17.内緒の特訓

 ここのところダンベルの鍛冶店ひとり娘のミラージュはご機嫌ナナメである。

 何故ならば、彼女の友達であるツィエンが鍛冶店に寄り付かなくなってしまったのだ。

 ツィエンとは、心を通わせたばかり。魔石をプレゼントされ、甘い言葉をこれでもかというほど浴び、より一層友情が深まったというのに、その翌日からツィエンは顔を出さなくなった。

 お守り代わりのしずく型の緑の魔石は今日も優しく微笑む。確かにそこには真摯な気持ちの証明がある。だからこそ余計にミラージュの心にわだかまりを生む。

 なぜあれっきり来てくれないのか。


 さらに彼女の複雑な乙女心に追い打ちをかけるかのように、鍛冶屋で働く者たちは声をかけるのだ。

「お嬢、そういえば最近ツィエン来ないですね」

「あれ、お嬢今日はおひとりですか」

「こないだ魔石店でツィエンを見かけましたよ」


 デリカシーの欠片もない鍛冶屋の男たちは、これだから嫌いなのだ。ミラージュの不満は、ついに可愛らしい唇から漏れ出ることになる。


「こうなったら……押しかけてやるわ……!」


 ミラージュのツィエンに対する気持ちは知らずうちに、連絡も寄越さず遊び惚ける男へ女が抱く憤懣ふんまんに近い気持ちにまで育ちあがっていた。



 小一時間念入りに服を選んで、髪の毛をお気に入りのリボンで結び直して、ようやく訪れたランスの魔石店。店の外から中の様子を覗いてみたが、そこにはツィエンの姿はなさそうだ。

 意を決して、魔石店へ入る。鍛冶屋より上品なその空間に憧れはするものの、落ち着かない気持ちが勝る。


「こんにちは、ミラージュです。ツィエンはお家にいますか?」


「やあ、ミラージュ。久しぶりだね。遠慮せずもっとお店に来ていいんだぞ」

 ちょうどお客がいなかった魔石店には、ランスがいた。ミラージュは鍛冶屋の男たちとは違い、上品な空気を漂わせるランスを見て、心を落ち着かせる。

 昔はハンターをしていて、ダンベルの鍛冶屋のお得意様だったんだとか。まだ現役でも通じる若さだが、怪我で引退とはハンターの世界は厳しそうだ。


「今度からはお言葉に甘えますわ。遊びに来させてくださいね」

「ツィエンなんだが、作業部屋に引きこもってるよ。あがってって声かけてきて構わないよ」

「では、お邪魔いたしますわ」


 お店のカウンター奥の扉から、住居スペースに進ませてもらう。扉をあけると真っすぐの廊下が伸びている。作業部屋は手前右の部屋だったはずだ。ミラージュは呼吸を整えて、ツィエンに伝える不満の言葉を用意してから、扉を開ける。


 案の定、奥の作業テーブルにむかっていて、こちらに気づかないツィエンの背中が出迎える。魔石のこととなるといつもこうだ。そういえば最初の暴走もこんな感じで始まったのだった。

 少し近づいてもまったく気づく気配がない。可愛いお客様の来訪に、いらっしゃいと柔らかく笑むツィエンを期待していたのに、自ら声をかけるしかなさそうだ。


「お客さんが来ているというのに、ずいぶんと熱心なことですのね」


 会えなかった期間に鬱積うっせきした不満は、見事に嫌味ったらしい言葉として紡がれた。

 対してこちらを振り向いた少女は、予想していなかったお客様に思わず、といった風に笑みがこぼれる。


「ミラージュ、久しぶりだね。今日のリボンのうすグリーン、わたしの瞳の色みたいだ」


 さすが鋭い。ミラージュはツィエンにプレゼントされた魔石をきっかけに、自分の髪色や雰囲気には緑が合うことを知って取り入れたものだ。そして、これ以上捻くれるのはやめにしようと思わせる「わたしの瞳の色みたいだ」のひと言。

 天性の女たらしとしか思えない。それとも、ランスに習ったか。ここの魔石店は、世の女性を骨抜きにさせる資質を持っている。まったく恐ろしい。


「それで、私に会いに来ないで何をしていたの?」

 いつも通りのありがとうが出てこないのは照れのせいか。ミラージュはふわりと揺れる金髪を耳にかける。

「ちょっと、魔力を……。……ねえ、ミラージュって魔力ある?」


「魔力ならあると思うけど、魔石は使えないわよ?」

 ツィエンの後ろの作業テーブルに乗った青い魔石を見て、嫌な予感がしたミラージュはきちんと釘を刺す。魔石のこととなると急に思考が暴走するツィエンのことだ。変なお願いをされかねない。


「ねえ、一緒に魔力の修行しない?」

 変なお願いはされなかったが、突拍子もない提案は誰にも止めようがなかった。


「どうしたら……。魔力の修行を貴女と一緒にやるって思考に辿り着くのよ」

「いや、ミラージュが緊張したりすると力の抑制が効かないって言ってたでしょ?あれって魔力が関係していたりしないかなって思っただけなんだけど」


 思いもしない返答に、ミラージュは真剣な表情になり、語気も強まる。

「それは、修行の途中でその考えに至る発見でもあったということかしら?」


「こないだ、魔力があまり含まれていない魔石にいつもの感覚で自分の魔力を流したら、魔石が割れちゃって。その時は、ああ難しいなって思っただけだったんだけど」

「やるわ」

「へ?」

「私も魔力の修行とやら、一緒にやることに決めたわ」


 もしこの異常な力の強さが、魔力によるもので、コントロールができるのだとしたら。

 それはコンプレックスの克服そのものだ。ミラージュには試さない理由がない。さらに、この修行を口実に毎日長い時間をツィエンと過ごすことができる。


「まさに一石二鳥だわ。それでは、明日から、こちらに伺うわね。よろしくツィエン」


 このとき、ツィエンは不思議と寒気がして、一石二鳥の意味が聞けなかったという。

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