◆ 【桜色の狼藉】


(*以下、三人称一元「総指揮官」の視点)











 階下から、規律の緩んだ気配が立ち上ってきた。


 広間へ下りると、総指揮ストラテゴスは目だけで一瞥する。空気が緩んでいた。


「何の騒ぎだ」


 一拍置いて、若い伝令が彼に駆け寄った。

 その息は乱れ、態度に締まりがない。たるんでおる、と総指揮は思った。


「そ、総指揮官! 門前に、が来ています!」

「錬金術師……我が国のか?」


「は、はい……いえ、それが、『昔はそうだった』と申しておりまして……」

「……? そんな怪しい女が、なぜ上層エリアに入り込めた」


「そ、それが、『ただいま〜ぁ』と堂々と歩いてきまして……門番が『公爵家の令嬢』か何かと勘違いを……衣装もそれらしく華やかで……よく見れば容姿も整っており……」

「そんなことまで訊いておらん!」


 鋭い怒声が広間に走った。伝令兵は情けないほど縮こまる。


「──総指揮」


 その時、傍らにいた将官の一人が、気配を殺して総指揮に近づき、低く囁いた。


「近く、国から『国選錬金術師 総動員令』が下るでしょう。ですが、我が国の錬金術師は日ごとに捕らわれ、戦力は枯渇寸前です。」


 語気は低く、だが確実に焦りを含んでいた。


「確かに厚かましい女ではありますが……使えるなら、検討すべきかと」



 沈黙。



 総指揮は一度だけまぶたを伏せ、目を開けた。


「……よかろう。ここへ通せ」


 淡々とそう告げた。


 軍の歯車に、情けの挟まる余地はない。役に立つか否か──この男にとっての判断基準はそれだった。

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