昔よく遊んでくれたお姉さんを探しに行く話
すれいきぃ
昔よく遊んでくれたお姉さんを探しに行く話
小さい頃、田舎にある母の実家へ帰省するたびに一緒に遊んでくれたお姉さんがいた。
「お、少年! 今年も来たか!」「少年、門限は何時までだ? じゃあ、暗くなる前に帰ろう」「少年! 今日は山へカブトムシを取りに行くぞ!」と、毎日のように自然の世界へ連れて行ってくれるお姉さんは、友達も同年代の子もいない自分にとって最高の遊び相手だった。
しかし、中学・高校生になってからは部活や受験の関係でだんだん帰省しなくなり、お姉さんは思い出の中の人となってしまう。
そして、大学へ進学し充実したキャンパスライフを送っていると、ふと昔帰省していた母の実家を思い出した。
そういえばあのお姉さんは今何してるのかと気になり、母に尋ねてみるが「誰?」「知らない」の一点張り。
自分の記憶では当時、母にもお姉さんについて話したことがあったので、不思議に思いもう一度お姉さんに会うべく数年ぶりに母の実家へ足を運ぶことにした
久々に訪れた田舎は昔の記憶となんら変わりなく、お姉さんと一緒に遊んだ川や原っぱ、林も当時のまま残っていた。とりあえず実家へ向かい、お爺ちゃんに久々に挨拶をすると、急に来たにも関わらず快く歓迎してくれた。荷物を置き、お婆ちゃんの仏壇に線香をあげ、お爺ちゃんに当時の話を聞いてみる。
「あぁ、そんなこともあったな」
「アレはなぁ、不思議な話だった」
「毎年お前がここにくると、必ず『お姉さん』とやらのことを話し、一人でフラフラと出かけていってしまったんだ」
「幸いこの村に危ない場所はないし、人目につかない所も少ない。危険な目に遭うことはないと思っていたんだがな」
「それにしても、気味が悪くてな。その『お姉さん』とやらを儂らは見たことがない。なんならこの村に若い女はいない。なのにお前は、毎日のように......」
「......お前、覚えているか? 毎年、ここでは8月の下旬に神社で祭りが開催されていただろう」
「祭りの日になると、必ずお前は『お姉さんとまわる!』と言って、1人でどこかにいってしまったんだ」
「毎年、祭りの日でもお前はしっかり帰ってくるのに、......いつだったかな お前が最後にここへ来た年。お前は何時になっても帰ってこなかったんだ」
「9時に祭りが終わり、10時、11時......といつまで経っても帰ってこないから、流石に心配になって村中のみんなでお前を捜索したんだ」
「そしたらどこにいたと思う?」
「覚えてないのか」
「祭りの中心にある神社、その本殿の中で倒れていたんだよ」
「お前のお母さんはこれをかなり気味悪がってな、半狂乱になりながら『ここにはもう来ない!』ってお前を連れて飛び出していってしまったんだ」
「それからお前、ここには帰省することがなくなっただろう? 受験や部活のせいじゃない。それはお前のお母さんが作った言い訳だ。タイミングはいくらでもあったはずだ」
「......本当に覚えてないのか」
「儂が知っている話はここまでよ」
衝撃だった。矛盾している。確かにお姉さんは存在したはずなんだ。だって、覚えている。草原をかけ、川で釣りをし、林で遊んで、山で虫取りをした。自分はあんなに鮮明に覚えているのに、お爺ちゃんはお姉さんを知らない?
何かがおかしい......そもそも、最後に帰省した時の祭りは、おねえさんと線香花火をして、また会いに来る約束をした後に家に帰ったはずだ。......約束?ちがう、おかしいのは自分の方かもしれない。約束って何だ。なんで、今になって思い出した。
考えれば考えるほど頭が痛くなり、状況を整理するためにも外の風を当たりに家を出た。外は日が沈みかけ、辺りは赤みがかかっている。川沿いを歩きながら、ずっと忘れていた約束について考えていた。
「また、必ず会いに来てね」
お姉さんは確かにそう言っていたはず。しかし、どうしてずっと忘れていた?川の水がくりかえし流れる音で、歩いているだけなのに体が浮くような不思議な気分になってきた。約束……約束......それだけを考えていると、ふと後ろで「ジャリッ」と小石を踏む音がした。
「久しぶりだな、少年」
聞き覚えのある声だった。びっくりして振り返ると、そこには
自分の記憶とそっくりそのまま、全く変わっていないお姉さんが立っていた。
「おっきくなったな、少年」
「もう、青年というべきかな?」
お姉さんは、少しニヤついた顔で、そしてあの時と変わらない口調で話した。
「っ.…..!」
言葉が出なかった。探していた本人が、目の前に......
