第27話 アデライト

 さて、俺の前には二つの選択肢がある。

 ズバリ言うと目の前の少女を助けて村へ連れ帰るか、パラライズスパイダーを討伐するか。


 目の前の少女は、全身を粘り気のある蜘蛛の糸に捕らわれて、身動きが制限されている。何かを引きずったような跡を見ると、ってでも村まで逃げようとしたのだろう。


 だが、森の狩人であるパラライズスパイダーが獲物を逃がす訳がない。地面の色と同化した糸を撒くことで、獲物が必死にもがけばもがくほど糸が絡まり身動きが取れなくなって行くのだ。


 さて、話を戻そう。

 俺としては出来る限りリスクを減らすように動きたい。彼女を助けるにしても、異常事態の元凶であるパラライズスパイダーをどうにかしなければ、背後から襲われる可能性がある。


 それは御免被ごめんこうむる。

 なので優先順位としては、パラライズスパイダー討伐が最上位で少女の救出はその次だ。


 とはいえ俺も鬼ではない。普通に助かる命は助けてあげたい。

 今回はセリエール家に恩を売るチャンスだし、手持ちの道具を出し惜しみせずに行こうと思う。


 俺は気配を悟られないよう、その場から少し離れると音を立てずに茂みに伏せた。ウエストポーチの中から取り出したのは、細長い筒。これは吹き矢をさらに小型化したもので、俺の武器の中でも製造が難しい貴重な代物だ。


 パラライズスパイダーの性質として、獲物の様子を何度か確認しに来るというものがある――と、カサカサと俺の隠れている茂みの上を何かが通った。

 パラライズスパイダーだ。恐らく、少女が弱ったかどうか様子を見に来たのだろう。


「ぃゃ……やめぇ。こな――ぃ……!!」


 舌にまで痺れが到達しているのだろう。舌足らずな悲鳴が聞こえて来た。少女の位置からは、パラライズスパイダーの姿が見えているはず。

 頭上では、少女をあざ笑うようにギチギチと鋏角きようかくを鳴らす音が聞こえてきた。


 俺はあくまでも自然に、森の気配に馴染むようにスッと吹き矢を茂みから覗かせると、無防備にさらされた黄色と黒の縦縞たてじま模様が毒々しい横っ腹に向けて、吹き矢を放つ。


「ギシャアアアア!?」

「……えっ?」


 シンと静まった森の中に、パラライズスパイダーの悲鳴が響き渡る。

 突如、死角から襲ってきた痛みに対してガチガチと鋏角きようかくを打ち鳴らして怒りをあらわにした。


 直後、不気味な複眼で俺の存在を視認したパラライズスパイダーは、脱兎のごとく樹上を飛び跳ねて逃げていく。

 その横腹からは、少女の剣に付いていたのと同じ青色の体液がポタポタと垂れている。


 俺はガサガサと茂みをかき分けて、少女の下へ向かう。

 目を丸くしたまま事態を飲み込めていない様子だが、ウエストポーチの中から解毒用の丸薬と竹筒を取り出す。


「俺、領主様からの要請で森の調査に来たロンブリエールの冒険者。分かる? 分かったら、瞬きを二回して」


 先ほどまで恐怖一色だった少女の目には、警戒の色がありありと浮かんでいる。

 少女の手当を行いながら素性すじょうを明かすと、ゆっくりとまぶたが二度閉じられた。


「先に謝っとくわ、ごめんね」

「ぇぁ――~~~~~~~っ!?!?」


 腕の切り傷にポーションをかけた後、少女の口の中に解毒用の丸薬を突っ込み、竹筒の水を口に含んで口移しで水を飲ませた。こうでもしないと、麻痺が残っている状況だと水を嚥下えんげできずに溺死できしするから仕方ないんだよ。どこの誰が見ているわけでもないのに、言い訳がましい理由をアレコレと並べ立てる。


 少女の顔は怒りと羞恥しゅうちで真っ赤に染まっていた。

 これなら解毒剤の回りも早そうだ。


「それじゃ、俺はパラライズスパイダーを討伐してくるから、痺れが取れてもここを動かないで。いいね?」

「ぁ――ぇなさぃ……」


 後で覚えてなさい、か。

 憤怒ふんぬの目で俺を睨みつけながらも、律儀りちぎに瞬きを二度行って合図を送ってくる。その目の奥には一人ぼっちになる恐怖と……わずかな諦観が見えた。


「さっきまで殺されかけてたから怖がるな、とは言わないが安心して待ってろ。すぐに戻ってくるから」

「――ぁ」


 少女はか細い声で何かを言おうとしていたが、のどしびれてうまく声が出せない。

 心細い気持ちは分かるが、少しの辛抱だ。


 俺はバックパックを下ろして身軽になると、弓と矢筒、短剣だけを手にパラライズスパイダーの追跡を始めた。

 いくらでもパラライズスパイダーを仕留めるタイミングはあったのに、あえて生かしているのは意味がある。


 万が一、パラライズスパイダーが森のどこかに巣を作って、卵を産んでいた場合……もう分かったとは思うが、安全な森の外周が大変なことになるのだ。この森はロンブリエールから続いているから、絶対に禍根かこんを残してはならない。


「さてと。それじゃあ行きますか」


 勢いよく地面を蹴りつけて、蜘蛛の糸などお構いなしに森の中を進む。

 地面に点々と落ちた青い体液を追って行くと、段々と木の枝に垂れ下がる蜘蛛の糸の量が増えていく。


 地面に落ちる体液が途切れることはない。

 パラライズスパイダーに刺した矢には鋭い返しが付いていて、一度刺さればそう簡単には抜けない。おまけにマカロニのように中が空洞だから、血が延々とながれ続ける。王都の鍛冶師を散々悩ませた特殊な吹き矢は、今日もいい働きを見せていた。


「ギィィィ……!!」


 辺りより背の高い木々が密集した場所に、パラライズスパイダーの巣はあった。

 よだれを垂らしながら、ガチガチと鋏角きようかくを打ち鳴らす。縦縞の数で雌雄しゆうが判断できるが、目の前の個体はめす


 背後には大きな大きな巣があり、中心には繭が三つ。

 間違いない、あれはパラライズスパイダーの卵だ。


「フッ、追って正解だったな」


 短剣を引き抜くと、腰を落として構える。

 クロエにも教えているが、基本的に狩人は魔物と正面切って戦うことはない。特にソロであれば尚更だ。


 だが、戦わないこと=戦闘が苦手だ、と思ってもらっては困る。

 ジッとこちらの様子を窺うパラライズスパイダー。不意に、短剣を投げつけたことで戦闘が始まった。

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