第1ページ目

 竜。古の時代に存在したとされている人間にとって凶悪な存在。竜により多くの人々は殺され、人々は畏怖を抱いていた。そんなとき、一人の英雄が現れた。竜をも圧倒し、人々を救い、そして人々から『竜王』と呼ばれるにまで至った。


 竜王は多くの国を救ってみせた。多大な知識を持ち、名門学院で教壇に立ったという話もある。政治経済にも精通しており、【ダナスティーナ王国】は竜王によって建国された国として知られている。


 奴隷の廃止を世界に配信し、誰もが平等で平和な暮らしができる、そんな世界ができるようにと日々邁進していた。


 そんな日々に大きな転機を迎えた。


 竜という特異な存在を崇める宗教が出来たのだ。名を竜神宗と言った。


 竜神宗は、竜を神にたとえて祀っていた。【ナガスティナ王国】はいち早く竜神宗を取り入れた。奴隷廃止。その竜王の言葉を唯一否決していた国であった。


 竜王は、竜神宗の存在に危機感を覚えていた。竜という存在は人々にとって危険なものであるからだ。


 人々が恐れ、慄く社会は竜王が作ろうとしている世界とは真逆のもの。それは絶対避けなくてはならない。


 だが、竜神宗の信仰者は増える一方であった。竜王は対策を立てていくものの、それらはすべて失敗。そして、竜神宗を信仰しない竜王が政治を行っていることに不満が溜まった国民によって竜王はハメられ、地位がドン底にまで落ちた。


 やがて公開処刑にまでに至る。


 ◇


 西暦5680年。竜王という存在が過去の存在となり、人々は平和に満ちた生活を日々送っていた。


【ナガスティナ王国】

 人口2000万人を超える超大国である。産業革命をいち早く向かえ、工業面では他国を圧倒する。奴隷制度を唯一廃止しておらず、また、身分を大きく三つに分けている。


 平民、貴族、聖職者。


 奴隷はどれにも属しておらず、人間として扱われていない。奴隷の割合も約6割を占めていると言われている。


 その奴隷の一人であるオルフェルド=トゥサンは平坦な道沿いの先にある川で顔を洗っていた。

 オルフェルドは、栄養が不足しているのか顔色が悪く、少し顔はホラーチックに感じる。しかし、栄養を十分に取ることや体を鍛えればそれなりの容姿になることが伺える。歳は18とかなり若い。身長も高めで180を優に超えている。見た目はヒョロっとしているが、とある理由で瞬発力は抜きん出ていたりする。

 そんなオルフェルドを住ませている家は貴族の中でも抜きん出ているアマタカ家であった。


 アマタカ家は悪どい商売をしており、オルフェルドは常日頃から嫌な家に買われたと思っている。


 魔道具と謳ってただの棒きれを売っているのを目撃してしまったときは、もうこの家はダメだと見限ったものだ。


 オルフェルドは、顔を洗い終えると、タオルなどがないために自分が着ている地味な土色の服で顔を拭いた。服からは貧乏感が滲み出ている。実際、オルフェルドは奴隷だ。人間として扱われていない人間の形をした別物だと思われている。オルフェルドのような人々はこの国では溢れかえっている。どうにかしようとしても奴隷には発言権がない。


 聖職者や貴族と違い、平民たちは極少数ではあるものの奴隷である人のことを理解している人もいる。奴隷から平民に上がったという人はいないため、生まれてからずっと平民だった人たちだ。


 他国は奴隷廃止をしているのになぜ我が国だけは廃止しないのか?


 疑問に思った平民たちが集まり、政府に訴えかけたが、その平民たちは残らず死刑となった。


 奴隷は奴隷だ。人間でもない傀儡の如き存在。生きる価値もないゴミ。


 上層部からしたら命令に従順な奴隷は扱いやすいとでも思っているのだろう。断れば死刑だから拒否権がないだけなのだが。


 オルフェルドは恐る恐るといった様子で家へと戻っていく。オルフェルドの体には無数の傷があった。アザや切り傷、小さな刺し傷すらあった。虐待でもされているのではと感じる。実際、オルフェルドは家主からの虐待を受けている。オルフェルドを奴隷として買った一週間弱は何もなかった。しかし、事業がうまく行かなくなった辺りからオルフェルドに八つ当たりとばかりに虐待をするようになった。それが今でも続いているのだ。


