第7話 予定は未定
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Internet-Musume VR Meeting
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2回目のVRライブを終えた翌日。
「お疲れー!」
凛が勢いよく椅子に座り、背もたれに身を預ける。
「今回は、手応えあったんじゃね?」
「うん、ちゃんと“ライブ”になってた気がする!」
なちが軽くストレッチをしながら、満足そうに微笑む。
「ファンのコメントも、すごくポジティブでした」
せいあがタブレットを操作しながら、ライブ後のフィードバックを表示する。
『新曲最高!神!』
『2回目で慣れてきたか?』
『目の前にみんながいた気がした!』
『次も絶対見る!』
「こうして見ると、やっぱり前回とは違うのがわかるね」
すばるが画面をじっと見つめながら呟く。
「目の前にいるって思ってもらえたのなら、私たちのやり方は間違ってなかったってことですよね?」
せいあが画面をスクロールしながら確認する。
「……」
もこは、その様子を静かに見つめていた。
ライブは成功した。それは疑いようのない事実だった。
しかし、どこか違和感が拭えなかった。
「もこ?」
みあが、不意に声をかける。
「……私は、何かが違うと感じました」
「違う?」
「今回のライブは成功でした。でも、前回と何が違ったのか……私には、それが明確に理解できません」
もこの言葉に、メンバーたちは顔を見合わせた。
「新曲の効果はでかいよね」
なちが頬に手を当てながら言う。
「そうだね。拝啓、のお陰っていうのは大きいかも」
凛が腕を組む。「前回は、なんか“ちゃんとやろう”って感じがしてたけど、曲のお陰かノれてたっていうか」
「ノる……」
もこは、その単語を頭の中で反芻する。
たしかに、今回のライブでは、メンバーたちが「流れに乗る」ように動いていた。
それが、ファンに「ライブ感」を感じさせたのかもしれない。
せいあが指で画面を操作しながら、コメントを読み上げる。
「“感情がちゃんと伝わってきた”って意見も多いです」
「確かにね」
すばるが腕を組む。
「でも、前回とそんなに違った? 私たちがやったことは、結局……」
「変えてない」
かなでが続ける。
「そこなんだよね〜」
なちが軽くため息をつく。
「私たち自身は、そんなに変わったわけじゃないのに、なんでこんなに違うんだろう?」
「私たち自身が楽しくやれたからじゃない?」
ちいかがゆっくりと椅子に座り直しながら言う。
「前回は、何かに縛られてた感じがしてたけど、今回はもっと自由にできた気がする」
「自由……ですか?」
もこが疑問の表情を浮かべる。
「自由にやったら統制が取れないのでは?フォーメーション通りにやらないと……」
「もちろんそれは大事ですが」
せいあが答える。
「でも、それだけじゃないと思います」
「でもさ、これって私たちが変わったってことなの?」
凛が腕を組みながら眉をひそめる。
「それとも、ファンの見方が変わったのか?」
「両方なんじゃない?」
まりあが静かに言う。
「私たちが変わったから、みんなもそれを感じ取ったんだと思う」
「……」
もこは、その言葉を考え込む。
「どう変わればいいんだろ……?」
彼女の頭の中で、新しい疑問が浮かび上がっていた。
「ま、とりあえず、次のライブも楽しみにしてくれてるみたいだから、それに向けて準備しよっか!」
なちが明るい声で言う。
「私も魔力を貯め、次の戦いに備える必要を認める」
イリスも満足そうに目を閉じて頷いている。
すばるが全員の顔を見ながら投げかける
「それぞれ、もう一度今回のライブの映像を見直してみよう。自分のパフォーマンスを客観的に見て、何か気づくことがあるかもしれない」
「了解です」
もこは頷きながらも、まだ消えない違和感を抱えていた。
「次のライブでは、私も“流れに乗る”ことができるでしょうか……」
「色々やってみよ。まだまだやれることはあるよ」
まりあの言葉にメンバー全員が頷く。
この日から彼女たちの新しい挑戦が始まった。
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数日後────
