第8話 目が合う瞬間

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【むすチャン!】NetMusume Channel

 インターネット娘公式チャンネル

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配信スタートのカウントダウンが画面に表示される。


『3、2、1……』


『配信開始しました』


「えーっと……始まった?」


霧宮すばるがカメラを見つめながら、少し戸惑ったように呟いた。


「始まったみたいだな」


七尾凛が軽く息をついて、画面のコメント欄をチェックする。


配信が始まると、すぐに視聴者が入ってきて、コメントが流れ始めた。


『配信きたー!』

『すばるねえ!りんねえ!』

『初配信!? どんな感じになるの?』


「お、おお……結構、すぐにコメントが来るもんなんだな」


凛が少し目を見開く。


「そうだね……ライブとはまた違う雰囲気かも」


すばるは、画面をじっと見つめながら呟いた。


「でも、これ……どう返せばいいんだ?」


凛が眉をひそめながらコメント欄をスクロールする。


『今日は何話すのー?』

『2人の仲良しエピソード教えて!』

『好きな食べ物は?』


「えっと……」


すばるが軽く笑いながら言葉を探していると、凛が不意に肩をすくめた。


「これ、思ったより難しいな」


「難しく考えないでいいと思うよ。ルールがあるわけじゃないからね」


「ルールが無いのが難しいんだよ。ライブだったら歌ってればいいし」


凛が腕を組みながら、軽くため息をついた。


『2人とも緊張してる?』

『トーク配信って初めて?』

『ゆっくりでいいよー!』


「うーん……」


すばるはコメント欄をじっと見つめる。


「でも、当たり前だけど、コメント一つ一つをみんなが書いてくれてるんだよね」


「まあ、そうだな」


凛が頷く。


「ライブは応援のコール……配信は、コメントがその代わりって感じか?」


すばるが小さく笑う。


「……そうだね。顔は見えないけど、一緒になにかしてるって感じる」


『すばるさん、今日も優しいなー!』

『りんねえ、なんか話してw』


凛が一瞬、画面を見つめた後、ふっと笑った。


「話すって言ってもなー。何話せばいいんだ?」


「……なに話そうかね?」


すばるも、小さく首を傾げる。


暫くレコーディングや振り入れについて、二人で雑談を続けた。


「ねえ、凛ちゃん」


すばるが、ふいに悩んだような表情で問いかける。


「ん?」


「これって……ちゃんとみんなと会話できてるかな?」


凛が少し考え込む。


「……たぶん、できてるんじゃねえかな」


「うーん。どうかな?みんな」


すばるがカメラに呼びかける。


『うおー!会話できて!ます!!!』

『すばるねえさん…尊さしかない』

『こういうのもアリだね!』


凛がコメントを読み上げながら、ゆっくり頷いた。


「なるほどな……配信って、こんな感じなのか」


「うん……会話ができるんだね」


すばるが笑顔を浮かべながら、コメント欄を見つめる。


「思ったより、楽しいかも」


『すばるねえの笑顔が見れて幸せ!』

『りんねえ、もっとしゃべってw』


凛が画面をじっと見つめた。


そして、ふっと呟いた。


「……なんか、目が合った気がした」


すばるが驚いたように、凛の横顔を見つめる。


「え?」


「いや……コメント読んでるだけなのに、なんか、本当に目の前にいるみたいな感じがしてさ」


凛が苦笑しながら言った。


「……そうかも」


すばるが、優しく微笑んだ。


『わかる!配信ってそういうとこある!』

『目が合った気がする感覚、めっちゃわかる』

『これが……尊いってやつか』


「目が合った気がする……ね」


すばるが、そっと画面を見つめた。


その時——


『スパチャが届きました!』


画面の上部に、大きな赤い表示が出る。


『押忍!凛推しです!さんから ¥10,000 「凛ねえ!すばるん!いつも応援してます!ライブも最高だったし、こうやって配信で話してくれるの、本当に嬉しいです! インターネット娘に出会えてよかった!」』