 家に戻ったオルフェルドは家主であるウォン=アマタカの元へと行った。


 アマタカ家は大きな屋敷をもっている。裏商売にも手を出しているがために屋敷自体、小さいと思われるが、そんなことはない。この国では奴隷を除く人々に重税を敷いているのだ。アマタカ家は多くの召使いがおり、税金はかなりのもの。奴隷であるオルフェルドには無縁な話ではあるのだが。というのも、奴隷は人間ではないとされ、税金の対象にはなっていないのだ。この制度もこの国が唯一。


 税金を払い切るためには裏商売でもしないと払いきれない。召使いを減らそうにもアマタカ家当主ウォン=アマタカが許さない。結果として日々かなりの節約をしつつ商売をし、自分たちは金持ちであるというアピールのために屋敷を大きくしているというバカ極まりないことをしているのだ。


 ウォンはオルフェルドが来たのを見るやイライラした様子で言った。


「何をしていたんだ?遅かったじゃないか」


「すみません、顔を洗っておりました」


 オルフェルドは顔を青ざめ、ウォンに非礼を詫びる。しかし、ウォンはオルフェルドの言葉が信じられないとばかりに目を見開いた。顔には青筋がピキピキと音を立てている。


「顔を洗う?お前がか?」


「············は、はい」


 オルフェルドの声はか細い。しわがれた声だ。十分な栄養が与えられていないことがよく分かる。体も痩せ細り、今にも倒れてしまいそうだ。


 ウォンはオルフェルドの返事を聞くやダンと床を踏んだ。ホコリが少し舞った。オルフェルドはウォンのその様子に覚悟を決める。


「ふざけてんのか?お前如きが使っていい水じゃねぇんだよ!!」


 ウォンはオルフェルドを蹴り飛ばした。オルフェルドはなすすべなく倒れ込んだ。そして、ウォンはオルフェルドの髪を掴み投げ飛ばした。オルフェルドはいつも虐待を受けていることから体が無意識に反応し、受け身を取る。ウォンはそれだけでなく、ナイフを取り出した。


(ウソ、だろ。ナイフを取り出すなんて·······。この国がどれだけクソだとしても殺人は犯罪なはずだ。殺人をすれば身分を落とされるどころか、奴隷にされるのではないのか!)


 奴隷に落とされる。それは、世界の歴史の中でもよくあったことである。【ナガスティナ王国】には奴隷に落とすということにかなり積極性がある。それが人口の約6割が奴隷である原因である。


 奴隷に落とされる主な理由として、国王の考えに背く、あるいは反対する行為が挙げられる。国王の言葉は絶対であり、背く行為は国家反逆罪である。


 その他にも犯罪行為が含まれる。ウォンは今まさにオルフェルドを殺そうとナイフを向けてきている。オルフェルドは、冷や汗が吹き上がってくるのを感じる。


 ウォンは、オルフェルドを睨みつけ、


「今日からお前はここには住まさない。どこへでも行けばいい。早く出て行け!」


 ナイフを振り回し始めた。オルフェルドは、すぐに部屋から飛び出し、アマタカ家から外へと出た。オルフェルドにはもともと荷物という荷物はなく、手ぶらであって問題はない。オルフェルドには何も与えられなかったから。


 この瞬間を持って、オルフェルド=トゥサンは住む家がなくなった。


 ◇


 太陽が沈みかけていた。辺りはオレンジ色に染まり、木々が風に揺らされている。そんな中、オルフェルドはあてもなく歩いていた。


 オルフェルドには親がいない。物心つく頃には奴隷としてアマタカ家に住んでいた。親はいるのだろうが、今生きているのか、はたまた死んでいるのか。それは分からない。


 オルフェルドは、周囲にある家を見た。子供が楽しそうに追いかけっ子をしている。その子どもたちは笑顔だった。身分に恵まれた子どもたちはこうして遊ぶことができるのだ。


「ほんと、この国は終わっている」


 オルフェルドは誰にも聞かれないように注意してそう言った。オルフェルドの今のセリフは国家反逆罪に当たるものである。誰かに聞かれればおそらく処刑されるだろう。それは、オルフェルドが奴隷だからである。奴隷は、それ以上落とすことが出来ないため、処刑以外に残された道はないのだ。


 トボトボと行く宛も歩いてると、活気のある市場にたどり着いた。市場には、多くの人が密集し、買い物に勤しんでいた。そこにいた全員が笑顔だった。


 市場の裏側にオルフェルドは入った。そこは表側とはうって変わり、ゴミがそこら中にほっぽかれ、建物に寄りかかり、酒に逃げている男や女たちがいる。おそらく自己破産をした人たちが集まっているのだろう。それとも奴隷にされたものの買い手がいないとかか。


