始まりの予感

 大陸の西の果て。とある村に一人の赤子が産まれた。村人は大いに喜んだが、赤子が成長すると共に、その赤子が『忌み子』である事がわかってしまう。



 『忌み子』——災いをもたらし、必ずや周囲を不幸に陥れる、穢れた存在。この村では古くから、そのような言い伝えがある。時が経つにつれて、大陸では当たり前であった認識も風化し、今では少数の人間しか知る者はいない。それもそのはず、忌み子自体が大変珍しい存在なのだ。数十年に一度、産まれるかどうか。古い文献でもその存在は詳細に書かれていない。




 朝の穏やかな日差しが、屋根裏の小窓から差し込む。

 ベッドとは言えないが、清潔に保たれた薄い布の上で、一人の少年が寝ていた。黒目、黒髪。この村では『忌み子』と呼ばれる存在、名は『シオン』。




 「……ん……ふぁぁ。」

 まだ眠たい目を擦りながら、シオンは目を覚ます。


 「……あれ?なんで僕泣いてるんだろ。」


 その目には確かに、涙の跡があった。何かを見たようで、何も覚えていない。怖い夢でも見たのだと思い、シオンは身体を起こす。


 屋根裏部屋から下に降りる扉の前、そこにはトレーに置かれたパンとスープがあった。シオンの母、カーラが作ってくれたものである。


 『忌み子』である事がわかり、物心ついた時からこの屋根裏部屋で生活しているが、決して両親からの愛を感じなかったわけではない。


 三食しっかりご飯は用意してくれるし、月に数回は話す時間もある。そして、なにより誕生日の日には本をくれるのだ。それが……シオンにとっては生きる意味でもあった。

 

 シオンにとっては、この屋根裏部屋から見える景色が全てであった。その限られた世界の中で、本は新たな世界を見せてくれる。そんな世界もあるのだと、想い、馳せる事ができる。




 以前、母、カーラに聞いてみたことがある。


 「ねぇ母さん、僕ってずっとここで暮らさなきゃダメなの?」


 「それは……今はそうね。でも貴方がもう少し大きくなったらここから出られるかもしれないわ。それまでの辛抱よ。」


 「本当に!?やったっー!!僕、外に出て色々なものを見てみたいんだっ!!」


 「んふふ、それは楽しみね。」


 興奮するシオンをみて、カーラは優しく微笑む。——しかし、しばらくすると俯いて。


 「……シオン、普通に産んであげられなくてごめんね。」


 初めてみた母の表情に、何と声をかけたらいいのか、その時のシオンにはまだ分からなかった。



 朝食を食べながらシオンは思う。



 ——早く、この狭い部屋から抜け出して、広い世界を見てみたいな。




 暖かい風が屋根裏の小窓から吹き込む。季節は春、小さな少年を取り巻く環境は少しずつ、確実に変化していた。

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