第3話 会いに行けないアイドル
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数年前──
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デビューから三ヶ月。
「インターネット娘」は、まだ何も形になっていなかった。
楽曲はリリースされた。SNSでも少しずつ名前は広まり始めていた。
でも、それだけだった。
アイドルは、ファンと直接会い、ステージでパフォーマンスをするもの。
けれど、私たちはそうではなかった。
「会えないアイドル」。
その言葉が、次第に現実味を帯びていくのを感じていた。
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──VR空間に、カラフルなアバターと、それぞれの姿を映すバーチャルモニターが浮かんでいた。
デジタルな無機質さを持つ空間の中、メンバーたちは各々の位置を微調整しながら、画面の向こうの会議室を見つめていた。
「全員、揃っていますか?」
霧宮すばるの落ち着いた声が、VR空間に響く。
彼女はリーダーとしての役割を担っていたが、それでもこの形での会議にはまだ完全に慣れたわけではなさそうだった。
「うん、OK。問題なし……かな?」
七尾凛が軽く手を挙げる。
他のメンバーも、一通り画面を確認しながら、静かに頷いた。
「よし、では始めよう」
橘がそう言いながら、会議資料を画面に共有する。
モニターに映し出されたのは、シンプルな一枚のスライドだった。
『ライブ開催不可による対応の検討』
その文字が目に入った瞬間、空気が変わる。
「……やっぱり、ダメなんだ」
南華ちいかが、息を吐くように呟いた。
「現状では難しい、ということだ」
橘が低く言った。
「新型感染症の影響で、引き続き開催は困難を極める。会場確保はおろか、観客動員の制限、感染対策……どれもリスクが高すぎる。関係各所と調整を進めていたが、やはり難しいという結論になった」
「そりゃそうか……」
凛が頭を掻く。
「でも、これってデビュー前からずっと言ってたことだよね。もう結成して数ヶ月経ったのに」
「実際、ほとんど何もできてないもんね〜」
咲野なちが、ため息混じりに言う。
彼女たちは「インターネット娘」としてデビューしたものの、現実ではほぼ何もできていない状態だった。
本来、「インターネット娘」はリアルイベントを前提に設計されたアイドルグループだった。
デビュー曲「pingから始めよう!」は、それなりに話題にはなった。楽曲のデジタル配信は順調で、SNSでも少しずつ名前が広まり始めていた。
しかし——リアルイベントが一切できなかったことで、彼女たちは「会えないアイドル」になっていた。
「ネット発のアイドルって言ってもさ、実際に“会える”機会がないと、なかなか広がらないよね」
せいあが、タブレットを操作しながら言う。
「たぶんファンの人たちも、“この子たち、いつ会えるの?”って思ってるんじゃないかな」
「それよ、それ」
ちいかが画面を指差す。
「私たち、結局“どこにもいない”アイドルになっちゃってるのよ」
「……つまり、“会えないアイドル”になってるってことかしら?」
白鷺あまねが、紅茶を注ぎながら表情を崩さずに呟く。
「それって、アイドルとして成立してるのかしら」
ティーカップに広がる波紋を見つめながら、淡々と言葉を続ける。
「……してないよな」
凛が口を尖らせる。
「会えないんじゃ、そもそも推しようがないもん」
「でも、今さらどうしようもないですわね」
あまねは冷静だった。
「感染症の問題はすぐに解決するわけではありませんし、待っているだけではどうにもならなりませんわ」
「……じゃあ、どうする?」
すばるが、メンバーを見渡す。
だが、誰もすぐには答えを出せなかった。
「何か、新しい形を作るしかないんじゃないか?」
沈黙を破ったのは、黒瀬イリスだった。
「新しい形……?」
すばるが問い返すと、イリスは腕を組みながら、堂々とした態度で言葉を続ける。
「かつて、我が名を知る者どもは、冥王の軍勢として集い、己が信ずる者に仕えた。だが、その姿を見せずとも、心が繋がっていれば、その絆は揺るがぬものとなる」