「··········あ?ああ」


 酒に溺れているおっさんがオルフェルドを一瞬見たが、すぐに興味が失ったとばかりに視線を外した。


 オルフェルドはこの汚い空間には戻りたくなかった。一度アマタカ家の使いとしてここに訪れたことがあった。アマタカ家はこんな薄汚いところには来たくないと一点張りで。そんなときに奴隷のオルフェルドがいた。こいつは使えるとばかりに奴隷を買ってこさせようとしたのだ。オルフェルドは嫌な顔せずに奴隷を買ってきた。オルフェルドが買ってきたその奴隷は絶望に満ち満ちた顔をしていたことは言うまでもない。


 通りを歩いていくと奴隷専門店がある。自分と同じ環境に、境遇にある人たちが住む住処だ。そこには薄汚い服を着ている女や男たちがいる。中には犯罪行為をし、奴隷に落とされ買われることなくここで暮らしている人もいる。それに比べてオルフェルドは何というわけかアマタカ家に買われ、そして捨てられた。

 ここの店長をしているひげを生やしたおっさんはオルフェルドを一瞥すると気だるげに毛布を投げてきた。その毛布はカビがところどころあり、かなり汚い。しかし、泥汚れはないので幾分かはマシなものだった。普段、オルフェルドが寝る際に使っているものよりかは、と限定はつくが。だが、これがなければ寒空の中を過ごすことはできない。オルフェルドはありがたくそれをもらい、外へと出た。


「これからどうしようか········」


 行く宛もなく住む場所もない。持ち物だってこの毛布以外にない。


 クソまみれのこの国。


 それを平和と謳う聖職者と貴族。


 なぜ、自分がこんな目に合わなくてはならないのか、この国の王は何をしているのか。


 大して仕事をしていないのに高収入を与えられ、裕福な暮らしをしている人がいる。一方、その影にこうして一日を過ごすことすら難しい人々がいる。その人たちは寒空の中、お腹を空かせても食べるものがなく、ただただ絶望に打ちひしがれるのみ。国王はそんな奴らを人間ではないと言い、国全体は裕福で平和であるとのたまう。ほんとに都合の良い考え方だ。自分たちが幸せであればそれでいいと考えるなど。少しは他国を見習うべきだ。


 王が変わったとしても変わることのない、ゴミまみれの世の中。


 生まれたこと自体が間違いだった。こんな世の中なら昔の、それこそ竜がいた時代のほうが良かった。


「ほんとにどうにかしてる。竜王はそんなやつらに騙され、殺されたのだとしたら、竜王は不憫ふびんなやつだ」


 オルフェルドは裏路地から出ようとした。


 そのとき。



 大きな影によって日差しが遮られた。それにより辺りは急に暗くなった。


 大きな影の原因となる存在は大きな羽をもっていた。


 体は赤く、手足が大きい。ギョロリと【ナガスティナ王国】内を見ていた。その目は鋭く、オルフェルドはビクリと体を震わせた。そして冷や汗が吹き出てくる。


 絵本で読んだことがあった。英雄が登場して、それと戦う竜がいた、と。


「竜?」


 オルフェルドはボソリとそうつぶやいた。そして、国は突如、炎に包まれた。



 ◇


 突如、空から竜が国を攻めてきた。こんなことは誰にも想像することは出来まい。竜は竜王によって滅ぼされたのだと伝えられてきたのだから。


 しかし、現実として竜は今、【ナガスティナ王国】上空を滞空している。人々はなんだなんだと言って上空を見ていたが、竜による炎のブレスにより即座に殺された。炎が消えたときには原型をとどめておらず、骨すら残らなかった。


 辺りでは悲鳴と怒号が響き、混乱が広がっていた。竜が攻めてきた。このことが人々を困惑させているのだ。それはこの奴隷専門店周辺であってもだ。奴隷専門店周辺にいた人々は顔を真っ青にして表通りへと逃げていく人がいる。中には自殺をする人、諦めて座り込む人、泣き叫ぶ人。


 オルフェルドは呆然とした様子で建物から炎が上がるのを見ていた。オルフェルドのいる辺りはまだ炎は上がっていないが、すぐにここも炎に包まれることになるだろう。


 オルフェルドは表通りへと走り、もと来た道へと走った。辺りは炎が上がっている。チリが舞い、オルフェルドの視界を遮る。手で視界を確保し、オルフェルドは今まで暮らしていた家へとたどり着いた。


