後日談:花嫁回廊・その2
今回の模擬戦は持てる全てを尽くして戦う事が許可されている。
もちろん実弾などの使用は禁止であり、レーザーや模擬弾頭による撃破判定で勝敗を決めると言うものだ。
ルールも至極単純、旗艦の撃破である。
そのような指示を受けた時、ヴェルトールはこの模擬戦そのものに何か裏がある事を悟っていた。
その背後にリリアンがいることは間違いないし、そもそもが自分とステラの付き合いというものを認めさせるための大いなる茶番であることも理解している。
それに自分も乗っかっているのだから、それは良い。
彼の懸念はそこではない。
つまるところ、なんでも良い。何を使ってもいい。
とにかく派手な戦闘を見せつけてやれというのは恐らくフィオーネの入れ知恵だろう。派手好きで、目立ちたがりな彼女がこの事件に一枚かんだ時点でおおごとになるのは確定している。
そのおかげで例えガンデマンの実家であってもおいそれと口をはさめないのだから良い事ではある。
だが、何を使ってもいいという部分が気になる。
(まず間違いなく、ニーチェを投入するだろう。あいつこそ、ステラの強みである無人艦隊の要だ。となれば、生半可な電子戦闘ではこちらが不利)
旧世代のロストテクノロジーの一つであるAI・ニーチェ。
この存在は明確な脅威だ。下手を打てば、こちらの艦艇が乗っ取られる可能性だってある。
それにニーチェの情報処理速度によって本来であればタイムラグが起こる無人艦隊の動きは格段に素早くなる。
(だが、どうやら俺は結構な天邪鬼らしい。他人にお膳立てされるのは少々、癪だと思っている)
自分が負ければ……愛した女と一緒になれる。
大変魅力的だが、同時に男としてのメンツもある。負けて手に入れるより、勝って手に入れる方が良い。
いささか、前時代的な考え方だが、与えられるもので満足するような人間ではないのだ、自分は。
そう思うからこそ、ヴェルトールは相手がステラであっても徹底的に打ちのめすべく戦術と戦略を練る。戦力も用意した。
「諸君、気を抜くな。敵は無人艦隊。有人とは違い、思いもよらぬ奇襲を仕掛けてくるかもしれないからな」
そして、この模擬戦に、よーいドンの合図などない。
指定された宙域へ移動。その時点で既に戦闘は始まっている。既に月光艦隊は索敵を始めている。ドローンを展開し、艦載機も発進準備を整え、万事万全である。
それはまさしく実戦である。
「艦長、反応をキャッチ。指定宙域の端、距離約三〇〇万、高熱源を確認しました」
「敵艦隊陣形を確認」
「敵、駆逐艦と巡洋艦に動きがあります。斥候警戒。先制攻撃警戒」
部下たちの報告が矢継ぎ早に届く。
予測されたデータとそれを元に作成される予想陣形を見て、ヴェルトールはまずまずといった反応であった。
「今の時点では基本的な待ちの姿勢か……」
無人艦隊の陣形は一か所に集まり、戦力を集中させた状態である。
同時にこれらはいつでも多方向へ展開出来る構えでもある。これは一糸乱れぬ無人操作であるからこそ可能な動きだ。
「アレス、ラケシスの準備はどうか」
しかし、その程度の事を予測できないヴェルトールではない。
戦闘予定宙域に突入する一時間も前からヴェルトールは入念な下準備を徹底させ、繰り返しの確認を行っていた。
その一つが、対無人艦隊用戦術である。
先の戦いで、無人艦隊の弱点は露見された。コントロールを行うマスター艦からの指示を遮断されれば無人艦隊はでくの坊となった。
場合によってはコントロールを奪われ、敵に寝返る可能性もある。
『シミュレーションも繰り返している。だが、良いのか?』
通信で返答をするアレスは腕を組んだままだった。
『ハッキング、クラッキングは実行しない。敵との回線は開かない……EMPによる電磁妨害のみ。俺が提案したとはいえ、これだけで相手を止められるかどうかはわからんぞ。ニーチェが何かおかしな真似をする可能性だってある』
やはりニーチェの存在こそが恐ろしいというのは共通した認識である。
古代の言葉に、【鬼に金棒】というものがあるらしい事をアレスは知っている。強いものに強い武器を持たせたらどうなるか、そんなことはわかりきったことだ。
特にステラとニーチェの相性が良すぎるのである。
この二人を分断することは不可能だし、ニーチェに電子戦闘を仕掛けて何とかなるとは思えない。
