彼氏卒業。

天照うた @詩だった人

あたしたちはあの日、カレカノを卒業した。

紅羽くれは。この関係、終わりにしよう?」


「……え」


 付き合ってから10周年の記念日。背後には、煌めく街の夜景。


 そんなときに、カレからこんな衝撃的な言葉を投げられました。


◇◆◇


「俺、好きな人いるんだよね~」

「え~もしかしてあたしだったりして?」

「そうだよ。だから俺と付き合ってくれない?」

「……え」


 遊びに行くときのようなかる~いテンポで付き合うことが決まったあたしたち。

 それは、高校二年生……だから、17歳の時のことだった。


 付き合う前から、カレのことを愛して止まなかった……みたいな感じではない。

 ちょっと気になってて、一緒に居るとものすごく安心する相手だっただけだ。


 でも、それは付き合う前までの事だった。

 カレと一緒に居ると、自然と笑顔になれている。楽しい、って心から思えている自分に気づけた。


 ――どんどん、カレがいないとダメな存在になっていっちゃったんだ。



 クラス替えがあっても、その関係はあまり変化することがなかった。


 そして、大学受験でも別々の自分が行きたい志望校に行ったあたしたち。

 卒業と同時に別れるカップルは周りにはたくさんいたけど、あたしたちの関係は続いていった。


◇◆◇


 そして、偶然同じ会社に採用され、かれこれ27歳……あたしたちが十周年を迎えた年に至ったわけである。


 そんな記念日に、カレはそんなことを言った。



「……え、終わりって?」


「うん」



 カレは、あたしのことをまっすぐに見つめる。いつもは大好きな、この瞳が少しだけ怖い。



「今まで俺たちの付き合い方ってさ、なんていうか、中途半端だったじゃん。あんまり近くもなくて、遠くもなくて」



 それは本当にそうだった。

 デートなんてほとんどしなくて、仕事が忙しくなってからはLINEのやりとりだって少なくなってしまって。



「今までずっと迷惑しかかけてないんじゃないかって、薄々思ってた」



 そんな言葉に、考えるより先に口が動く。



「そんなわけないじゃん! あたしの方がずっとずっと迷惑かけてるのにっ、そんな……」



 声が潤んでいるのが自分でも分かる。

 カレは、片手をあたしの頭の上に乗せて、優しく撫でてくれる。その手の感触も、前撫でてもらった時より少しゴツゴツとしていて、嫌でも時間が過ぎてしまったことが実感できた。


「だからさ、俺はこの関係に区切りをつけたい」


「……そっか」



 そうやって言うしかなかった。


 離れるのなんて嫌だよ、ずっと側にいて! ……そんな風に言えば、カレはあたしの隣にいてくれるのかな。


 でも、それはカレを無理させることにしか繋がらない。そう考えて、そっと目を伏せた。




 ――そのときだった。


 ザッ


 カレが、あたしの前に膝をついてを差し出したのは。



「……なに、急に?」



 ――もう、あたしたちは別れるんでしょ? なんで、そんなことをするの?


 そう、まるで……



「俺は、今の関係を終わりにして、紅羽とちゃんとひとつになりたい。だから、俺と結婚してくれませんか?」



 ……今の関係を、終わりにする。

 それは、別れるってことじゃなくて……?


 硬直するあたしを前に、カレがゆっくりとその小さい箱を開ける。


 その箱の中にあったのは、くれないのルビーが輝く婚約指輪。



「10年も待たせて、ほんとにごめん。しかも、めっちゃ急だったし……」


「そんなこと、ないよ」



 あたしの瞳から、しずくが一粒。ルビーの上へゆっくりと落ちていく。



「あたし、終わりにしようって言われたとき、振られたのかなって思っちゃって。怖くて。すごく、不安になっちゃった」


 あふれ出す涙が、止まらない。涙なんてこぼしたくないのに。君の前でこんな姿みせたくないのに。



「……そっか。ごめんな」



 怒られた子犬みたいに、カレがしゅんとする。


 さっきとは打って変わって、その姿が愛おしく思えるのはなぜだろう?



「でも、俺、真剣だから。紅羽の横にいるのは、一生俺でありたいんだ。だから、結婚して欲しい」



 カレのまっすぐな言葉が、嬉しい。


 また、あたしの瞳から一筋の涙が落ちる。


 ――でも、この涙は、さっきの涙とは違うから。



「……はいっ」



 この日、あたしとカレは婚姻届を出して、カレはあたしの「夫」になった。



 こうしてカレは彼氏を卒業し、あたしの元カレになったのであった。

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