「わっ、これ……」


すばるが一瞬、言葉を詰まらせた。


「お、おぉ……すごいな」


凛も画面を見ながら、驚いたように息をのむ。


「これ、どう返せばいいんだ?」


すばるが、視線を彷徨わせる。


「えっと、ありがとう……でいいのか?」


「いや、それはそうなんだけど、でもこれ……」


「コメントっていうより、ちゃんとしたメッセージだよね」


2人がどう返すべきか考えている間にも、コメント欄はどんどん流れていく。


『押忍!さん、ナイスパ!』

『流石です!痺れる!』

『歴史に残る初スパ…素晴らしい』


「……えーと、押忍!さん?ありがとう。そうね、ライブも来てくれてるんだ、ありがとう」


すばるがニコッと微笑む。


「私の推し!嬉しい!ライブでもっと頑張るからね!これからも応援してね」


凛も興奮気味に答える。


すばるが、ゆっくりとカメラを見て微笑んだ。


「押忍!凛推しです!さん、改めてありがとう。本当に……こうして、私たちを応援してくれるのが、すごく嬉しいです」


「……すばる、私の推しにまで優しいのか…凄いな」


凛が驚きと微笑みの混ざった、複雑な表情を見せる。


『う、羨ましい…』

『すばるさん、優しい……尊すぎる』

『推しが無限に増えていく』

『いやw有限だろwww』


画面の向こうでファン同士も盛り上がっている。


二人もそれを見ながら近況を話し続けた。


配信終盤、すばるが、柔らかな眼差しで画面を見つめている。


「ふふ、こういうの、なんかいいね」


「うん、やって良かった」


 凛も満足そうな顔でコメントを見つめ続けている。


「「じゃあ、また次の配信で!バイバーイ」」


『良かったよー!』

『インターネット娘最高!すばるん最高!!』

『押忍!凛ねえ尊かったです!』


──


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【むすチャン!】NetMusume Channel

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「ふむ……我が配下たちよ、待たせたな」


イリスの静かで威厳のある声が響くと、コメント欄が一気に流れ出した。


『待ってました!』

『イリス様!』

『ついに顕現なされたか…!』


せいあは軽くため息をつきながら、配信画面をを確認する。


「はいはい、冥王様。ちゃんとやりましょうね」


『冥王様と参謀w』

『四天王はどこだ?w』


「私はイリスの配下じゃありません!」

せいあが頬を膨らませ、拗ねたような仕草をする。


『!?』

『せいあ様、そんな表情するの?』

『これが……尊いという気持ち……』

『なんだこれ?目から温かいものが……』


せいあはすぐに冷静さを取り戻し、咳払いをする。


「んっ!んん、さて、イリスさん。本日はどのように進める予定ですか?」


「ふむ……我が軍勢よ、貴様らの声を聞こう。今日はどの戦略をとるべきか?」

 

『え?www初手丸投げ?www』

『自由すぎだろwww』

『え、何?視聴者に決めさせる感じ?』

『流石、王たる者。風格が違う』


せいあは眉をひそめながら、視聴者データを分析する。


「視聴者数の増加率は良好ですが、混沌とし過ぎてでは……」


「混沌こそが世界の原初。その中でこそ、真の秩序が生まれる」


『イリス様、ガチで何言ってるかわからんwww』

『翻訳班求む』

『もはや芸術』


せいあは眉間に指を当てながら、小さくため息をついた。


「視聴者の関心を引き続けるため、話題のコントロールが必要です。ランダムに話題を振るより、ある程度軸を持った進行が求められます」


「ふむ、貴様、理で世界を律するか……だが、真の支配とは、意志と魂のみにて成り立つもの」


『せいあ様 vs イリス様、壮大すぎるバトル』

『参謀と冥王、価値観が違いすぎるw』

『これ、どっちが正解なんだ?』


せいあは一瞬、考え込む。


「……最適な配信とは何か?」


データだけでコントロールできるものなのか。それとも、イリスのように感性で導くものなのか。


その時、イリスがふと、ファンのコメントをじっくりと読んだ。


「冥王様、いつも我々を導いてくれてありがとうございます!!支配者たるイリス様に栄光あれ!。か、なるほど、後ほど褒美でもやらんとな」


『イリス様、カッコいい!』

『褒美!?羨ましす!』


「ふむ……当然だ。真の支配者とはこうあるべき」


『イリス様、コメントちゃんと見てるんだ!』


せいあは、その一言にハッとした。


「……」


ファンの言葉を直接拾うことで、空気が変わるのを感じた。


せいあの思考を置き去り、コメント欄は新たな流れになる。


『しかし、せいあ様の“ぷくー”かわいすぎたんだけど!?』

『神回間違い無し?』

『もう奉るしかないだろ?』

『お宝スクショゲット!!家宝にする!』


「もう!それ消してください!」


せいあは困惑しながらも、自分の配信スタイルが注目され始めていることを自覚する。


「……もう、忘れてください」


「いや、良かったぞ。せいあらしさが出ていた」


『へー、せいあ様らしいんだ。意外』

『せいあ様、もしかしてブリッコ枠?』

『もっとそういうとこ見せてください!』


せいあは初めての「自分の個性」へのリアクションに戸惑う。


「う、う……」


イリスが、淡々とした口調で呟いた。


「貴様、考えすぎるな。戦場においては、一歩踏み出すことが何より重要だ」


「……そうかもしれま……違います!さ、続けますよ」


せいあは、画面を見つめた。


これまで「データ」でしか捉えていなかったファンの存在が、今は違って見えた。


 

