第9話 Plug on!

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【Internet-Musume VR LIVE】

 

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【Starting in… 3, 2, 1】


【Plug on!】


「いくよっ!!」


霧宮すばるの声が響いた瞬間、視界が鮮烈な光で満たされた。

まるで本物のライブ会場のような巨大なステージ。

レーザーが交差し、スモークが天井から流れ落ちる。

スポットライトの中、11人のシルエットが浮かび上がった。



しかし、娘たちの目に映ったのはこれまでとは全く違う風景だった。

 


「……みんなが……いる」


まりあが、息を呑むように呟いた。


視界いっぱいの観客席、これまでの閉鎖空間では無く、リアルなステージと会場。


「すごい……」


なちが、驚いたように小さく声を漏らす。

「前とは全然違うね……」


観客がいる。

それも、ただのコメント欄ではない。

実際に、目の前で動き、手を振り、反応している。


一人一人の姿が見える。そこにいた。


「……じゃあ、行こうか!」


ちいかの合図とともに、ステージ全体が明るくなった。


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『pingから始めよう!→→→』

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「「せーのっ!」」


全員の掛け声とともに、ステージが鮮烈に光り、「pingから始めよう!」 のイントロが鳴り響いた。


音楽に合わせて、メンバーたちが一斉に動き出す。

明るくポップなメロディに乗せて、客席のアバターたちが歓声のように揺れた。


「ピンッ☆ って飛んでく 電波の波!」♪


まりあが歌い出すと、観客がペンライトを振り始める。


「これ……ちゃんと“ライブ”になってる……!」

せいあが、驚いたように呟く。


今までのVRライブは、ただの配信に近かった。

しかし、今回のライブは違う。

観客が目の前にいることで、歌っている自分たちの声が、確かに「届いている」と実感できる。


「ぴこぴこping! わたしの想い!』♪


「ほら、みんなの反応、すごいよ!」

凛が客席を見渡すと、観客アバターたちが一斉に跳ね、手を振っている。


『うおおおおお!』『生きててよかった!!』

『レスもらえるってこういうことか……!』


「君の返事、まだかな~?」「ドキドキ☆」♪

『ドキドキー!』『せいあ様ー!』


客席が正に "生きている" かのように、その形を変える、それぞれの顔が見える。


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ファンたちは、自分の視点が「常に最前列に固定されている」ことに気づく。

どこにいても、推しが目の前にいる。

周りを見渡すとファンの仲間たちがいる。


視界が分離されたような不思議な感覚。

初めての感覚と推しが目の前にいる高揚感に酔い、全員が最高のテンションに引き上げられていた。


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「……すごいね、これ」

すばるが小さく微笑む。

「みんなが見える。ちゃんと、見えてる……!」


「これなら、ちゃんと “ライブ” できてるよね」

凛が興奮気味に頷く。


「さあ、最後まで一緒にいこう!」


ラストサビが鳴り響く。


「ピンッ☆ からはじめよう!」♪


「次のページへ いっくよー☆」♪

「君とつながる、その日まで!」♪


全員が高くジャンプし、ライブの最初の楽曲を締めくくった。

 

