◇ 医療錬金の教則本と銅ネズミ


医療錬金術メディカ・アルケミカの本? あー、ないない」


 店主は手を振った。



 通りの二軒目。「ないない」


 後ろの棚も探してくれよ、と言いたくなるが、探さなくてもあれば覚えているのだろう。


「どうしても欲しかったらアカデミーに行け」


 アリョーナを見ると、困ったように眉をひそめていた。


「そうですか……本屋って、他にもありますか?」



 三軒目。露店ではなく、ちゃんとした店に入る。だが、結果は同じだった。


「錬金術だぁ? ないない! 帰っとくれ、俺は奴らが嫌いなんだ!」


 この店にはレシピすら置いていなかった。



 四軒目は街の外れにあった。これが最後の店だった。


「ないね」

「そうですか……」


 内心、俺はガックリと肩を落とす。"推薦図書”なんていわれるくらいだから、もっと簡単に手に入るものかと思っていた。


「そんなに珍しい本なんですか?」


 ここが地元だという店主のおやっさんは肩をすくめる。


「戦争が激しくなってきてから、アカデミーが発行しなくなったんだ。の手に渡るのを恐れてね」

どうネズミ?」


 聞くと、おやっさんの視線が俺の髪と目をなめるように這う。


「ゼルヴェストの奴らさ。敵さん、目と髪が赤いだろ」


 あぁ……そういえば”本”で、敵国を揶揄する言葉があった。『見ろよ、銅鼠クプファーラッテがうろついてるぜ』作中でそんな言葉が使われていたのを思い出す。


 しかし一巻の時点で”目と髪が赤い”という情報は出てこなかった。俺が読み流していただけかもしれないが、敵兵士はみな、基本的に兜をかぶっている描写ばかりだった。


 そのとき、アリョーナが俺の背後から顔を覗かせ、ぽつりといった。


「……その言い方、よくない」


 おやっさんは腕を組んだまま反論する。


「構やしねぇ。奴らはヒトじゃねえ」


「人間だよ!」


 俺のローブを掴みながら、がばりと姿を見せる。


「お、おい、落ち着け」 アリョーナ──バレるぞ。


 しかし、おやっさんは彼女の正体をそもそも知らなかったらしく、鼻を鳴らした。


「勝つためなら何だってやるからよ。レシピは焼くわ、錬金術師は奴隷にするわ……あんた、知ってるか? 奴ら、エリクサーを独り占めするつもりだ。素材の花を、焼いて回ってんだ。焼けない場所には軍隊を置いてよ。おかげでトゥラーニャは死体の山が出来上がってんだよ」


 アリョーナが、暗い顔をしていた。





 店を出ると、夜の気配が街を包み始めていた。


「どうする?」


 その本なら、間違いなくアカデミーにある。トゥラーニャの協会は、世界中の協会を統括する本部が置かれた権威のある場所だ。どうしても欲しいなら、そこに行け──と、おやっさんは言っていた。


「さすがにアカデミーは──」

「行く」


「……お前、いま冷静じゃないだろ。明日また──」

「今日行く」


 言葉に迷いがない。意固地だな、と思った。だが、考え直す。

 いや──むしろ、これこそが俺の知っていたアリョーナなのかもしれない。


 ろくに戦えもしないくせに、戦場に飛び出してしまうような少女だ。


「行くのはいいけど、明日にしよう。スライムでも揉んで心を落ち着けてから……」


 俺の軽口には、振り向きもしない。


「……あぁもう……待て待て、俺も行くから」


 怒りに肩を強張らせ、夜の街をまっすぐに歩くアリョーナの背を、俺は追いかけた。

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