 アマタカ家はモウモウと炎が上がっていた。オルフェルドはそれを見て立ち尽くしていた。中には人がいたはずだ。当主であるウォンも。オルフェルドと同じ境遇のもう一人の奴隷も。


 助けようとは思わない。今までひどい目にあわされてきたのだから。


 悲しみなど生まれるはずがない。オルフェルドは恨みこそあれ、それ以上の感情など持ち合わせているはずもない。あの男が死んだとして喜ぶことはないが、それでも清々しさはある。やっと自分は自由になれた。開放されたのだ、と。そのことがオルフェルドにとって清々しく感じた。


 オルフェルドはこの混乱の中、どうすれば生き残れるのか、それだけを考えていた。実際、自分は奴隷であり、やれることなどないに等しい。なら、生き残れるか、それだけが鍵となる。


 今まで必死に生きるために頑張ってきた。この状況は考えていなかったが、生き残るために最善を尽くす。そのことは間違っていないはずだ。


 オルフェルドは走った。


 この国はいずれ滅びる。兵隊もいるにはいるが、仕事などしておらず、不足事態に対する訓練などしているはずもない。兵士というのは名だけで実際は何もしていないのだ。日々、男は女遊び、女は男を捕まえて朝まで過ごす。訓練のく文字もしていない。そんなやつらに何が出来ると言えるのか。期待するだけ無駄だ。


 不思議なことに隣国との戦争では毎度ごとく勝っていた。勝者である所以の怠け。怠惰。


 今回で自分たちのしでかしたことを深く反省することだろう。地獄の底で、だが。


 オルフェルドは国境を超えるところまで全力で走ろうと決め、悲鳴を上げる体を無理矢理動かして走った。



 ◇


 どこまで走ったのだろうか。


 オルフェルドは辺りを見回すと国が竜に圧倒され、次々に殺されているのを目の当たりにした。もうすでに何百、何千、何万もしかすると何十万にまで及んでいるかもしれない。


 だが、知ったことではない。


 今まで自分を苦しめてきた国などもうどうでもいい。今を生きる。生き残る。それだけがオルフェルドの脳内を占めていた。


 オルフェルドは国境を超え、隣国にある【ダナスティーナ王国】まで来ていた。


【ダナスティーナ王国】

 竜王によって建国された国である。竜王による軍備増加、奴隷廃止を今でも続けており、本当の平和を作り上げていこうと日々邁進している国である。人口は【ナガスティナ王国】ほどではなく800万人ほど。商業に力を入れており、工業が発展途上である。


【ダナスティーナ王国】では、兵士が国境付近に多く集まり、竜退治に備えていた。兵士内でも緊張や恐怖が感じられる。なんでも竜だ。800年前には当たり前のようにいた存在が今、急に現れ、国を滅ぼさんとしている。怖くないはずがない。オルフェルドなら現実逃避し、最悪自殺しているところだ。


 兵士の一人がオルフェルドの存在に気づいた。すぐ近くにいた兵士に話しかけ、オルフェルドの方へと走ってきた。


「君はあの国から亡命してきたのか?」


「は、はい。わたしはあの国で奴隷とされていたオルフェルド=トゥサンです」


 嫌味ったらしくオルフェルドはそう言った。この国には奴隷がないため、不信感を抱くだろうと思って。実際、


「ど、奴隷だと!!!!!」


 話しかけた兵士は驚きの声を上げていた。後ろに控えていた兵士たちはオルフェルドを見て目を見開いている。


 オルフェルドは想像以上の反応に困った。やりすぎたのか?と少し後悔しているまである。少し居心地が悪い。


 居心地悪そうにしているオルフェルドを見た兵士たちから謝罪された。オルフェルドとしては別にいらないものである。何度もミスをすれば叩かれ、蹴られ、挙げ句に追い出された。そんなものに比べればマシなほうだ。