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「ありがとーー!!」


なちが客席に向かって手を振る。

「いやぁ、やばいね……! これ、すっごいライブ感あるよ!」


「みんな、楽しんでる?」

みあが問いかけると、客席のアバターが一斉に反応する。


『楽しんでる!!』

『やばい、マジで最高』

『コールできる幸せを噛み締めてる……!』


「ねえ、見てよ、すばる!」

凛が客席を指差すと、ファンのアバターたちが全員手を振っていた。


「……すごい」

すばるは、視界に映るファンの姿をしっかりと見つめる。


せいあに前に出て、スポットライトが当たる。

「皆さんお待たせしちゃいましたー!ごめんなさーい!」

『せいあ様ーー!!』『ありがとー!』「最高!』


「みんなーー!会いたかったぞーーーー!!」

『ちぃ様ーーー!!!』『会いたかったー!』

ちいかがそのスポットライトに入ってくる。


娘たちの呼びかけに応じて返ってくる反応。

デジタルかもしれないが、確かに個々の意思がそこには存在していた。


ペンライトの海が歓声に合わせて波打つ。


「綺麗、ちゃんとみんな、ここにいる……」

すばるは、溢れそうな感情を抑え込むので精一杯だった。


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『Click here!→→→』

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「それじゃあ、次の曲、行くよ!」


凛の掛け声とともに、静かに電子音が鳴り響く。

そして、シンセサイザーの音が重なり、「Click here!」 のイントロが流れた。


「次の瞬間、世界が変わる!」♪


まりあが歌い出すと、観客アバターが一斉に動いた。

楽曲のビートに合わせて、ファンたちが自発的にステージに反応する。


「ワンクリックで世界が変わる!」♪


観客の動きとパフォーマンスが同期し始める。


「みんなー!!!」

『りんねえー!!』『りんちゃーん!』

凛が全力で叫ぶ。


ファンたちが、自分たちと一緒に「ライブを作っている」。


「やっと “会えた” ね〜。みんな元気ぃ〜?」

『うぉー!』『げんぎぃぃ』

なちが笑いながら、観客に手を振る。

 

みあがなちの横に来て観客を煽る。

「みんな、まだまだ盛り上がれるよね!?」

『いける!!』『最高!!』

『推しとライブできるとか夢か!?』


音楽のビートが激しくなり、観客のアバターが波のように揺れる。

視線を合わせ、手を振り返す感覚が、新しい「ライブ」の形を作っていく。


娘たちも、観客も会場は満面の笑みで満たされていた。


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───ライブ2週間前 VR Meeting

 

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「じゃあ、始めるぞ」


橘の低い声が、仮想会議室に響く。


メンバーたちはVR空間の会議室に集まり、これまでとはまったく異なるステージ環境の説明を受けることになっていた。


「お前ら、待たせたな。システムの改修がやっと完了した。全く新しいライブの形になる」

橘がそう告げた瞬間、全員の表情が変わる。


「……どういうことですの?」

あなねが眉をひそめる。

「ライブはライブですよね?何か変わるのです?」


「単純な話だ。今回から、観客が“そこにいる”」

橘が手を振ると、会議室の空間が変化した。


目の前に広がるのは、これまでのVRライブとは異なる、まるで現実の会場のようなステージ。

そして、そのステージの向こうには、無数の観客席が広がっていた。


「わ……」

まりあが静かに息を呑む。


「なにこれ……本物みたい」

なちが驚いたように口を開く。


「観客……アバターになってる?」

せいあが周囲を見まわし、確認する。


「その通りだ」

橘は頷き、説明を続ける。

「今までは、コメント欄とスタンプだけだったが、今回からはファン一人一人がアバターとして会場に来る」


「本当に、“そこにいる”……」

ちいかがゆっくりと前に出る。


「まじか……これ、リアルライブと同じじゃん」

凛が呟いた。


「リアル以上」

かなでの表情にも驚きの色が見える。


「すごい……ファンと目が合うんだ」

すばるがゆっくりと息を吐く。


「……これは、VRライブの概念が変わるかもしれませんね」

せいあがデータを整理しながら分析する。


「ファンがいるってことは、今までよりもっと“見られる”ってことよね」

あまねが、落ち着いた口調で言った。


「うん……なんか緊張するなぁ」

なちが苦笑する。


「待って……もしかして、レスとかもできる?」

ちいかが驚いたように言うと、橘は小さく頷いた。


「当然だ」


「おおお……」

イリスが腕を組み、静かに呟く。

「我が軍勢が、直接その場に存在する……これは、新たなる時代の幕開けだな」


「……まぁ、それはさておき、本当にそうなるかもしれないね」

まりあが、ふっと笑う。


「でも、こうなると……私たち、ライブ中にどう振る舞うか、もっと意識しなきゃいけないね」

すばるが頷く。

 