「その様子だと、私に会いに来たみたいだな、少年」
「くふふふ」
「いいだろう! その行動力に免じて、私がなんでもしてやる!」
まるで心を見透かされたようだった
もっと再会の余韻に浸るとかはないのか?ふとそんなことを考えるが、お姉さんはそういうタイプじゃないな......と勝手に自己完結をした。
「お久しぶりです」
「久しぶりだな」
「元気してましたか?」
「少年が会いに来てくれたから、今やっと元気になれたよ」
久々のこの感じに、少し涙が出そうになる。
「......誰もお姉さんのことを覚えていないんです」
「覚えていない?」
「はい......お爺ちゃんも、お母さんも。誰もお姉さんを覚えていない。というか、知らないんです。村にはこんなに若い女性はいないって......」
「ふむ」
「お姉さん、どうしてだと思いますか......?」
単純な疑問だった。なんでみんなお姉さんを知らない?お姉さんは存在している。現に今、僕の目の前に
「少年」
「はい」
「私が何に見える?」
「え?」
「私が、人間に見えるか?」
人間に見えるかって......?お姉さんはどこからどう見ても人間だ。昔と全く変わっていない、綺麗でスタイルの良い、普通の女性にしか見えない。
「何言ってるんですか?」
お姉さんはニヤリとした表情で「ククク」と声を出し、笑った。
「少年、なんで私は歳をとっていない? なんで私は少年の知っている、昔の記憶の中の姿のままなんだ?」
「あっ」
言われてみればそうだ。確かにお姉さんは、僕の知っているお姉さんのままだ。おかしい。記憶では、お姉さんに最後に会った時から少なくとも7年は経っているはず.…..
「まさか......」
「ああ少年。そのまさかだ」
少し猫背になり、鋭い目つきでこちらを見つめた。
「わかるか? 少年」
途端に風が吹き抜け、体が震える。
「答え合わせといこうじゃないか、少年。ここにきたってことは、私のことをそれなりに知ろうとしてきたんだろう?」
「めぼしい情報は得られませんでしたが......」
お姉さんは「ククク」と笑い、続けた。
「私はな、少年を愛している」
「え」
まるで心臓を掴まれたような気分だった。
「わかるか?少年。私は少年を心から愛しているんだよ」
いきなりの愛の告白に頭がパンクする僕を愛している?何を言っているんだ?
「それから、もう一つ」
お姉さんはこちらに近づいてくる
「私は」
お姉さんの顔が耳元の、鼻息のかかるくらいの距離で。小さな小さな声で。艶のある、吐息の混じった声で言った。
「人間じゃあないんだよ」
フッ......と息が漏れてしまい、額から冷や汗が垂れる。
「少年の考える不可解な疑問は、すべて『私が人間ではないから』としか回答できない。少年の身内が全員私を知らないのも、周りの人が私を見ることができないのも、全て私が人間ではないからだ」
衝撃だった。しかし、辻褄が合ってしまう。本当にお姉さんが怪異なら、他の人から見えないなら、お爺ちゃんの言っていたことは全て肯定されてしまう。
「ど、どういう......」
「一目惚れだ。私は幼い少年に一目惚れした。全て私のものにしたいと思った。だから私は少年に姿を見せたんだ」
足が震え始める。いま、科学では証明できないような超常現象。あるいはありえない事象と対峙している。お姉さんに会えたという感動はどこかへ消え去り、今は未知と対峙した恐怖のみが残っていた。
「ククク、呼吸が早くなってきているぞ少年。心臓の鼓動も早い。怖いか? 私が」
「ぜんぶ、お姉さんが人間じゃないから......?」
「ああ。私の、いわゆる呪術やそういう類によるものだ」
「お姉さんは神様なんですか?」
一つだけ、人ならざるものに心当たりがある。
「この村の守り神と呼ばれている神様。山の麓に神社がありますよね。八月の終わり頃にお祭りが開かれるとこです。お姉さんとお祭りいきましたよね」
「あぁ」
「お姉さんは、その神様なんじゃ......」
「ちがう」
食い気味に否定された。お姉さんの表情はさっきと変わらず笑っているが、何か違う。目にハイライトがなく、どこか暗いのだ。黒い、もやもやとした嫌な予感が僕を襲う
「少年。私をあいつといっしょにしないでほしい」
「え?」
「私が少年と夏祭りを周っていた理由。それは、少年をあいつから守るためだ」
「あいつ? 神様のことですか?」
「そう。あの穢らわしい神のこと。なあ少年、祭りってさ、神と人との距離が一番近くなるんだよ」
『あいつ』『穢らわしい神』『守るため』どこか引っかかってしまう
お姉さんがそこまで神様を嫌う理由......