「【ナガスティナ王国】は今もなお奴隷などを敷いているのか、愚か者が」


 オルフェルドに声をかけてきた兵士はそう口にした。


【ナガスティナ王国】とは、オルフェルドが住んでいた王国のことだ。竜により滅ぼされようとしているため、今日で地図から消えるかもしれないが。


 その後、簡単に自己紹介をした。竜はまだこの国に攻めてきてはいないが、気をまぎわらすために自己紹介をした。


 兵士たちからは同情の目をオルフェルドは向けられていた。何かをしてしまったのではないか、気が気でならない。


「あ、あの・・・・・すみません。私は何かをしてしまいましたか?でしたら、謝罪をします」


「何を言っておられる。奴隷などを敷いているあのアホの王国に対して怒りがあるのだ」


 そう言ったのはダナスコス=森川 だ。この国の兵隊隊長をしているらしい。拳銃を巧みに使い、今まで多くの戦場を乗り越えてきたのだとか。


「そうですよ。だからあなたは謝る必要はありません、オルフェルドさん」


 オルフェルドに新しく声をかけてきたのは若い男だった。金色に輝く鎧を着込み、剣を携えたその姿は兵士というより剣士という方が似合っている。この青年は中川武史 (なかがわたけふみ)と言った。なんでも兵士の中でも特に異質とされているらしい。なぜそうなっているのかは分からないが。


 オルフェルドは兵士たちに事情を話したということで保護されることとなった。


 オルフェルドは心配げに中川に話しかけた。


「あの、中川さん。竜は、竜は倒せるのでしょうか?」


「どうだろうね。正直、僕らがどれだけ戦っても勝てるとは到底思えない」


 中川は端的にそう言った。オルフェルドはそんな中川の返事を聞き、


「なら・・・・」


「だが、今ここで僕らが戦わずして誰がこの国を守るんだ?僕らしかいないんだ。この国を守れる存在は。今日この日に命が尽きようとも僕は剣を握るのをやめないよ」


 中川はそう言い切り、兵士たちに次々に指示を出していく。


 竜を倒すことはできない。兵士がどれだけいたとしても。竜と戦ったことのある人は誰もいなく、勝算など無に等しい。


 なら、どうして戦おうとするのか。なぜ、逃げないのか。国を守る?違うだろう。自分の命を守るために戦うのだろう?


 オルフェルドは中川が何を言っていることが理解できなかった。


 戦うすべを持たないから理解できないのか。それともただただ単純に理解しようとしていないだけか。


 どちらにせよオルフェルドにはこの国には関わりこそあれ、それ以上はない。この国が滅びれば他の国まで逃げるだけだ。自分が生き残れば…………それでいい。




 ◇


『やっと見つけた!彼だ。彼になら託せる!僕と同じ境遇で平和を誰よりも求めている彼になら!』


 ゆらりとしたそれはそう言ってオルフェルドに近づいていった。





 ◇


 オルフェルドは兵士たちの後ろにあるテントの中にいた。自分はこの中では無力だ。なんの力にもなれない。


「この国が滅びれば別の国へと逃げよう。僕だけが生き残れればそれでいいんだから」


『本当にそうかい?』


 突然誰とも知れない声が聞こえた。オルフェルドは周囲を見回すが、オルフェルドに話しかけたような人はいない。


『そんなことしても無駄だよ。僕は既に死んでいる存在だ。800年前に』


「800年前?なんのことだ?」


『わからないのもわかるよ。君の今の立場が僕であったとしても混乱すると思うし』


「なら、話しかけなければいいだろ」


 オルフェルドは誰とも知れないやつに向かって答える。


『そんなこと言わないでよ。君にしかできないことなんだから』


「僕に何ができる?無能と言われ続けたこの僕に」


『できるさ、君なら』


「なんでそう言い切れる?どこにそんな保証がある」


『君は僕と同じだ。奴隷とされ、毎日のように殴られ、蹴られ、叩かれ。そしていらなくなれば捨てられ。そんな腐った国に竜が突然現れ、国は滅ぶ。僕と君は似た環境の中ににいるんだ』


「それとどんな関係がある?」


『大アリだよ。君には僕の力を授ける。竜をも殺して竜王と言われたこの僕の力を』


「竜、王?」


『あれ?もしかして時代とともになかったことにされちゃってる?』

 

「いやあるよ。竜王という存在は」


『なーんだ。あるんだ。それは良かった。とにかく、君に力を授ける。竜をまた倒し、国を立て直す。そしたら、そのときに力を返してよ。それまで力を貸す。間違えないでよ。貴族や王族のようにならないようにね。

 願わくば君が二代目の竜王とならんことを』

 

 自称竜王からそう言われるとオルフェルドはそっと息を吐いた。


 なんのことかさっぱりだ。オルフェルドはテントから外へと出た。出た瞬間にドカーーーンと大きな音がした。


(やはりこの国も滅ぼされた、か。俺の住む場所は一体いつ見つかるんだ?)