「ちゃんと向き合う」

かなでの静かな一言に、全員が少し考え込む。


「……」

もこは、ずっと黙ってステージの映像を見つめていた。


「もこ?どうした?」

みあが呼びかける。


「え?」

もこは、少し考え込んでから口を開いた。

「いえ、あ、大きな変化ですね。凄いです」


「何か不安なところでもあるんですか?」

せいあが尋ねる。


「……私は、ちゃんとMCできますかね?」


「え?」


「この仕様だと、パフォーマンスだけではなく、会話へのフィードバックも増えますよね?」

もこは、少し遠くに視線を無向け、続けた。

「上手く話せるか、まだ方向性も定まりきってないし……」


「そこ?」

なちが肩透かしを喰らったかのように反応する。


まりあが、静かにもこの言葉を受け止める。

「今までは、決められた通りに動けば良かった。でも、今回は違う。ファンの反応を見ながら、その場で言葉を選ぶ必要がある……ってところかな?」


「……確かに、それは今までと大きく違う点ですね」

せいあが頷く。


「でも、それってつまり……」

なちが、明るく笑った。

「もこちゃんが、もっと!ファンと向き合うってことだよね!」


「……」

もこは、その言葉をじっと考え込む。


「お前ら、これだけじゃないぞ」

橘の声が、メンバーたちの思考を止める。


「まだあるの?」

凛が驚いたように聞く。


「今までのステージパフォーマンスの常識はすべて捨てろ」

橘は、ゆっくりとそう言い放った。

「お前らがやるのは、ただのライブじゃない」


「……」


全員が息を呑む。


「詳しいことは、今日からのレッスンで叩き込む。ライブ本番までに、全員仕上げろ」


「うん!これは気合い入れてくしかないね!」

ちいかが拳を握る。


「ま、やるしかないっしょ」

凛が肩を回す。


「新しいことをする時は、いつだって楽しく優雅に」

あまねが優雅に微笑む。

「……新たなる舞踏の幕開け、ですわね」


「ふむ……」

イリスがゆっくりと目を閉じる。

「我が軍勢の新たなる戦場……悪くない」


「……あはは」

すばるが少し笑う。


「やるしかないね」

まりあも、小さく微笑んだ。


「やるぞー!」

ちいかの声に、全員が力強く頷いた。


「「「おーー!!!」」」


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再びライブ───

 

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『拝啓、推しに会えません!→→→』

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「まだまだ元気あるよね!後半だよっ!」


霧宮すばるの声が響いた瞬間、会場全体が一瞬静寂に包まれる。

だが、それは次の瞬間、爆発的な熱狂へと変わった。


 

「拝啓、推しに会えません!」♪

まりあの歌声と共に、観客席の中央に十字の花道が現れる。


『うおおおおおおおお!!!』


ファンの歓声が沸き上がる。

メンバーたちは、花道を駆け抜けるように走りながら手を振る。


「でもね、私は諦めないっ!!」♪

まりあを先頭に全員が歌いながら、ステージを飛び出して花道へと駆ける。


『爆レスいただきました!!』『マジで最前!!やばいやばい!』『私の意識が行方不明になりました……』


「会いたい!って叫んでも返信ないまま」♪

 

今までのVRライブではあり得なかった“移動するステージ”と、メンバーたちがファンの目の前を駆け抜ける演出。

これだけでも、観客の興奮は最高潮に達していた。


「そっちがダメならこっちにおいで?」♪

ちいかが花道の端から手を差し伸べる。


「VRライブでいざ召喚!」♪


その瞬間——ステージ全体が変形し始めた。


『え!?』『ステージが……!?』


観客席がゆっくりと上昇し、ステージと同じ高さになる。

そして、十字の花道が円を描くように回転し、メンバーたちが四方に散らばる。


「いっくよー!!!」

もこの声が響いた瞬間、すべての重力が消えた。


「拝啓、推しに会えません!」♪

 