で、あるならば最初からそんなものは仕掛けず、力業で押し切るという作戦である。
もちろん、それで全てが片付くなどとは思わない。
「その通りだ。そして、このことをステラが警戒していないとは思えん。しかし、どうあっても相手は無人だ。一度、システムをダウンしたものを再起動させるのは時間がかかる」
『そこで、俺たちが速攻を仕掛けるというわけだな?』
続いて発言したのはデランである。
EMPによる攪乱と妨害。これを実行した後、デランが率いるリリョウの艦載機による攻撃で、打撃を与える。
楔を打ち込むことで敵の動きを封じ込め、一気に戦況を有利に運ぶというものだ。
「そうだ。無人艦隊の弱点はもう一つある。艦載機の運用が困難であるという事だ」
これも明確な弱点である。
大量の艦艇を操作しながら、さらに戦闘機まで複数操作するというのは例え機械であっても処理速度が低下する。
同時にいくらステラが天才であっても、こればかりは難しい部分である。
シミュレーションのようにお互いの艦載機がオートで運用されるという条件であればまだしも、今回はそんなものはない。
デランの空母に搭載された艦載機は有人である。パイロットは引き続きフランチェスカ隊が担当していた。
「艦載機隊は敵艦隊の武装とエンジンの破壊判定を確実に出してほしい。壊滅、撃破は考えなくていい。とにかく動きを止める事に集中させる。間違っても、敵旗艦を速攻で落とそうなどとは考えるな。ステラも、それは警戒するはずだ」
何事も、真っ先に頭を潰すのは難しい。
「故にこそ、手足をもぎ取る。本来であれば消耗戦は避けるべきだが、だからこそ敢えて敵の末端から食いつぶす。足の速い無人艦を潰すことが重要だ」
敵艦隊との距離が縮まっていく。
「ワープ奇襲攻撃を警戒しろ。無人艦隊ならやるぞ」
『俺たちが倒されたやり方だな。だが、同じ轍は踏まん』
『あぁ。いつでも爆雷は撒ける準備は出来ている』
懐かしき記憶が若者たちの脳裏を過る。
それはティベリウス事件が起きた頃の話だ。
あの時はシミュレーションとはいえ、ステラとリリアンの混成艦隊に敗北した。
その戦法も、ステラが最も得意とするものだ。
当然、その対策だって用意してある。
『いくらかつてよりワープ技術が向上したとはいえ、ワープが繊細であることに変わりはない。磁場を乱し、空間を不安定にすれば短距離とてワープ精度は落ちる』
『それに爆雷によるダメージは相手も無視できない。奇襲ってのは、警戒をされた時点で効果が半減する』
アレスとデランもまた、成長をしているのだ。
「ここにリヒャルトもいれば、もっと良かったのだがな……だが!」
もしも頼れる副官がそばにいれば、細かなフォローもしてくれただろう。
しかし、いないものは仕方がない。
とにかく今は出来る事をやるしかないのだから。
「敵、第一陣、来ます」
その報告を受け、月光艦隊もまた対応を始める。
既に各種武装はいつでも発射可能だ。
シールド出力も安定。
「やはり、奇襲攻撃はしない。だが、嫌な角度からの攻撃だ!」
ワープ反応あり。
ワープアウト先はこちらから数十万キロは離れている。
だが、その配置方法がとにかく嫌らしいものだった。
足の素早い駆逐艦と巡洋艦が方々に展開されている。それだけならばまだ良いが、うまくこちらの死角となるような場所へと展開していた。
『問題ない。その死角はあえて作った場所。攻撃を受けても、耐えられる。本命はこれではない!』
アレスもまた敵の出現を予測していた。
多方面に敵が布陣することはわかりきっていた。
だからこの場面は耐える事を選択した。
ここで無駄にエネルギーを使っては、あとが続かない。
まだ手の内を見せる時ではない。
『ヴェルトール! 防御陣形のまま砲撃を! ここは耐え時だ。後詰の重巡洋艦、戦艦クラスが到着するまではEMPは使えん』
「承知している。各艦、無理に戦うな。こちらのシールドは易々とは突破できん」
まずは、お互いにお手並み拝見といった戦い。
その動きを眺めつつヴェルトールは次なる一手を思案する。
「さぁステラ……君は、どういう奇策で来る。こんな、単純な艦隊戦だけで終わらせるつもりはないのだろう?」
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