ダンジョン考古学入門 ~ジャガー少女と赤の女王の謎~
ももぱんだ
第1話 「マリーゴールドの丘」とメシカの町
ある日突然、宝箱が沸き続ける謎の空間が現れた。
中には魔法がかけられた、様々な品物が入っている。
人々はこぞって謎の空間に潜り、宝物庫を探した。
そして人々はその場所を、
――ダンジョンと呼んだ。
大きな石造りの建物の上に置かれた大きな木箱を前に、屈強そうな男数人が顔を突き合わせている。
階段状に四角い石を積み上げてできたこの建物は、遠くから見ればピラミッドのような形だ。
熱気を含んだ青臭く湿っぽい風が高い建物の上に立つ彼らにまとわりつき、青い空から日差しが降り注いでいる。
「集まったな。首尾はどうだ?」
一番大きな男の声に、他の男たちは各々袋を地面に降ろす。
中からは日の光に輝く奇妙な宝の数々が。
「へへっ。俺のは黒曜石のナイフとヒスイの首飾りだ。素材は大した価値はないが、魔力はありそうだ」
「俺のは仮面だった。石はそいつのと同じヒスイだし魔法もかかってそうだけど、なんかこの目が怖くってなあ……」
「俺が一番じゃね? ほらほら、金貨の山! 純度高い金属だから売れるだろ!」
彼らは口々に自慢し、笑い合う。
大柄な男はそれを見ながら、満足そうに鼻を鳴らした。
「ふっ。今日も良い収穫じゃねえか。さて? 本日最後のお宝は?」
彼が宝箱を開けようとした、その時。
「88、89、90、91段。段差の高さは四方どこも同じだから、この階段は全部で364段か。それで、あの神殿を合わせて36……」
眼鏡の少年が一人、階段を上って彼らのもとにやってきたのだ。
場違いなこの少年は、手元のノートにメモを取りながら顔を上げる。
――目の前には、怖そうな大男。
みるみるうちに彼の表情が青ざめていく。
「あー。あの……失礼しましたー!」
少年は階段を駆け下りる。重そうな荷物に振り回され、何度も階段を踏み外し、ダンジョンの外へと走り去っていった。
「それで逃げてきちゃったんですねぇ、ハワード・クロウさん」
町の中心部にある『メシカ町・探検家ギルド』と看板のかかった、この町で最も大きな建物。
ここのカウンターに手をついて、ハワードは肩で息をする。
奥に立つ女性が苦笑した。身長の高い、おっとりとした女性である。
ゆったりした黒く長い髪をゆったりと束ねて、通気性のよさそうな半袖のシャツに赤いスカーフを巻いている。
目じりの黒子が、彼女の笑顔を際立たせた。
「はあ、はあ……ふう。だ、だって、エバンスさん。ああいう場面で、他の探検家に出会うと、大体攻撃されるんですもん……」
息も整い、カウンターに突っ伏したハワードは、顔だけ上げてエバンスを見る。
「そんなことをすれば、私たち探検家ギルドが黙ってませんよぉ? ダンジョンの管理は我々の仕事。場合によっては制裁もあり得ますので」
「そうですよね、あははー……。あ。これ、今日の分です」
ハワードは曖昧に笑いながら、リュックからカウンターに袋を出して、中身を差し出した。
小指ほどの小さな黒い石だ。先が尖っている。ピラミッドの上で男たちが見せ合っていた物と似ているが、ハワードの物の方が小さい。
ほっとしたエバンスの吐息が小さく聞こえた。
「気になってたんです。ハワードさん、最近宝物の持ち込みないから、お金なくなっちゃったんじゃないかなぁって」
受付嬢はナイフをトレイに乗せると、背後に置かれた機械の中に入れる。そして、中心に取り付けられた赤い石に人差し指を置いた。
赤い石の周りに魔法陣が現われ、機械がガタガタと音を立てて動きだす。
「でも、こうして持ち込みがあると、少し安心しますねぇ」
エバンスは微笑んだ。
薄緑の光がナイフに向けて照射され、機械の横から少しずつ細長い紙が出てきた。
「何とかやってますよ。父が残したお金もありますし、こうしてエバンスさんが何かと気にかけてくださるので」
