遠ざかる愛と静かな涙
辛巳奈美(かのうみなみ)
遠ざかる愛と静かな涙
雨の音が窓を叩く。古びたアルバムを開いた私の指先が震える。そこには、二十歳の頃の私と、笑顔の彼、航太の写真が並んでいる。
私たちは、小さな島の高校で出会った。彼は、いつも海を眺める静かな青年だった。私は、彼に惹かれ、彼の静寂の中に潜む優しさに触れ、恋に落ちた。卒業後、彼は東京の大学へ、私は地元に残った。距離は私たちを遠ざけた。電話や手紙でのやり取りには、彼の言葉がほとんどない日々だった。それでも、私は、彼からの少ない言葉の中に、変わらない愛情を感じていた。
彼は、年に一度、夏休みには必ず島に帰ってきてくれた。一緒に海辺を散歩し、夕日を眺め、何も話さなくても、ただ一緒にいるだけで幸せだった。そんな日々が、三年続いた。
ある夏、彼はいつものように島に来た。しかし、彼の顔には、いつもの穏やかさがなかった。彼は、少し震える声で言った。「もう、無理だ。」と。東京で、新しい恋人ができたと。
私は、彼の言葉を信じたくなくて、涙を流しながら、それでも「私との関係に幸せを感じていましたか?」と聞いた。
彼は、少しの間、私の目を見て、そして小さく頷いた。「うん」と。
その言葉は、私を深く傷つけた。彼の幸せは、私の幸せではなかった。彼の「幸せ」は、私抜きで完成されたものだった。
それから何年も経った今でも、私はあの夏の雨音を覚えている。そして、彼の「幸せだった」という言葉が、今も私の胸に突き刺さる。彼の幸せは、確かにあった。しかし、それは、私にとって、永遠に届かない幸せだった。アルバムを閉じた私の頬を、再び涙が伝った。
遠ざかる愛と静かな涙 辛巳奈美(かのうみなみ) @cornu
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