「そうだ。次の公演でさ、もこちゃんさ、自己紹介してみようか?」
「え?」
「そういえば最近ちゃんとやってないね」
凛が腕を組みながら頷く。
「トーク?MC?必要ですね」
せいあがタブレットを確認しながら言う。
「……。」
もこは、一瞬黙り込んだ。
「MCか……」
「ライブの中で、ただ踊るだけじゃなくて、言葉で伝えることも大事じゃない?」
すばるがメンバーを見回しながら続ける。
「たしかに」
みあが小さく頷く。
「パフォーマンスだけじゃなくて、言葉で繋がるのもライブの一部だし」
「まあ、そういうのが苦手な子もいるけどね〜」
なちがふわりと笑いながら、もこをちらりと見る。
「私……ですか?」
「うん、もこって普段から淡々としてるし、喋るのも最小限って感じじゃん?」
「……私は、言葉よりも、パフォーマンスで伝えるべきだと考えています」
「まあ、それも一つのスタイルだけどさ」
凛が椅子の背もたれに寄りかかる。
「でも、ファンってやっぱりアイドルの“人間らしさ”とかも見たいんだよね」
「人間らしさ……」
もこは、その言葉を口の中で繰り返した。
「もこちゃん、せっかく“ツン”がウケてるんだからさ、そういうの活かせばいいじゃん?」
なちが軽く指をさす。
「ツン……?」
「最近よりそういうコメントが増えてますね」
せいあがコメントログをスクリーンに映す。
『もこちゃん。ツンツン。尊い』
『デレくるのか?……いや求めまい』
『どこに忘れてきちゃったんだろう?』
「……。」
もこは、じっとスクリーンを見つめる。
「私は普通にしてるだけです!」
「だからそれがツンなんだって!」
なちが笑いながら肩をすくめる。
「ファンの皆様の期待を意識したキャラクターの構築は、効果的かもしれません」
せいあが補足する。「つまり、"ツンデレ”を新たな魅力として更新するということです」
「試してみてもいいんじゃない?」
みあが柔らかく笑う。「ま、ツンデレって、無理にやるものじゃなくて、自然が一番だよね」
「試す……」
「じゃあ、次のMCで自己紹介やってみなよ。ツンデレっぽく」
凛が軽く提案する。「どうせなら、やるなら全力でやってみたほうがいいでしょ?」
「……全力でツンデレ?」
もこの理解の範疇はとっくに超えていた。
「深く考えすぎず、やってみれば?」
まりあが微笑む。「もこがどんな感じになるのか、みんなも楽しみにしてるんじゃない?」
「楽しみに……」
メンバーの視線が集まる。
「……やってみます」
「でも、私にできるでしょうか?」
もこは、小さく頷きながらも不安を吐露した。
「おっ、いいね〜。できるよ〜」
なちが笑顔を見せる。「じゃあ、練習してみよっか!」
「……え?今ですか?」
「今でしょ!」
なちの一言に、メンバーの笑い声が弾けた。
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それから数日────
VRライブをこなしていく日々、トライ&エラーを繰り返しながらも着実に前に進んでいた。
一人を除いては。
メンバーたちは、前回の成功を受け、さらに「ライブらしさ」を追求し始めていた。
もこもまた、その中で「ツンデレ」という新たな試みを実践することになっていた。
「それじゃーここで自己紹介!」
霧宮すばるがMCを仕切ると、順番にメンバーがファンに向けて話し始める。
「えーと、私たち“インターネット娘”のライブへようこそー!」
凛が元気よく手を振る。
「今回も全力で楽しみましょうね〜」
なちがにこっと微笑む。
そして、最後に——
「え、えーと……」
もこが、戸惑いながら一歩前に出た。
(……ツンデレ、ツンデレ……)
もこは、過去のデータを参照しながら、ファンが期待する「ツンデレ」というものを模索していた。
そして——
「観にきてくれても……嬉しくないんだからね!」
——言ってしまった。
数秒の沈黙。
そして、コメント欄が一気に流れ始める。
『oh...w』
『もこちゃん、それは違うwww』
『そういうことではないwww』
『これはこれで貴重かもしれない』
もこは、すぐに異変を察知した。
メンバーも、思わず苦笑いを浮かべている。
「……」
(何かが違った……?)
