第2話

頭に鈍痛を感じながら目を覚ます。


空気が独特で異質、しかもひんやりとしている。覚醒後の第一印象だ。


周囲は真っ暗で、今ここにいる場所がどこであるのかわからない。一体どうなってしまったのか。


ご丁寧に布団に寝かされていることが指先の感触からわかる。


おそらくはどこかに連れ去られたのだ。連れ去られたのはこれで二度目。


一度目は十歳の時。天狗に攫われたのだ。


知識はあったから天狗のうちわを盗んで扇ぎ、屋敷もろとも破壊して命からがら逃げ帰った。


まさかこの年齢になっても攫われるとは。


身を起こすと、急に戸が開き誰かが入ってきた。


「お目覚めですか」


声はそう言って、ろうそくの火をともす。


灯りでやっと周囲が見えた。


寝かされていた場所は窓のない六畳程度の畳部屋。目の前で正座をしているのは、猫の妖怪のようだ。しかも子供。


猫特有の耳に大きな瞳、鼻から両脇に白いひげが数本飛び出ており、青い男物の和服を着ている。手足はふさふさの白い毛で覆われているが、人間と同じように使いこなしている。


おそらく妖怪の住んでいるところなのだろう。


「ここは」


「主様のお屋敷でございます」


「主って。あなたは誰なの」


「主様のしもべである、トモヤと申します」


「一体私になんの用なの」


「主様がお待ちかねでございます。ご案内致します」


トモヤは立ち上がる。


身長は百三十センチ程度。バッグが部屋の端に置かれていたので持とうとする。


「お荷物は持たないで下さい」


注意される。早く帰してもらって面接に行きたいのに。その主とやらに早々に話をつけよう。


そう思って、大人しくあとをついて行く。内装は日本家屋風の建物。外の景色は障子で閉ざされているため見られない。空気は全体的に淀んでいる。 


長い廊下を渡り、四枚のふすまの前でトモヤは正座をした。


「主様、お客様がお目覚めです。連れて参りました」


「入れ」


女の高い声が聞こえる。


失礼しますとトモヤは、日本の由緒正しい方法でふすまを丁寧に開ける。


いきなり視界が開けた。二十畳ほどの広い畳部屋には、部屋を囲むようにして灯篭がずらりと並んでいる。


座敷の奥に、赤に黒色の蝶の模様の入った着物を着崩して、濃紺の脇息に肘を当て座り込んでいる女がいる。髪は腰ほどまでのストレート。


明らかに和風美の、小柄であどけない顔立ちだが子供ではなさそうだ。目にもう純粋さを感じられない。


人間とは大差がない妖怪だけれどなんの妖怪なのかはよくわからない。


正面から見て右隣には金色の鈴の冠を頭につけている女が立っており、左隣には先ほどの珍獣がいる。


おそらく一人と一匹は真ん中にいる赤い着物を着た女の使いなのだろう。


「あなたね? さっき私の頭を殴ったのは」


千里は頭に鈴をつけている女に言った。


「申し訳ございませんでした。私は鈴織と申します。主の命により連れて参りました」


謝ってもらえるだけマシか。

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