第一次異世界大戦

欠伸

戦火と戦果

 俺はきっとこれから先、何度も今日を思い出すだろう。

 何度も悪夢を見るだろう。

 それほど最悪な日だった。

 泣きたくて、吐きたくて、そしてなにより逃げたかった。

 ......情けない。

 これが勝者の姿なのか?


 敵国の都市を落とた英雄。

 国に帰ったら、俺たちはきっと、そう報道されるだろう。

 そして敵国ではきっと、極悪非道の悪魔たち。


 しかし真実はどちらでもない。

 俺はちっぽけな、ただの人間だ。

 だけど今は、どちらかと言うと悪魔と呼ばれたい気分だ。


 俺はふと懐中時計を取り出す。

 いつの間にか壊れていたらしい。

 修理に出せば治るだろうか?

 家族からの贈り物なので壊したくはなかった。


「どうしたレオ? 時間なんか気にして」


 戦友の声に振り返ると、アレンがからかうように笑いながら立っていた。

 余裕そうな声色だが、目の下のクマがひどい。


「何でもない。ただ、もうすぐ家族に会えるかなって」


「そうかい。俺はてっきり、自伝でも書くのかと思ったよ」


 アレンは目線を合わせることなく続ける。


「書き出しはこうだ。『午前6時41分、俺は英雄になった』」


「アレン」


 俺は少し声を荒げる。

 こいつの冗談は時々、笑えない。


「悪かった」


 アレンは、ポケットに入れた手はそのままに、肩をすくめる。

 そして、ようやく俺と目を合わせる。

 心なしか、笑みも柔らかくなったように感じる。


「だが良かった。安心したよ。もしそんな本見たら、燃やしちまうとこだった、......本屋ごと」


 最後だけは冗談だが、それ以外は本気なんだろう。

 そこまで長い付き合いではないが、それくらいは分かった。


「それならミゲルの店がいい、あそこの店主は不愛想でね」


「そりゃいいな、俺の家の近くの本屋は親切なおばあさんだから気が引けてたんだ」


 互いに軽く笑いあう。

 でも気分は一向に軽くはならなかった。


「はは......、でも、今の俺が行けば愛想よく迎えてくれるかもな」


「そうかもな」


「そんで、お前はこの町の誇りだとか......言われるかもな」


「......ああ」


「店主だけじゃない、家族も親戚も近所の人らも、喜ぶだろうな」


「そうだな」


「俺は、どう言えばいいんだろうな?」


「そうだろう俺はすごいんだ、って言えばいい」


「言えるのか?」


「言えないな」


 お互い言うべき言葉を失い黙ってしまう。

 今はすべき話じゃなかったな、と後悔する。


 先に口を開いたのはアレンの方だった。


「ままならんな」

 

 アレンは地面を見つめたまま話す。


「言いたいことも、言うべきことも、言えないなんてな」


 俺がそうだな、と相槌を打つか悩んでいる間に、場違いに大きな音で集合の鐘がなった。

 俺もアレンも鐘の音がした方を見ながら声を掛け合う。


「行くか」


「そうだな」


 今度は悩まずそう言えた。

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第一次異世界大戦 欠伸 @monokaki76

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