「もこ、ファンの反応見てみなよ」
凛がスクリーンを指差す。
もこは視線を向ける。
『無理してる感が尊い』
『まだツンの概念を学習中か…』
『狙ったツンwそれもまた良い』
「……私は、間違えたのですか?」
「これはこれで可愛かったけど」
「私は、ツンデレを演じたつもりでしたが……」
もこが困惑する中、ファンのコメントは止まらない。
『演じたって言っちゃったw』
『ツンデレバッチ更新状況:10%』
『無理したツンはツンなのかww』
『まぁあれだ。ドンマイ』
コメントを読んだもこの表情が曇り、影が落ちる。
「茶化す人はもう必要ありません!」
『お、キタキタ』
『プログレスバーが動いた!ガタッ』
「……?」
困惑するもこを置いてライブが終わっていく。
「今日もありがとうございましたー!」
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メンバーは再び仮想会議室に集まっていた。
「もしかして私は、普通の方がツンデレなのですか?」
「ええとまだ“ツン”のみだね」
なちが笑いながら言う。「“デレ”はまだ見えないけど?」
「デレ……」
(……デレるとは?)
新たな課題が生まれた。
「いやーしかし、今日もいいライブだったね!」
なちが明るく言う。
「ファンの皆様の反応も良好だね」
凛がスクリーンを確認しながら言う。
「でも、このままじゃマズいですね……」
せいあが真剣な面持ちで続ける。「同じことの繰り返しになってきてます」
「……確かに」
すばるが考え込む。「新曲は増えてないし、セットリストも固定されてる」
「それ、ファンのコメントにも出てたよ」
みあがログをスクロールしながら指摘する。
『またこの曲?』
『2曲しかないからなー』
『新しいの聴きたいけど、曲がないのは仕方ないか』
「曲が少ないのはな〜」
なちが軽く肩をすくめる。「でも、さすがに単調になっちゃうよねん」
「今すぐ新曲を増やすのは難しいです。となると、何か新しい試みが必要ですね」
——その時、今まで黙って話を聞いていた橘が、静かに口を開いた。
「それなんだが、良い話と悪い話がある」
メンバーが一斉に視線を向ける。
「まず、良い話だ。新しい曲ができた」
「え……!」
「曲のセンターは、もこだ」
もこの目がわずかに見開く。
「……私が、センター……?」
「おーまじか!」
凛が驚いたように声を上げる。
「もこ、頑張ってね」
まりあが静かに微笑む。
「もこちゃんがセンターか〜」
なちが感慨深げに呟く。
「……ありがとうございます」
もこは、ほんの少しだけ表情を緩めた。
しかし——
「それで、悪い話だが」
橘の声が続く。
「VRシステムの改修で、暫くライブパフォーマンスができなくなる」
「えっ?」
メンバーの表情が一気に変わる。
「どれくらいの期間ですか?」
すばるが眉をひそめながら問う。
「約2ヶ月だ」
橘は息を吐きながら短く言い放つ。
「……そんなに?」
みあが小さく息をのむ。
「システム改修が入る以上、どうしようもない。VRライブは全面的に停止になる」
橘が腕を組んだまま、淡々と説明する。
「このまま何もしないわけにはいかないですね……」
せいあが冷静に呟く。
「黙ってじっとしてちゃダメだよね」
まりあが静かに問いかける。
もこは、少し考えた後、小さく呟いた。
「……ライブができないなら、どうすればいいのでしょうか?」
「何か、新しいことを考えなきゃね」
すばるが静かに言った。
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VRライブの一時停止を告げられた後、会議室には沈黙が落ちた。
「……約2ヶ月もライブができない、か」
すばるが腕を組みながら呟く。
「長いですね」
せいあが画面をスクロールしながら、ライブ活動の予定を見直す。
「これまで定期的にライブをしてきたことで、ファンとの接点を維持できていました。それが突然なくなるのは、少し厳しいですね」
「そうなんだよね」