「ならばネットにダイブしましょう!!」♪


メンバーたちが宙に浮き、光の軌道を描きながら空間を移動する。


「リアルの壁なんていらないよ」♪


『おおおおおおおおお!?』『え、何これ!?』『こんなのあり!?』


観客たちが驚きと歓声を上げる中、会場は完全に“次元を超えたライブ空間”へと移行していた。


「ラグい?気にしない!」♪

せいあが、ウィンクで観客に応える。、


「音ズレ?気のせい!」♪

 

「すごい!みんなが目の前にいる!」

凛が笑いながら叫ぶ。


「アバター越しでも伝わる熱狂!」♪

なちが宙を舞いながら手を振ると、観客たちも手を伸ばす。


「視線は独占! いつでも目が合う!」♪


観客の間に光の橋がかかり、メンバーが走るように移動する。

そのたびに、視線が交錯し、一人一人のファンがまるで自分に向かって来ているかのような感覚に陥る。


『やべぇwww隣に壁ドンされたwww』『お前ら!声は控えめになw』『推しが目の前に……死ぬ……』


次の瞬間——


ステージが再び変形し、観客の真ん中にスポットステージが出現。

メンバーたちが、観客のすぐ近くに降り立つ。

 

「みんな!楽しそう!!」

すばるが、満面の笑みで手を振る。


「これ、やばくない?」

ちいかが笑いながら観客を指を指しながら見渡回す。

「みんなの声が、直接届く感じ……!」


「私の世界に推しがいる♪それだけで優勝確定ッ!!!! 」♪


観客アバターたちが興奮して手を振る。


「推しが!目の前!最高!最前!超至近距離!VR!まじ天使!!!!」♪

 

『推しが……推しがすぐそこにいる……』『目の前すぎる……直視できない……』『やべぇ、汗かいてきた』


「この愛は次元を超えるッ☆ 」♪

まりあが優しく微笑みながら手を伸ばす。

その表情に、観客たちは一瞬息を呑むが、すぐにペンライトを握り直し振りかざす。


『『タイガー!ファイヤー!サイバー!……』』


「拝啓、推しに会えません!?」♪


観客たちは、まさに“未来のライブ”を体験していた。


「次元の壁なんて壊れしちゃえ!」♪


光の壁が現れ粉々に砕ける。

その後ろから一瞬でコスチュームが変わった娘たちが飛び出し、光の帯になり天井へと登っていく。

恍惚の表情で見上げる観客たちと、それを見て顔を見合わせて笑い合う娘たち。


流れ星のように客席に飛び込み、弾けた光が瞬時にイリスの姿を形作る。冥王の殲滅魔法が炸裂する。

 

 「会えないなんて言わせない!」♪

 かなでと、あまねが背中合わせになり、空に舞っていく。

「だって、ほら、もうそこにいるでしょ?」♪


VRだからこそ可能な演出。

 

推しが本当に目の前にいる感覚。

ライブの常識が、完全に塗り替えられようとしていた。


「「「体感120%の臨場感!尊い推しにすぐ会えるんだ!!!」」」♪


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「みんな楽しんでるー!?」


ちいかが笑顔で客席を見渡しながら、マイクを掲げた。

観客のアバターたちが一斉に反応し、ペンライトを振る。


『イエエエエエエエ!!!』『楽しすぎる!!』『神演出最高!!』


客席からの熱量はそのまま音圧へと変わり、歓声が会場全体を包み込む。

これが、新しいリアクションシステムの力だった。


「いいねぇ~! じゃあさ、せっかくだからちょっとリアクションの練習してみようか?」


ちいかの言葉に、観客たちが一瞬ざわめいた。


『え、練習!?』『なんか始まるぞ…?』『騙されないぞ…ちぃ様め!?』


「騙さないよ! ほら、リアクションボタン、ちゃんと押せてる?」


客席には、いくつかの選択肢がホログラムのように浮かび上がっていた。

「拍手」「笑い」「歓声」「驚き」など、ボタンを押すことで、リアクションの種類を選べるようになっている。


「じゃあまずは拍手ね~!」

ちいかが手を叩くと、数秒の間があり、その後、

 

