◆ 医療錬金 Lv.3【調剤師】(暫定)


「まてまてまて、アリョーナ! 待て待て!」


 いきなりルーメノクティスの葉をもぎろうとしたので、一度落ち着かせた。


「え? どーした?」

「まず、テストしよう!」


 何事も、いきなり本番はよくない。

 まずは、試運転からだ。

 フラスコも錬金釜も、まだ水さえ入れたことがない。

 いきなり実戦投入する前に、シンプルな調合で使い勝手を確かめるべきだろう。


「初めて作るアイテムだし、錬具だってまだ使ったことないだろ? もうちょっとレベルが低いアイテムから試さないか?」





「ユーリは慎重だよね〜♡」

「うーん……たぶんアリョーナが実験的すぎるんだと思うぞ」


 形の悪いバケットを右手に持ったアリョーナと並び、ザーベラの森を歩く。


 目指すは『マンドレイク』の採取。

 俺の左手にはモンスター図鑑。この森にはさほど強いモンスターが出ないとレオニードは言っていたが、念のため持ち出した。


「そんなことより、ユーリの手って大っきいんだね〜!」


 ……やめろ、言うんじゃない。小っ恥ずかしいだろ。


 二人とも一つずつしか荷物を持っていないのに両手が塞がっているのは、この通り、アリョーナと手を繋いでいるからだ。


「片手でマンドレイク引っこ抜けそう!」

「お前の手は薄っぺらいな」


 くそっ、ガキみたいな言葉しか出てこない。


 彼女の手は小さく、冷んやりしていて、爪の形が綺麗だった。俺は手汗を掻かないよう祈りながら歩いた。





 泉から少し離れた沼地にやってきた。

 ちいさな紫の花──マンドレイクはあっさりと見つかった。


「なんか潮干狩りを思い出すなぁ……」


 ねちょっ、ねちょっ──根を傷つけないよう、全体の形が現れるまで、湿った土を掘り返していく。


「ショーヒガリ? って何?」

「この辺海ないのか? 掘るんだよ、貝を。浜辺で、五月に」


 互いに自分の見つけたマンドレイクを掘りつつ、会話がすすむ。


「じゃぁまだ早いね。いま四月だもん」

「…………あぁ」


「ンー? どしたー?」

「……いや、何でもない」


 ぽろっと『五月』とか言ってしまったが、普通に伝わるのか。──ありがとう”小説”の作者。しっかりと暦の設定まで地球と合わせてくれているんだな。


「四月の何日だ?」

「さー。忘れた」


「あのアトリエ、カレンダーとかないのか?」

「焼けちゃった」


「そっか。時計も?」

「時計はあるよ。ほゥれ」


 アリョーナが腰を上げ、尻を向けてくる。腰にぶら下がったアクセサリーの一つが懐中時計だった。

 四時だ。うぉー、午後四時だ!