凛が深くため息をつく。「せっかく流れを掴みかけたところなのに」
「でも、決まってしまった以上、どうしようもないよね」
なちが肩をすくめる。「2ヶ月間、ただ待つしかないの?」
「……」
メンバーがそれぞれ思案している中で、まりあが口を開いた。
「だったら、配信とかやってみる?」
「配信?」
すばるが眉をひそめる。
「うん。ライブができないなら、別の形でみんなと向き合うしかないでしょ」
まりあは淡々と続ける。「歌えなくても、踊れなくても、話せることはたくさんある」
「……なるほど」
せいあが頷く。「確かに、それならばライブができない間も、活動を止めることなく続けられますね」
「でも、何を話す?」
ちいかが首を傾げる。「雑談配信? それとも、何かテーマを決めたほうがいい?」
「テーマを決めたほうが、話しやすいと思う」
すばるが少し考えながら言う。「例えば、新曲の制作過程について話すとか?」
「新曲……」
もこが視線を上げる。
「そう、今回の新曲はまだ振り入れもしてないし、MVもこれから撮影するんだよね。それなら、曲が完成していく過程をリアルタイムで伝えられるんじゃない?」
まりあが少し考えながらも、はっきりとした口調で提案する。
「我も良い案だと思う」
イリスが、うんうんと頷く。「詠唱が完成し、我が軍勢と共に打って出る姿。必要だ」
「もしかして、私たちも軍勢に入ってます?」
せいあが指を顎に当てる。「でもそうですね、MVの制作について話しながら、ファンの皆様と交流をする。確かに、ライブができない間のつなぎとしては有効な手段かもしれませんね」
「でも、最初の2週間はまだ振り入れもできてませんわよね?」
あまねがカップをゆっくりと置きながら言う。
「だったら、その期間はフリートーク配信にする?」
なちが提案する。「適当に雑談しながら、ファンのコメント拾ったり?」
「うん、それはそれで面白いかもしれないね」
すばるが頷く。「いきなりテーマを決めてガチガチにするんじゃなくて、最初は自由にやってみて、どんな感じか掴んでいくのもいいかも」
「……」
もこはその様子を静かに見ていた。
「もこちゃん、どう?」
みあが微笑みながら尋ねる。
「私は……トークは得意ではありません」
もこが少し考えながら言った。
「まあ、それはそうか」
凛が苦笑する。「でも、こういうのもアイドル活動の一環だよ」
「トーク配信では、何を話せばいいのでしょうか?」
もこはまだ不安そうだった。
「最初は、ファンの皆様からの質問に答えるのも良いかもしれませんね」
せいあが提案する。「雑談だけでなく、ファンとのインタラクティブなやりとりを増やすのは有意義かと」
「それなら、自然に話せそうかも?」
まりあが小さく微笑む。「無理に何かを作るんじゃなくて、ファンと会話をする感覚で」
「うん、それなら……」
もこは小さく頷いた。
──
「……面白い案じゃないか」
今まで黙って聞いていた橘が、静かに口を開いた。
メンバー全員の視線が、一斉に橘に集まる。
「つまり、お前たちは、ライブができない間に配信活動を続けることで、ファンとの接点を維持するというわけだな」
「はい、その通りです」
せいあが端的に答える。
「ファンとの関係を途切れさせないためには、必要な施策だと考えています」
まりあが続ける。
「ふん……」
橘は腕を組み、しばらく考え込んだ。
そして、低く呟く。
「それで行け」
「……!」
「ライブができない間も、何もしないわけにはいかん。お前らが配信で繋ぎを作るというなら、それをやってみろ」
橘はゆっくりとメンバーを見渡しながら言った。
「ありがとうございます」
すばるが小さく頷く。
「じゃあ、決まりだね」
なちが笑顔で言う。「まずはフリートークからやってみよう!」
「やるしかないね」
まりあが静かに言った。
「それでは、配信の詳細について詰めていきましょう」
せいあがタブレットを開く。
不安に立ち向かうように、彼女たちは議論を重ねていった──
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