『パチパチパチパチ!!』

という拍手音が客席全体から響いた。


「おー! ちゃんと反映されてる!」

ちいかが感嘆の声を上げると、ファンもコメントで反応する。


『これめっちゃいいな!』『押した数で音の大きさが変わるのか、なるほど』


「じゃあ次、笑いのボタン押してみてー!」

ちいかが手を広げると、一瞬の間をおいて——


『アハハハハハハ!!』『ワロタwww』『ちぃ様の指示は絶対!!』


会場全体に笑い声が響き渡る。


「すごいすごい! みんなちゃんと使えてるね!」

ちいかが満足げに笑う。


「よーし、じゃあこの調子で次いってみよー!」


『分かってきたな』『サイレント助かる』『リアクション楽しいな』


ちいかがニコリと笑い、もこの方を見る。


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「……では」


もこがゆっくりと一歩前に出る。

VRライブでのMC、しかも「ツンデレキャラ」を試す初めての場。


ファンの期待は高まっている。


『キタ!!』『ツンデレチャレンジ!!』『モコタソのツンを拝む時間です』


もこは、少しだけ息を整えてから、覚悟を決めたように口を開いた。


「……別に、みんなが楽しんでくれなくても……いいですけど?」


数秒の沈黙。


『うおおおおお!!!』『ツンデレモード突入!?』『今のは…アリでは?』


客席のリアクションボタンが一斉に押され、場内に歓声と拍手が広がる。


(……これは、私の意図した反応なのだろうか?)


観客の盛り上がりは感じる。

でも、それが「自分の言葉によるもの」なのか、まだ理解できていない。


「……」


「おー、もこ、思ったよりウケてるじゃん!」

凛が肩を叩く。


「……ウケている、のでしょうか?」


「そうだよ、ちゃんとファンは楽しんでるよ!」

なちが笑いながら言う。


「……そう、ですか」

もこは客席を見渡す。


『バージョンアップに期待』『次は100%で頼む』『まだツン成分が足りないな』


「ツン成分……?」


せいあがタブレットを見ながら、軽く笑う。

「ツンデレの習熟度、まだ50%ってところですね」


「私は、まだ……不完全?」

もこは静かに考え込んだ。

たしかに、観客の反応は悪くない。


『真面目かww』『いいんだよ、そのままでいいんだよ(もっとやれ)』


「……じゃあ、もう一回やってみます」

もこが意を決したように、もう一度前に出る。


『!?』『お、連続ツンデレチャレンジ!?』『これは期待…!』


「……楽しくなかったら、別に、もう来なくてもいいんですよ?」


『おお、これはツンが増した!?』『デレ行方不明www」『あ、先週あそこで落ちてるの見ましたよw』


しかし、反応の音圧はさっきとあまり変わらない。


「……もう一度、試します」

もこは冷静に続けた。


静まる会場。もこの発言に注目が集まる。


「……な、なんで見てるんですか!?///」


『いや、配信だからwww』『お、おぉ!? 照れたぞ!?』『これは……成功か……!?』


拍手の音がさっきより大きい。僅かな手応えを感じる。


「……?」

もこは、観客の反応をじっと見つめた。

何かが違う。でも、どこが違うのか、まだ理解しきれていない。


「……まだ、何かが足りません」

小さく呟いたその言葉は、ファンには届かないまま、歓声にかき消されていった。

 


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暗転し、にわかに観客がざわめく。

凛にスポットライトが当たり、外周全体にデジタル回路のような模様替え張り巡らされていく。

 