 俺の生きてきた世界との接点が見つけられたような気がして、内心テンションが上がる。


「わかった。ありがとう。──ところで、前から思ってたんだけど、スカートもうちょい長いほうがいいんじゃないか?」

「どーして? 気に入ってるよ?」


「……そうか。ならいいんだけど。──さ、日が暮れる前に掘っちまおう」


 本当に短いんだよな。今みたいに腰を突き出しただけで結構、危うかったりする。


「ほれ、『マンドレイク』採れたぞ」


 小さな木の根っこ、という感じだ。

 なるほど、人の形はしているが、ファンタジー小説でよくあるように目と口がついていて叫び出す、ということはなかった。少し期待していただけに残念だった。





「そういえば、エカリナのレベルはいくつなんだ?」


 木の根元で薬草をむしっているアリョーナの背中に声をかける。


「えっ? ユーリ、エカリナちゃんと知り合いなの? 友達?」


 目を丸くして問い返された。


「あぁ……まぁ。何だろうな。知り合いだ」


 また友達と呼べる日が来ればいいが。


「エカリナちゃんは【地域ランク】だったよ。よく遠征にも出かけてたし」

「あー、戦争でな。そうか。で、レベルは?」


 俺としては、『レベル』でエカリナやその取り巻きの上をいきたい。ランクよりも直接的に実力を示せて、鼻を明かすには効果的だと思う。


「うーン……」


 アリョーナは腰を上げ、首を捻る。あごに指を置く、その手は泥だらけだった。


「エカリナちゃんは『兵器』を専攻してて、レベルは忘れたけど、たまに周りの子たちから【爆炎狂ばくえんきょう】って呼ばれてたかな」

「きょ、狂……?」


 冗談かと思ったが、アトリエに戻ってレシピの巻末を確認すると、たしかにその通りに記されていた。『──Lv.7【爆炎狂】』だそうだ。末恐ろしい少女め。


 アリョーナは棚の上から”おニューの連勤釜”を運んできて、窓辺の定位置に座る。


「すごいよね、私の一つ先輩なだけなのに」

「一つ? エカリナは16だろ。二つじゃないのか?」


 言い間違いかと思ったが、そう単純な話でもないらしい。


 エルメリア学院は”専門学校”のような機関で、2年制の課程を持つ。錬金術の基礎から専門技術までを学ぶが、年齢を問わず入学できるという。エカリナは13歳で入学。その翌年、アリョーナが12歳で入学した。なるほど、それで2歳差の一年先輩になるわけか。


 そして、こんなところまでアリョーナとエカリナは対照的だった。


 環境に恵まれず、地道に独学を続けてきたアリョーナ。一方で、エカリナは代々錬金術師の家系に生まれ、幼い頃からその才を磨いてきたという。


 そういえば、以前エカリナが『祖父の名に誓って』と口にしていたことがあった。彼女にとって、錬金術とは家の誇りそのものなのだろう。



 ──〜〜♪



 煮込む鍋の湯気が、夕日に赤く染まる。気づけば、夜の気配が忍び寄っていた。


「電気……は、ないよな。夜はどうしてるんだ? 蝋燭とか?」

「あそことあそこ」


 アリョーナは食い入るように釜を見つめたまま、部屋の隅を二箇所、指差した。


「火、入れとくぞ」

「うン」


 置いてあったマッチを擦る。部屋が暖色に包まれる。

 ふたたび窓辺に腰をおろし、俺はモンスター図鑑を開いた。ちらちらとアリョーナに見られる。


「どうした?」

「へへ。暗いのに、ユーリが帰らない♡」


 アリョーナは口元を緩め、そう言った。


 可愛いやつだな──と思い、ふと『尊い』という表現が出てこなかったことに疑問を抱く。


 ……まぁ大差ないか。

 その気持ちの変化にとくに意味を見出すこともなく、俺はアリョーナに微笑みを返し、図鑑に目を落とす。




 中火で一時間。

 火加減を巧みに調整して、湯が噴き零れそうになるのを抑えながら、アリョーナは無事にレベル3の解毒薬──【祈樹の緑液エフケレストン・アルボル】を錬成した。


「で〜きた! ユーリ、わたしレベル3でいい?」

「そうだな。実際に効果があるか検証してからな」


「あれ? 意外としっかり見るんだ?」

「そりゃな。お前だって、きちんと自分の実力を把握しておきたいだろ?」


「ン、まーそりゃねぇ」



 翌朝、ダリオの店に顔を出し、アイテムを査定してもらった。


「問題ありませんか?」


 俺が尋ねると、ダリオは瓶に入った碧色の液体を揺らしながら、低く唸った。


「ああ、文句なしだ。問題ないどころか、遥かに基準値を上回ってる。解毒の即効性、疲労回復の付加効果、おまけに揮発もほとんどないときたもんだ。【祈樹の緑液エフケレストン・アルボル】としては一級品だよ」


 俺に色の変わった付箋を見せながら、そう言った。付加効果や状態異常への効能を調べるためのテストペーパーらしい。





「ただいま」

「おかえり! どうだった? わたしレベル3になれる?」


 アトリエに戻ると、アリョーナが小走りで近づいてきて、期待と不安が入り混じった顔で俺を見上げた。


「大丈夫! 完璧だとさ。おめでとう、アリョーナ! 暫定だけど『レベル3』に──ごふっ!」

「やたあ♡ レベル3だ〜♡」


「い、いきなり飛びつくな……! あと暫定だぞ! あくまで”俺の中で”、だからな!」

「ぜんぜんいーよ! ユーリ公認の『アリョンカ』で♡」


「ユーリ公認の『レベル3』な……!」


 この調子で、サクサクと医療レベルを上げてくか。




 ……の、前に。



 実はさっきルドヴィヤで、大量の布と綿、それから『造物』のレシピを買ってきた。


 かれこれ二晩も、俺はアリョーナとを共にしている訳だが──

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