第22話 Meeting

『ミーティングを開始します。』

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Internet-Musume 緊急Meeting

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メインスクリーンには、事務所の会議室とメンバーそれぞれの部屋が映し出される。

画面越しに並ぶのは、スーツ姿の運営陣、そして「インターネット娘」のメンバーたち。


ミーティングのタイトル欄には、無機質な文字が表示されていた。


「インターネット娘 サービス終了」


静寂が広がる。


誰もがその言葉を視界に捉えながら、しかしまだ実感できずにいた。


ゆっくりと、時間だけが過ぎていく。


 

その沈黙を最初に破ったのは、リーダーの霧宮すばるだった。


「……本当に、決定なんですね」


普段はどんなときも穏やかで、メンバーの支えとなる存在。

そんな彼女の声に、かすかに滲む不安と戸惑い。


画面越しに映る運営責任者、橘(たちばな)は申し訳なさそうに頷く。


「残念だけど、決定なんだ。すまない」


短く、重い言葉。


すばるは小さく息をつくと、そっと視線を向かいの画面へと送った。


「……ちいか、どう思う?」


南華ちいかは腕を組み、じっとモニターを見つめていた。


「どうもこうもないわ。納得はしてないけど、私たちに決定権はないんでしょ」


淡々とした口調。

しかし、その言葉の端に滲むのは、割り切れない感情。


彼女の指先が、腕を抱え込むように微かに震えていることに、気づいた者はどれほどいただろう。


「まあ、しょうがないか」


背もたれに身を預け、やれやれと肩をすくめたのは七尾凛だった。


「アイドルグループなんて、いつかは終わるもんだしさ。でも……こういう終わり方って、なんか悔しいね」


モニター越しに映る彼女の表情は、どこかやるせない。


笑っているようで、微妙に崩れた口元。

指先をこめかみに当て、指を鳴らすような仕草。


悔しい、という感情を、どう処理していいか分からないまま、その場に投げ出したような言葉だった。


桜庭みあは、カフェオレの入ったカップを持ち、それを啜りながら口を開いた。


「……ラストライブはやるんでしょ?」


低い声が、会議の空気をさらに冷やす。


「もちろん。2月に最後のライブを開催する」


橘の言葉に、みあはカップをゆっくりと回しながら呟く。


「ふうん……そう」


それだけ言って、また沈黙。


何を思っているのか、表情からは読み取れない。

だが、彼女の瞳はじっと、モニターに映る「サービス終了」の文字を捉えていた。


この状況を冷静に受け止めているのか、それとも何か考えているのか——。


「……でもさ、なんでこんな急に決まったの?」


静かに、けれど核心を突くような声。


発したのは、センターである愛坂まりあだった。


彼女は画面の向こうにいる橘を見つめる。

その視線は鋭くもなく、淡々としたもの。


「それは……」


橘が、言葉を詰まらせる。


再び、沈黙が訪れる。


誰もが、まりあの問いの答えを待っていた。


だが——。


「……なるほど。やっぱり、受け入れるしかないのね」


まりあは、それ以上追及することなく、小さく息を吐いた。


「ならば、せめて最後は誇り高く。騎士団の皆様に相応しい終幕を迎えなくてはなりませんわね」


紅茶のカップをそっと置きながら、白鷺あまねが言った。


彼女の表情は凛としていて、いつも通りの優雅さを保っている。

しかし、その指先が僅かに揺れたのを見逃す者はいなかった。


「……それにしても」


あまねがふと呟く。


「私たちは、最後に何を残せるのでしょうね」


問いかけに、誰もすぐには答えなかった。


「……さあ」


ゆっくりと、桜庭みあが言葉を返す。


「でも、最後だしちゃんとやらなきゃね」


カップの縁を、指で軽くなぞるようにしながら。


「……だね」


七尾凛が、椅子の背に深くもたれかかる。