「みんなー!まだまだいけるかー!!!」


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『F5 syndrome→→→』 


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イントロの電子音が会場を包み込む。

観客のアバターたちが一斉に振動するかのように揺れる。


『画面の向こう 揺れる未来』♪


もこが先陣を切って歌い始める。

それと同時に、外周の背景から青い光とプログラム言語が浮き出て、会場を飛び交う。


『Click 一つで すべてが変わる』♪

せいあが手をかざすと、会場の壁に無数の「更新中」エフェクトが広がる。

 

ファンたちのリアクションボタンが一斉に押され、会場全体がデータの流れに包まれた。


「Loading 進まない時」♪

なちが宙を跳びながら、会場の隅々まで視線を送る。


「でもまだ終わりじゃない」♪

ちいかが中央に立ち、拳を高く掲げる。

それに合わせて、ステージが次々と段階的に落ちていく。


『Cache に残る 君の面影』♪

かなでが静かに歌いながら、ファンのほうへ視線を送る。

彼女の言葉に、観客たちが次々と応答ボタンを押し、会場全体が光の波紋で包まれる。


「止まるな 何度でも!」♪

すばるが先頭を切ってステージを駆け降りる。

 

その後を追うように、他のメンバーも次々と階段状に組み替えられたステージを駆け下りていく。


「未来は Reload できるんだ!」♪


会場が揺れる。

観客の興奮は最高潮に達し、ボタンを押す指が止まらない。


『最高を更新し続けてる……』『まじで体感120%超えてる』『F5押したら推しが降ってきた…!?』


最後の音が鳴り止み、会場は一瞬の静寂に包まれる。


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「……今日は、来てくれてありがとう」

まりあが、ゆっくりとマイクを握る。


その一言が、会場に響く。


『ありがとう…!』『最高だった…!』『ずっと応援してる!』


「私たちも、すごく楽しかった」

まりあが静かに続けると、メンバーたちがそれぞれの想いを口にする。


「みんなの反応、ちゃんと届いたよ」

「すごいライブだったね!」

「次はもっとすごいこと、しちゃおうか?」


それぞれの言葉に、観客は再び歓声を送る。


「今日は、本当にありがとう!!」

すばるがマイクを掲げる。


「また!ネットの海で会おうね!」


全員が手を振りながら、ファンに最後の言葉を送る。


『またね!』『最高だった!!』『次の開催いつですか?』


ライブの幕が閉じる。


【Thanks for being here with us!】


【 Plug off…】


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「……終わりましたね」

もこが、じっと画面を見つめたまま呟いた。


「すごかったですね」

せいあが息をつきながら、データを整理する。


「うん、確かにすごかった……」

凛が深く座り込む。

「でも、まだ……何かが足りない気がする」


「足りない……何が?」

なちが、ボソッと呟いた。

「……でも、みんなの熱量は感じられたよね?」

 

ちいかが頷く。

「今回、今までのライブとは明らかに違った」


「私たち自身も、ライブの中に“いた”」

すばるが静かに言う。


「……距離を超えた」

 かなでが頷く。


「うん。でも……」

まりあが、ファンのいたステージを見つめながら、呟く。


「……これで完成、なのかな?」


「……?」

もこは、その言葉に少しだけ眉をひそめる。

「まだ、やれることがあるってことですか?」


「……かもしれない」

まりあが小さく息をつく。


「たぶん、それが何なのかは、まだ誰も分かってない」

 みあが、静かに呟いた。

「更新は終わらない、か」


静かな余韻が、VR空間の仮想控室に広がっていく。


「でも、今宵は、品位に溢れた夜会でしたわ」

あまねがレースの手袋をスルリと外す。


「うむ、私も満足のいく出来だった。覇業達成も近い」


「……うん」

もこはどこか納得いかない表情で頷いた。


「次は、どんな新しいことをやればいいんでしょう?」

せいあが、タブレットを閉じながら言う。


「必要なのは、新しいことじゃないんだと思う」

まりあが、考え込むように視線を落とす。


「うん、でも、今日はみんな良かった。がんばった。また、みんなで考えよ」

すばるが、静かに微笑む。


「そうだね」

まりあも、そっと微笑んだ。

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