ただ1度きりの、デートの約束

空豆 空(そらまめくう)

ただ1度きりのデートの約束

ずっと好きな人がいた

サークルで知り合った、雪村先輩

笑顔がさわやかで、気配り上手で、なのに決して目立とうとしない人


うちのサークルで一番モテる及川先輩の引き立て役

いつもそんな立ち位置だった


試合でシュートを決めるのが及川先輩なら

シュートできるスペースを作っているのが雪村先輩


みんなは及川先輩に夢中だったけど、私はずっと雪村先輩に釘付けだった


好き――


その気持ちが芽生えるまで、そう時間はかからなかった


でもね、この恋は叶わない

だって雪村先輩には……もう5年も付き合ってる彼女がいるから



誰もが認めるお似合いのふたり

ああ、いつか結婚するんだろうなって思ってた



なのに、そんなふたりが別れた時はびっくりした

一気に広まる噂

『彼女の浮気が原因らしいよ』

 


だけど実際は違った


元々浮気性だった彼女を、雪村先輩はいつも許してたんだって

だから5年も続いてた


なのに別れた本当の理由は……

雪村先輩が留学することになったから


1年も離れるなんてと、彼女があっさり振ったらしい


私は……ずっと先輩だけを想い続けていたのに

フリーになった先輩と過ごせるのは、後2週間だなんて


だけど、それでも――

この気持ちを先輩に伝えたいと思った


先輩が彼女を真剣に想い続けたように

私も先輩の事を真剣に想い続けていたことを

先輩には知って欲しかったんだ


だから私は――サークルの後、体育館の片隅でそっと告白をした


「好きです。1度でいいから……デートしてもらえませんか」


先輩は驚いて、戸惑って、そして何か言おうとした時

退去時間が来て、先生に追い出された

 

「また……後で連絡するね」

「はい!」


ドキドキしながら手を振って、ドキドキしたまま連絡を待った


『デート、どこ行きたい?』ってメッセージが来たのは、その日の夜


『先輩となら、どこでも嬉しいです』

好きな気持ちがバレバレの返信


『じゃあ、お化け屋敷でもいいの?』

どこでもと言った私を、少し揶揄うような先輩の言葉


『先輩、お化け苦手でしょ……?』

『うわ、バレてた!』

そのくせ、子供みたいな先輩からの返信に、口元が緩む


『先輩は、どんなところが好きですか?』

『そうだなぁ、……スポーツ観戦も好きだし、水族館も好き。カフェ巡りとかも好きだよ』

『えー。それ、私も全部好きです』

好きなものが似ていて、嬉しくなってくる


『本当に? 俺に合わせなくていいんだよ?』

『本当です。たった1回だけのデートなのに、好きじゃないところ行ったって仕方ないじゃないですか』

『確かに!』

そしてふたりで笑い合った


結局選んだのは水族館


1度きりのデートの約束

だけど楽しすぎて、帰りたくなくて

水族館の後、カフェにも行った


それでも帰りたくなくて、どちらからともなく言ったんだ

『明日も……デートしない?』って


そうして、たった1回だけの約束が、2回になって、3回になって

まだまだ会いたい、一緒に過ごしたい、その気持ちは強くなっていく

けれど日に日に、先輩との別れが近づく寂しさに襲われた



私ね、先輩と別れる事が分かってたから、

最後に告白して、1度でいいからデート出来たらって、それしか考えてなかったの


なのにそのたった1回が、あんなに楽しくなるなんて


そして会えば会うほど、先輩への気持ちは深くなって

先輩からの私への気持ちも――ただの後輩ではなくなっているのを感じていた


けれど別れる事が分かっているから――私たちはどこまでもプラトニック

付き合う事はないんだろうなと思っていた



そして訪れた別れの日

見送りに行った空港で、先輩はやけに真剣な顔して言ったんだ


「やっぱりこれだけは伝えたい。俺……紗奈が、好きだ」


それは先輩からはじめて言われた言葉だった

そしてたぶん、わざと言ってくれなかった言葉


嬉しくて、悲しくて、涙が溢れた

だけど私もサヨナラの前に伝えたくて

「私も。前よりももっと、大好きです」

声にならない声で伝えたら、突然、先輩に抱きすくめられた


今まで手も繋いでこなかった先輩からの、突然の温もり

驚いて、だけど嬉しくて、涙が止まらなくて、声も出ない


そんな私に先輩は、不安そうに言ったんだ


「……1年経ったら帰って来るから、待っててくれる?」


だけど、やっと出る声で私は言った


「いやです。……1年なんて待てない。だから、私が会いに行く。いっぱいバイトして、お金貯めて、会いに行くから……また、デートしてください」


そしたら先輩も泣きそうな笑顔で言ったんだ


「……俺も、向こうでいっぱいバイトして、金貯める。だから……たくさんデートしよう。俺と、付き合ってください」


私はもう、涙が止まらなくて

ただただ、うんうんと大きく頷いた


「じゃあ……また、ラインするね」

「うん、私もいっぱいラインする!」


――その時の私たちは、もう清々しい笑顔だった

そしてお互いに手を振りながら、搭乗口へと向かう先輩を見送った


『……またね、大好き』


心の中で呟くと、滑走路で待機中の飛行機を見つめた

私もいつかそれに乗り込むと、心に強く誓いながら――

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ただ1度きりの、デートの約束 空豆 空(そらまめくう) @soramamekuu0711

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