せいあは画面を見つめながら、ゆっくりと息を吐いた。


「もう!次行きますよ!」


せいあは、気を取り直してコメント欄への対応を再開した。


『インターネット娘って、どんなアイドルなの?』


コメント欄に流れたその問いに、せいあは小首をかしげる。


「……どんな、ですか?うーん、なるほど」

「こうやって、皆さんとネットわいわいするアイドルですかね?」


くすりと笑いながら答えるせいあに、イリスが視線を向ける。


「我らは、現実の舞台に立つアイドルとは違う。ならば、存在の意義とは何なのか……」


『イ、イリス様?』

『もうこれ哲学だろw』

『わいわいかー。確かに楽しい配信だな』

『なんか近い感じがして、よい配信』


せいあは、ファンのコメントを眺めながら考えた。


「……なるほど、“距離”という概念が違うアイドル、ということですね?」


『近いようで遠い、遠いようで近い……』

『アイドルはステージで輝くもの、でも君たちは画面の中で輝いてる』

『配信だからこそできること、もっとあるんじゃない?』


「……配信だからこそ、できること」


せいあは指を顎に当てる。


「たとえば、こうして直接コメントを読んで、話せることもその一つですね。リアルのライブでは、ステージから観客一人ひとりに声をかけるのは難しいですが……」


『そうそう!一人ひとりに向けて言葉が届くのが強み!』

『コメント読まれると、自分がそこにいるって実感できる』

『画面の向こうのアイドルって、なんか特別感あるよね』


「特別、ですか……」


『だって、ただの観客じゃなくて、会話できる存在になれるんだから!』

『会えないけど、ちゃんと“知ってもらえる”アイドル、って感じかな?』


「……それは、面白い視点ですね」


せいあは、ゆっくりと頷いた。


「リアルのアイドルは、多くのファンを魅了する存在。ですが、私たちは“個”を意識できるアイドルなのかもしれません」


『推しと1対1で会話できるみたいな感覚、ある』

『ステージ上の存在じゃなくて、もっと身近な感じ』

『でも、それってアイドルなの?普通の配信者と何が違うの?』


「……」


せいあは、そのコメントを見つめたまま、沈黙する。


イリスが静かに呟いた。


「我らが“アイドル”であるためには、何が必要なのか……それを見極めねばなるまい」


『やっぱり歌とかダンス?』

『でも、アイドルって“憧れ”の存在な気もする』

『ところで冥王様、どこから視点?w』


「……なるほど」


せいあは、もう一度視線を上げた。


「私たちは、身近でありながら、同時に“アイドル”として輝く存在である必要がある……?」


『なんだこれ?いつから教育番組視聴してたんだっけ?』

『リアルじゃないからこそ、ずっとそこにいてくれる』

『自らネタバレしていくスタイル。新鮮です』


「……確かに、私たちはどこにいても、ネットを通じて会うことができます」


『毎回見るよー!だからもっと配信やって!』

『いつでも会えるって思える存在なの、ちょっと特別かも』


「……インターネットの中で、いつでも会える。けれど、それでもアイドルである」


せいあは、ゆっくりと微笑んだ。


「……なるほど。私たちは、そんな存在を目指せばいいのかもしれません」


『そう、それがインターネット娘だよ!』

『永遠に推せるアイドル!』

『いつでも、そこにいる』


せいあは、イリスの方を見た。


「……イリスさんは、どう思いますか?」


「ふむ……我は支配者であり、貴様らは“ここ”に生きる者」


イリスはゆっくりと目を閉じた。


「ならば、“消えない存在”になることこそ、貴様らの理想ではないのか?」


「……消えない、存在」


『ちょwww深い』

『真理だ。真理がここにあった』

『イリス様、娘の支配者ポジw』


せいあは、その言葉をゆっくりと噛み締めた。

 


「ふむ、ならば、そろそろ締めとしよう」


『え、もう終わり!?』

『もっと話して!』

『このコンビ、意外と良かった…!』


「では、また会おう。我が軍勢よ」


イリスが静かに呟く。


「ええ、それでは皆さん、次回の配信でお会いしましょう」


せいあが、穏やかな微笑みを浮かべた。


──配信終了。


せいあは、軽く息を吐いた。


「……なるほど、配信とは、思っていたよりも、奥が深いですね」


イリスが視線をせいあに向ける。


「ふむ、貴様もようやく理解したか」


「……ええ。でも、まだ完璧ではありません」


せいあは、自分のデータだけでは計れなかったものを、初めて感じ取った。


ファンとの距離感。それを近づけるものは、数字ではなく、「言葉」だった。


「次の配信が楽しみですね」


「ふむ、我が軍勢も、さらなる高みへと進むだろう」


二人は、画面を閉じた。

 

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