特別な日

口羽龍

1

 それは2025年の3月10日の事だ。今日は全国の中学校で卒業式が行われた。中学校3年生は今日で中学校を卒業、来月から高校生になる子がほとんどだ。そして、中学校からいなくなる。寂しいけれど、それは次へのステップだと思っている人もいる。


 その日の夜の事。とある居酒屋で教員たちが飲もうとしていた。今日、卒業式を迎えた中学校の教員たちだ。彼らは卒業式を終えて、その打ち上げパーティーのつもりだ。


 その真ん中にいる男は田野畑公希(たのばたこうき)。今年で30歳になった教員だ。公希は今年度、初めて3年生の教員を務める事になった。進路相談などで大変だったが、充実した1年だった。そして、慣れ親しんだ生徒との別れはとても寂しいものだと思っている。だが、人生には出会いもあれば別れもある。それはとても重要な事だと思っている。


「今日はありがとうございました、カンパーイ!」

「カンパーイ!」


 公希と飲み会に参加している教員は乾杯をした。公希は生中を飲んだ。みんな、とても幸せそうな表情だ。明日も仕事があるけど、今日はゆっくり飲もう。


「初めて卒業生を送り出したけど、どうだった?」


 教頭の飯田鈴(いいだすず)は気になっていた。公希は初めて卒業生を送り出した。それをどう思っているんだろうか?


「緊張したけど、みんなのおかげでいい卒業式だったよ」

「それはよかった」


 公希は笑みを浮かべている。教員になって以来、毎年卒業式に参加していたが、今年は少し気分が違っていた。自ら卒業生を送り出したからだ。卒業式を終え、教室に戻ってきた公希は、生徒1人1人に卒業証書を手渡したという。泣くべきではないと思っていたが、泣いてしまった。生徒が泣くなと言っていたが、それでも泣いてしまった。


「まぁ、今日は飲め飲め!」

「ありがとうございます」


 公希は再び生中を口に含み、つまみの枝豆を食べた。


「まぁ、明日からも頑張れよ」

「ありがとうございます」


 ふと、鈴は気になった。公希は一体、どこの出身なんだろう。全く聞いた事がない。


「公希さんって、どこの出身なの?」

「岩手県。海沿いの漁村だよ」


 鈴は驚いた。こんなに遠く離れた、東北から来たとは。どうして東北で教員にならなかったのか。何か原因でもあるんだろうか? ぜひ教えてほしいな。


「そうなんだ。でも、どうしてここに来たの?」

「僕の生まれた日がきっかけなんだ」


 誕生日と聞いて、参加した人々は首をかしげた。誕生日に何か関係があるんだろうか?


「ふーん・・・。いつなの?」

「僕が生まれたのは、1995年1月17日」


 それを聞いて、参加していた人々が驚いた。それは、阪神・淡路大震災の起こった日ではないか? こんな日に生まれたとは、なんという運命のめぐりあわせだろうか? だから、ここで教員になったんだろうか?


「えっ、それって、阪神・淡路大震災の日?」


 すると、公希はうなずいた。今さっきまで少し酔っ払ったような表情だったが、それを聞いて急に酔いがさめたような表情になった。


「うん。だから僕は、岩手ではなく神戸で教員になろうと思ったんだ」

「そうなんだ」


 彼らはその話を聞いて、納得した。誕生日が阪神・淡路大震災の日だから、ここで教員になったんだなと。


 ふと、鈴はある事を思い出した。岩手出身という事は、東日本大震災も経験したんだなと。阪神・淡路大震災以上のマグニチュードで、より多くの死者が出た。その時に印象に残っていたのは大津波で、宮城や岩手の漁村の多くが被害を受けたな。公希の故郷も大津波の被害を受けたんだろうか?


「あっ、岩手といえば東日本大震災もあったね」


 公希はそれを聞いて、東日本大震災の事を思い出した。あの地震で、家族をみんな失ってしまった。前日までの幸せな家庭があっという間に奪われてしまった。自分はどうなるんだろうと思っていた。だが、みんなが支えてくれたし、楽天イーグルスの選手が励ましてくれた。そして、僕はここまでやってこれた。


「ああ。明日であれから14年が経つんだね」


 思えば、東日本大震災から明日で14年が経つ。その日が来るたびに、思い出してしまう。家族を一瞬で奪われた日を。それから2年後に、楽天イーグルスが日本一になったのを。


「もうそんなに経つんだ。それも僕が教員になったきっかけなんだ」


 それを聞いて、彼らは納得した。阪神・淡路大震災の起こった日に生まれ、東日本大震災を経験したからこそ、ここで頑張りたいと思ったんだなと。


「ふーん。あの日に生まれて、東日本大震災を経験したからこそ、ここで頑張ってるんだね」

「ああ」

「両親はいるの?」


 それを聞かれると、公希は下を向いてしまった。何があったんだろう。まさか、東日本大震災で家族をみんな失ってしまったんだろうか?


「東日本大震災で亡くなっちゃった」

「そうなんだ」


 それを聞いて、彼らは絶句してしまった。彼らの中に、その時神戸にいた人はいない。だが、ここに住む人々の中には、阪神・淡路大震災で家族を失った人々が多い。


「それ以来、仙台の遠い親戚が世話をしてくれたんだ」


 東日本大震災が起こって以降、仙台に住んでいる遠い親戚が公希の世話をする事になった。そのおかげで、無事に高校を卒業する事ができた。そして、東京の大学に進んだ。それ以来、東北には帰ってきていないという。


「こんな人生を送ってきたのか」

「うん」


 彼らは公希の波乱の人生に聞き耳していた。こんなに大変な人生を送ってきたとは。


「本当に大変だったんだね」

「ああ。当時は夢がなかった。だけど、この日に生まれた、東日本大震災を経験したからこそ、僕は東北と神戸をつなぐ架け橋になりたいと思ったんだ」


 公希は東北と神戸の想いを熱く語っていた。彼らはそんな後期の姿をじっと見ていた。とても熱い心を持っているな。この子なら、きっといい教員になれるぞ。


「すごい事言うね!」

「ありがとう」


 公希は照れ笑いを見せた。普通に熱く語っただけなのに、こんなに多くの人の心を動かすとは。


 ふと、公希は天井を見上げた。神戸で頑張っている自分を、天国の両親はどう思っているんだろう。見えなくても、応援しているんだろうか?


「こうして頑張ってる事、両親はどう思ってるんだろう」

「わからないけど、応援してると思うよ」


 彼らは考えた。今年で阪神・淡路大震災からもう30年が経つのか。あれから神戸は見違えるほど復興していった。だけど、あの日を忘れずに生きている。今年もまた、『1.17のつどい』や神戸ルミナリエが行われた。それがあの日を決して忘れない、神戸の人々の姿なんだと思っている。


 だけど、公希はまた別の思いで考えていた。あの日は自分の誕生日。誕生日が来るたびに、また1つ年をとった、そして、阪神・淡路大震災からあんなにも経つのかと考える。


「阪神・淡路大震災からもう30年が経つのか。誕生日になると、もうこんなになるのかと思うんだ」

「その気持ち、よくわかる」


 公希はこれまでの人生を思い出した。

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