 オルフェルドは自問自答するものの答えは出ない。


 そして周りを見ると………………………………静か?


 おかしい。先程まで竜が国を滅ぼそうと動いていたのにシーンとしている。


 どういうことだ?いや、もしかすると、兵士たちが全滅したのではないのか?


 しかし、そんなことはなく近くに兵士たちはいた。いや、なぜだかオルフェルドを凝視している?


 何があったのか。オルフェルドは近くの兵士に聞く。


「何があったのですか?竜は、竜はどこに行ったのですか」


 問い詰めるかのようにオルフェルドは聞いた。しかし、兵士は何を言っているのだ?という顔をしている。


 どういうこと?


「あなた、様が、やった、のではない、ですか?」


 とぎれとぎれにそう言われ、何を言われているのかわからない。


 すると、中川がやってきた。


「す、すごいではないか。竜を一瞬にして滅ぼすその力。僕は驚いたよ。人間業とは思えなかったよ。そんな力があるのなら早く言ってほしかった。というか·········君はほんとに奴隷なのかい?」


「え?い、いいや私は決して何もしていませんよ」


「いや、すごいエネルギー?というか、何かがオルフェルドさんから放たれ、竜たちは忽ち葬り去られていましたよ」


「・・・・・・」


「僕らの出る幕はありませんでしたね。これからも竜が出てきたらよろしく」


 なんでこうなったんだ!?




 西暦5880年。とある晴れた日。


 チュチュと鳥のさえずりの声が聞こえた。


 満天の空、温かい日差し。そんな中、一人の少年が草原に横になり、本を読んでいた。名をナルフェルド=“トゥサン”と言った。


 本はかなり厚くまるで辞書のようだ。ナルフェルドはそれを楽しげに読んでいる。


 そんな彼のもとにドサドサと歩いてくる少女がいた。名をルカフェルド=“トゥサン”と言った。ルカフェルドはナルフェルドの姉である。


 ナルフェルドは姉の姿を見て観念したかのように本を閉じ、


「また来たのかい?姉さん」


「またって何よ!またって!」


「悪かったよ、すみませんでした」


 ナルフェルドはそう言ってルカフェルドに謝った。ルカフェルドはそんな弟の姿を見て、


「ほんとよ。遊ぶって約束していたのにまた本を読んでいるんだから」


「反省してるよ」


 ナルフェルドはやっちまったぜ!って顔をしている。ルカフェルドはそんな弟の様子をじっと冷たい目で見ていた。ポタポタと冷や汗が垂れてくるのをナルフェルドは感じた。やばいなこれはと。現にルカフェルドの頬はピクピクと震えている。ピクピクと頬を揺らすのをナルフェルドは見るたびに体が震える。そしてついにルカフェルドの怒りは噴火した。


「ナルぅ〜〜〜〜〜!最近、生意気よね?お父さんに本を読むのを禁止にしてもらうように告げ口してあげようかしら?」


「す、すみませんでした!調子乗ってすみませんでした!!!!!」


 ナルフェルドは土下座をした。これでもかと高速のスピードで土下座をした。ルカフェルドはそんな弟の様子に満足したかのように


「許す。それで何を読んでいたの?」


「【竜王伝説伝】」


 ナルフェルドは端的にそう答えた。


「それって確か、曾祖父が活躍したっていう話だったよね」


「うん。オルフェルドひいひいじいちゃんが竜を倒して今のように平和になった話って言いたいけど、正確にはそうじゃないんだ」


 ナルフェルドは誇らしげにそう言い、本を開き、ペラペラとページをめくる。


 最初の章の一ページ目にはオルフェルド=トゥサンが【ダナスティーナ王国】へと亡命し、初の竜退治をしたところまでが記されていた。


「じゃあ、どんな話なのよ?」


「竜を倒したのはひいひいおじいちゃんだけじゃないってことだよ」


 ナルフェルドはルカフェルドに向かって言った。


 風がビュッーと吹いた。そして、


「1代目竜王と“二代目”竜王 が竜を倒して今の世の中になるまでの歴史の話」





















 この物語はオルフェルド=トゥサンが二代目竜王と呼ばれるまでの伝記ではない。オルフェルド=トゥサンと1代目竜王が“本当の平和”な世界を築くまでの伝記である。


 そして、


『“オルフェルド=トゥサンと1代目竜王が残した伝説の物語”』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る