「悔しいけどさ。最後くらい、納得いく形で終わりたいよね」


「……ええ」


すばるが、穏やかに頷く。


その表情にはまだ迷いがある。

しかし、どこか決意を固めるような色も見え始めていた。


橘が通信から立ち去る。彼女たちに全てを託したようだ。



──沈黙。


暫くの間、それぞれが、それぞれの思いを抱えながら、

ただ、一つの画面を見つめていた。


「サービス終了」


変えられない決定。


しかし——


「……ねぇ」


まりあが、ぽつりと呟いた。


「みんな、最後に伝えたいことって、あるよね」


誰かが、小さく息を呑む音がした。


画面越しに、メンバーそれぞれの視線が交錯する。


そして、


「……うん」


すばるが、静かに頷いた。


その声が、決意へと変わる瞬間だった。


沈黙が落ちたまま、時間だけが過ぎていく。


メンバーの誰もが、画面に映る「サービス終了」の文字を、ただじっと見つめていた。


やがて、楡木せいあがタブレットを手に取り、画面を確認しながら口を開く。


「……しかし、もう少しファンの皆様にはきちんと伝えておくべきではありませんか?」


彼女の指が画面をスワイプし、ネット上の掲示板を映し出す。

カメラ越しに、画面を少し傾けて見せると、そこにはすでに「インターネット娘サービス終了?」という書き込みが並んでいた。


「え、もう流れてんの?」


凛が少し顔をしかめる。


「はい、見てください」


せいあがタブレットをさらにカメラに近づける。

そこには、正式発表前にもかかわらず、すでに不仲説などのネガな憶測も飛び交い始めている様子が映っていた。


「……へぇ、誰だか分からないけど、仕事早いね」


みあがぽつりと呟く。


「リークなのこれ?」


橘たちを意識しながら呟くが、答えはない。


「どうなんですかね?でも、こうなってしまった以上、私たち自身の言葉で説明しなければ、ファンの皆様の誤解が広まっちゃいますよね」


画面のコメントを見ながら、せいあがため息を吐いた。


「まあ、でもさー、なんていうか……サービス終了の発表って、どうやってもうまく伝わらないもんだよね〜」


咲野なちが、のんびりとした口調で言う。


「どんなに考えても、絶対に『なぜ?』という声は上がるでしょうし、ファンの皆様が悲しむのは避けられませんね」


「……だからこそ、私たちはきちんと向き合わなければいけないと思うんです」


せいあが真剣な表情で言うと、なちは「うん、そだね〜」と小さく頷いた。


橘は彼女たちの言葉を聞きながら、視線を落とした。


「……なるほど」


深月かなでは、画面越しに腕を組んでいた。

彼女はずっと黙っていたが、実は誰よりもこの場の空気を感じ取っていたのかもしれない。


凛がやれやれと肩をすくめながら、会議ツールの端に映るアイコンを見つめる。


「もこ、どう思う?」


画面の向こうで、もこは腕を組み、じっと考えているようだった。

そして、ゆっくりと目を開き、虚な様子で言葉を紡ぐ。


「……え? あ、うん……」


普段なら、スパッと意見を言う彼女が、珍しく言い淀んだ。


「思ってたより、急だった……かな」


微妙な間を置いて続いた言葉に、凛は軽く眉をひそめる。


その時、不意に誰かの椅子の背もたれが軋んだ。


「我が軍勢の戦いも、終焉を迎えるのか」


黒瀬イリスが、顔をあげる。


「ならば、最後の舞台は悔いなきものにしよう」


イリスが低く呟き、沈黙が訪れる。


全員のマイクはオープンだが誰も言葉を発しない。

誰もが、それぞれの思いを抱えたまま、ただ一枚のスライドを見続けていた。


──静寂の中、不意に、まりあがぽつりと呟く。


「……どうやって、ファンのみんなに伝えればいいかな?」


その言葉に、メンバーたちが視線を向ける。


「伝えるとは、具体的になにをするおつもりですか?」


せいあが問いかけると、まりあは静かに画面を見つめたまま答えた。


「……私たちがアイドルとして、最後までちゃんとここにいることを。私たちが紡いできたものを、ちゃんと届けたい」