「……つまり?」
凛が、半ば呆れたような視線を送る。
「ふむ、つまり、実体の有無など関係なく、意志の伝達こそが重要なのだ。我が声が届く限り、我が民はここにいる」
イリスがゆっくりと周囲を見渡す。
「故に、我らが姿を見せずとも、“届ける”手段があれば、それで足るのではないか?」
「……届ける、か」
みあが、小さく呟いた。
「でも、それってどうやって?」
すばるが改めて問いかける。
「実は、VRライブの企画を進めている」
橘が、静かにそう告げた。
メンバーたちの表情が、一斉に変わる。
「VR?」
せいあが、思わず目を瞬かせた。
「……VRライブ?」
他のメンバーも興味を向ける。
橘は画面共有のスライドをめくりながら、説明を続けた。
「ライブ開催が困難なら、別の形で“観客との接点”を持つ必要がある。その手段として、VRを利用したライブ配信の可能性を検討している」
「つまり……現実ではなく、仮想空間でライブをやるってことですよね?」
せいあが確認するように言うと、橘は頷いた。
「そうだ。距離や場所の問題はクリアできる。現実のステージと同じ臨場感は難しいかもしれないが、デジタルならではの演出も可能だ」
「なるほど……」
まりあが、じっと画面を見つめる。
「でもさ、VRって、そんな簡単にできるものなの?」
凛が怪訝そうに問いかけると、せいあがタブレットを操作しながら口を開いた。
「技術的には。すでにVRライブを開催しているアーティストもいます。実写映像を活用したものもあるし、アバターを使うタイプもありますね」
「でも、私たちは実在のアイドルだよね?」
なちが疑問を投げ掛ける、
「そう、だからアバターではなく、お前たちそのままの姿での形式を検討している」
橘が説明しても、メンバーたちの猜疑心は晴れない。
「それって、“ライブ”として成立するの?」
「ファンにとって、アイドルライブって、現場での一体感が大事なんじゃない? ネット越しでそれが再現できるの?」
「……それは、私たち次第よね」
ちいかが、不安を払うように声を発する。
彼女の声に、全員の視線が集まる。
「本当にそこにいるって信じて歌えば、ファンの人たちにも伝わるはず」
「……そうね」
すばるが、小さく微笑んだ。
「だったら、やるしかないわね」
「まあ、せっかく“インターネット娘”なんだしね」
凛が小さく笑う。
「ネットを使わない手はないか」
「どこにいたって、ファンの前に立てるなら、それが“私たちのステージ”だよ」
ちいかが言い切る。
「でも……」
あまねが、ティーカップを見つめながら呟いた。
「やはり、それは“アイドル”として認めてもらえるのかしら」
「どういうこと?」
凛が尋ねると、あまねはゆっくりと視線を上げる。
「どうやっても実際には"会えない"というので、皆様はついてきてくださるかしら?」
「確かに……」
せいあが、考え込むように頷く。
「VRでライブをやるとしても、確かに実際会った気分にはならないかもしれない……」
ちいかが言う。
「でも、大事なのは、私たちがどういう形であれ、ステージに立つことじゃない?」
「……それはそう」
かなでが頷く。
「現状でできることをやるしかない。それが、今の私たちのやり方なのかもしれないわね」
すばるもちいかに同調する。
「まあ……」
イリスが腕を組みながら、口元に笑みを浮かべた。
「冥王として、臣民に姿を見せることこそ義務であるからな。仮に異世界の扉を越えたとしても、意志が届く限り、我が存在は消えぬ」
「……あ、はい。冥王様、お疲れ様です」
せいあが、呆れ半分で呟く。
「結局、私たち次第ってことですね……」
「そういうこと〜」
なちが、小さく微笑んだ。
「届けようよ。私たちなりのやり方で」
その言葉に、静かにうなずくメンバーたち。
そして、橘が軽く咳払いをして締めくくる。
「お前たちが理解してくれて嬉しい。では、この方向で進める。詳細は改めて伝えるから待っていてくれ」
橘がそう言い、アイコンが退出中に変わる。
──停滞した状況から、ついに動き出せる。
メンバーの胸には、不安と、それを上回る期待が秘められていた。
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