文体模写

 

第1話

 男が上野の裏通りを歩いてると、占い者の婆さんに声をかけられました。

「あんた、占っていかないかい?」

 男は婆さんの方をじろりと見ました。60代くらいの白髪の婆さんが、こちらに手招きしています。小さなテエブルの上に紫色のテエブル掛が敷かれ、その上には水晶玉が、その隣には1回1万円と書かれた紙が置かれていました。かなり高価な金額です。が、男はそれを見ても気にする容子はなく、婆さんの目の前の椅子に坐りました。

「何か見てもらいたいことはないかい?」

「特にないですね。僕じゃなくて誰か他人の未来を見てもらうことも出来るんですか?」

「ああ、出来るよ」

「じゃあ、御婆さんの、あなたの未来を見てみたいです」

「私の未来?」

 婆さんは戸惑いました。これまで何百人もの未来を見たことはありましたが、自分自身の未来を見たことはありません。婆さんは怖がりな人間なので、自分の未来なんて見たくもありませんでした。

「それは出来ないね」

「お金ならいくらでも払いますよ」

 男はそう言うと、婆さんの目の前に小切手を差し出しました。

「おいくらがよろしいですか?」

 婆さんはお金に困っていました。そこで男にこう問いかけました。

「いくらでもいいのかい?」

「はい。そのための小切手です」

 婆さんは男からペンを受け取ると、小切手に1億円と書きました。男はそれを見ると、にやりと笑いました。

「交渉成立ですね」

 婆さんは水晶玉に手を翳し、自分の未来を見ました。と同時に婆さんは泡を吹き、倒れました。

「泡を吹いて倒れるだなんて、一体どんな未来が見えたんです?」

 男は嘲るようにそう呟くと、婆さんに渡した小切手を胸ポケットに入れ、どこかへ、去っていきました。

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文体模写   @hanashiro_himeka

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