

 この金髪の男の神経がわからず、思わず聞いてしまう。貴族がらみなんて、明らかに厄介ごとだ。それとも本当の親元に返して、恩でも売るつもりか。だとしてもその捜索は相当骨が折れる。


「まあ、いうなれば、同情だな。攫われて売られて、ヤバいことやってる魔石商にでも買われたらお前殺されてすぐに魂石だぞ。可哀想すぎるだろ」


 その理由はなんてこともないものだった。

ほとんどわたしがレイルを買った理由と変わらない。自分が救ってあげる、とかいうきれいごとでもない。ただ、可哀想だから。見ちゃったし、このまま見なかったことにするのもばつが悪い。放っておくよりも、わたしが買ってあげた方がまだマシだろう。

 そんな若かりし頃のこの男の心情が透けて見えた気がする。

 私の横でレイルがふっと笑った気がした。


「ねえ、じゃあなんで、わたしに自分のことおじいちゃんなんて呼ばせたの?」


 目の前の男は49歳。10歳の子供がいても全く不思議はない。それなのに敢えて親ではなく祖父としての立ち位置を選んだのが不思議でならない。



「お前が俺を見てはじめにじいじって呼んだからだよ。子供も持ったことないのにいきなりじいじかと落ち込んだもんだね。俺はお前に昔の記憶があったら、逆に聞きたいね。なんで俺がじいじなのか」


 わたしはついに耐え切れず吹き出した。目の前には大好きな困り眉で笑う男。横には、片眼の奴隷。

 はたから見たら仲の良い家庭だけど、なんともおかしい組み合わせで3人が同居している。

 心の底から笑ったのはいつぶりだろうか。懐かしくて思わず涙が出た。

 自分から壁をつくったくせに、実は1番この関係性に戻るれることを切望していたのだ。変に意地を張ったらだめなのだ。思ったことはその時口にして、すぐ解決させないとそのうちに勝手に複雑になっていく。

 紐を解けばすべてが単純なことなのに、紐を解かないまま置いておくから、どんどんややこしくなっていく。ただそれだけのことだった。



「奴隷としてこの家に住んでくれなんて思っていない。俺を親だと思ってくれたら良いと思ってる。レイルもツィエンを主人として扱わないように」


「はい」

「はい、旦那さま」


 わたしたちの関係性は今日から新たにはじまるのだ。

 ランスの魔石店はこの日からまた魔石店としても、一家族としても再スタートだ。


「おじいちゃん、わたしお腹空いた」


 久しぶりに呼んだおじいちゃん。

 本当はお父さんでもおかしくないくらい若いおじいちゃんは、目いっぱい目尻を下げて笑う。


「俺もレイルも昨日から食べてなくてペコペコだよ」


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