ハワードはノートを取り出して、機械の魔法陣を書き写す。
彼の表情はピラミッドの階段を数えていた時と同じ、真剣なものだ。
「熱心ですねぇ」
「ええ。ダンジョンは魔法にあふれていますから。魔力を持っていないからといって、研究しない理由にはなりません。いずれは魔石が魔力をため込む仕組みも解読すれば、今後のダンジョン探索にもきっと役に立ちます。弱い人たちがビクビク怯える必要がなくなるかも」
魔法陣が消え、機械の動きが止まる。
エバンスは細長い紙を切り、眺めながら万年筆で赤い印をつけていく。
「素材は言われた通り、黒曜石ですねぇ。金属的な価値はないですが、このタイプのは大体魔力が込められてるんですよねぇ。うーん。でもちょっと、小さくて魔力も少ないです。残念ですけど金額もこのくらいになっちゃうかと」
エバンスの差し出した銅貨10枚を、ハワードは苦笑しながら受け取った。
「私やっぱり心配になってきました。ハワードさん、ちゃんと食べてますぅ?」
「大丈夫ですって。……でも僕がもう少し強かったら、もっと奥まで潜れるのかな」
ハワードはしょんぼりと肩を落とした。
探検家ギルドの中で、彼の背格好はある意味目立つ。
やや小柄な少年である。向こうで歓談している強そうな探検家たちよりも、頭一つは背が低い。その彼が、不釣り合いなほど大きなリュックを脇に置いている。
だぼついた服のそでをまくり、少し分厚くてぼろぼろな革の上着を着ているだけ。
その上、武器になりそうなものは傍らに立てかけられた大きなスコップのみだ。
「その恰好を見ると、テッドさんを思い出すんですよねぇ」
エバンスがそう言ったとたん、周りにいた探検家たちが立ち上がる。
ガタン! と椅子の音。
大きな斧を担いだ屈強そうな男が、ハワードの横に座った。
「小僧、テッドさんの話が聞きたいのか?」
「えっ。……と?」
やってきた男に、ハワードはビクンと身体を跳ねさせた。肩をすくめ、縮こまる。
「テッドさんはダンジョン調査の第一人者! いくつものダンジョンの地図をたくさん作り、攻略しやすくランクをつけた男!」
「このメシカの町の生ける伝説! ダンジョンの魔物をスコップ一つで何百体と倒しまくった男!」
「我ら探検家の永遠の目標! 何よりも見つけた宝物庫の数は当代一! その金を全て探検家ギルドのために費やした男!」
彼らは壁にかけられた大きな絵を指した。
優しそうな髭面の男が描かれている。今のハワードと同じ服を着て、同じスコップを持っていた。
ハワードは絵から目を逸らして、眉を寄せる。
「まだ、見つからないんですねぇ」
「僕が遠くまで探しに行ってないせいだ。同じダンジョンの浅いところばかりで」
ハワードはため息を吐いた。
「そんな貴方に朗報ですよぉ」
エバンスは元気づけるように微笑むと、カウンターの上を片付けて地図を置く。
大きな紙を埋め尽くすように、ハワードが先ほどまでいたダンジョンの地形と探検家たちの残したマークが描かれている。
「その名も『マリーゴールドの丘』! 10月の終わりくらいに、マリーゴールドが咲くから名づけられたようですよぉ」
「巨大な宝物庫がどこかに眠っていると噂の絶えないダンジョンですよね?」
「ええ。それで、ここ見てください」
エバンスは町に近い場所から最も遠い場所についた赤い丸印を指す。
赤い丸の中心にはハワードが上ったピラミッドと同じマークが描かれていた。
「このピラミッドEの下に、空間がありそうな気配を魔法使いが見つけたんですぅ」
「ええと、それで朗報って? 僕、ここまで行けないと思いますけれど……」
不安げな表情で、ハワードはエバンスを見上げた。
もじもじと指をこすり合わせる。
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