「最後まで、ですか?」


せいあが少し目を細めながら、彼女の言葉を確認するように問い返す。


まりあは、ゆっくりと頷いた。


「そう。終わるって決まってても、最後の瞬間まで私たちは“アイドル”でいる。だから、それをちゃんと見せることが、やれることなんじゃないかな」


「……それが、私たちがやるべきこと、ということね?」


すばるが静かに問いかける。


まりあは、ほんの少しだけ微笑んだ。


「……うん」


沈黙。


しかし、その沈黙は、先ほどまでの重苦しいものとは少し違っていた。


「……そうね」


ちいかが、小さく息をついた。


「納得するかは別として……まりあの言う通りよね」


「私は、まりあさんの意見に異論ありません」


せいあが、軽く頷いた。


「そだねー、最後まで全力でやるしかないよね〜」


なちが、のんびりとしながらも、どこか納得したような声を出す。


「……ええ、私たちが“ここにいた”証を残すためにも、ね」


すばるの言葉に、メンバーたちが頷く。


もこは、そんな彼女たちを見つめながら、ぼんやりと考えていた。


──私は、私たちは、どうしてここにいるんだろう。


メンバーの顔を順番に眺める。


それぞれの表情。


それぞれの想い。


「……最後のライブ、最高のものにしないとですね」


せいあが、静かに問い掛ける。


「うん」


まりあが、短く頷いた。


────

 

もこは、喋らなかった。いや、喋れなかったというのが正しい。自分の中にある”感情”が処理しきれていなかった。


「……私…」


「ん?どうしたもこ?」

凛が画面を覗き込む。


「私、今まで"私ってなんなんだろう?"って思ってました」


メンバー全員が黙って見守る。


「でも、でも、みんなと今まで歩んできて、一緒に笑って、一緒に悔しい思いをして、それで…」


言葉がまとまらない。言語化できない情報が渦巻き、処理が追いつかない。


「もこちゃん。ゆっくりでいいのよ」


すばるが微笑みかける。


「あのさ……」


ちいかがゆっくりと話し始める。

「最初の日、いきなり飛び込んできたでしょ?あーとんでもない新人きたなー。って驚いたよ」


せいあが後に続ける。

「キャラクターの研究、熱心でしたよね。頑張り屋さんなとこ好きですよ」


「"正しい振り付けが全て!"キリッ。って感じでツンツンしてたねー」

なちがアーカイブから画像を引っ張り出す。


「や、やめてください。昔のことです!」

もこは焦って画像を消そうとするが、なちが何回も再投影して堂々巡りになる。


「優雅なダンスは私も見習わなければ、といつも刺激をいただいてましたわ」

あまねはスコーンを手に取り口に運んだ。


「いいんだよ、"そのまま"のもこで」

みあが、ふわりと微笑む。


「我が軍勢の筆頭幹部にしてやってもいいぞ!」

イリスは平常運転だった。


「みんな、それぞれの”思い”と”思い出”があるからね、大丈夫。もこはもこだし、これからも一緒だよ」

まりあの言葉をもこは正面から受け止めていた。


「でも、私は……」


「大丈夫!これまでも、これからも私たちはインターネット娘だよ!」

凛が椅子から飛び跳ねて画面にアップになる。


「うん、そうね。ここにいるみんなで、ファンのみんなも合わせて、インターネット娘ね」

すばるが優しく微笑む。


「みんなで一つ」

かなでが微笑みを湛える。


「とにかく!ラストライブに向けてやれることを全力でやろう!」

ちいかが拳を振り上げる。


「なんたって、初の生ライブだからな!」

凛もそれに続く。


「うわー不安だ〜。ちゃんとやれるかな?」

なちの気の抜けた声に全員が笑う。


「しっかりレッスンしましょうね」

 

もこも自然と笑っていた。


(私、ここにいていいんだ。私の”生きる”意味はここにあったんだ)


──こうして、インターネット娘としての、最後の幕が上がり始めた。

 

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