「人間が神を祀り、祭事で礼をすることで神は人間に会いに行き、享受する。これが祭り。あいつさ、毎年少年にだけ執着して会いに来るんだよ。だから、あいつから少年を守っていたの」
「悪い神様なんですか?」
「ああ。極悪。卑劣極まりないよ。少年を私から奪って勝手に華燭の契約を結ぼうとし自分のものにしようとした。少年の自由を、「『お前からこの子を守る』とかほざきながら、命を奪って永遠に監禁しようとしていたんだ」
次々と語られる真実に脳の処理が追いつかなくなる。
「だからね、少年がここへきた最後の日。最後の夏祭りで」
お姉さんの顔から笑顔が消えた。あたりの風が止み、虫の音もしなくなる。時が止まったようだった。
お姉さんはゆっくりとした、落ち着いている、それでいて重い声で続けた。
「殺したの」
「え?」
「ククク……殺したんだよ、少年。私は少年をあいつから守り切ったんだ」
腹が、手足が、全身が冷たくなり、嫌な予感に手から脇から冷や汗が止まらない。
「でも、あいつは最期の最期で少年に呪いをかけやがった。少年の中の、私の記憶を一切消す呪い。それで、人には耐えられないほどの呪いのキャパシティを受け入れた少年はその場で意識を失ったんだ。その場所が神社の本殿だ」
お爺ちゃんの話に繋がってしまった。『ご神体で気を失っていた』疑っていたわけではないが、まさか本当のことだったなんて。
「だが、あんなやつに気後れする私でもない。私はね、ガラスの靴を置いてきたんだ。『必ずまた会いに来てね』って。神の呪いよりも強い愛で。少年という私の王子様が、私を探しにきてくれるための手がかりを」
先程の表情とうってかわって、お姉さんはいつも通りのやさしい顔で続けた。
「私は賭けたんだよ、少年に。神の呪いがあったとしても、それを打ち消すほどの思い出と、私への愛。その結果、少年は私との約束一つで神の呪いを打ち消して私を思い出し、今に至るというわけだよ。私への愛が、神を退けたんだ」
辻褄が合ってしまう。僕がお姉さんを忘れていた理由。お姉さんが見えない理由。僕がご本殿で寝ていた理由。すべてが噛み合う。
「なあ少年。私は少年を愛している」
一歩、また一歩と近づいてくる。
「少年は私に会いにきてくれた」
思わず後退りすると、地面の小石がジャリジャリと音を立てた。しかし、その音も耳に届かないほどの緊張で体が強張ってしまう。
「これってもう、両思いだよな?」
お姉さんのにやりとした表情から、またハイライトが消えた。心臓がバクンバクンと揺れ、今にも破裂してしまいそうだ。
「何逃げてんだよ、少年」
白く細く、艶のある綺麗な指で僕の頭の後ろをなでられる。夏なのに異様に冷たいその手はひどく不気味で、ねっとりとした手つきが僕の中の恐怖を加速させた。
「私が怖いか?」
息がつまって言葉が出ない。ハッ、ハッ、という犬のような呼吸しかできない
「あんなに可愛がっていたのに、ゴミ虫を殺してまで守ってやったのに、私を拒絶するのか?」
今すぐにこの場から逃げだしたい。震える足に力を入れた
「なあ少年」
「一緒に来てくれるよな?」
「ど、どこへですか?」
「私と2人きりのところ」
「なんでですか」
「好きな人とずっといっしょにいるため」
「僕、帰ります」
「少年。私は神を殺す力を持っている」
「帰らせてください」
「私と華燭の契約を」
「ごめんなさい」
「私のことが好きなんだろう?」
「ちがいます」
「......」
怖くてお姉さんの、いや それの顔が見れない。
「ごめんなさい……!」
ついにその場から走り出してしまった。後ろを振り返ってはいけない。詰まる息を、硬い足を、強張った体を無理に動かす。
「......ク、クククク」
「少年」
お姉さんだったものは、今や形を変えて人ならざる姿で、
「人間」
逃げる足を掴まれ、
「もう」
「手遅れ」
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