第三章.銀貨の価値
◆ 成金
「──はい。私の祖父の名に誓って、彼の身元を保証します。問題ありません」
「──
城外に陣取り、まさにこれから二人の捜索に出ようとしていた
二人の口添えもあり、俺は厳重に閉ざされた城門をくぐることができた。
ただし行き先は”兵舎”だった。
とある仮設バラックに連れてこられ、「証明してもらおう」と即席のベッド(藁)の前に立たされた。包帯から血の滲む兵士に水を飲ませると、
「ごほっ……もういい、薬の無駄だ……どうせもう長くは……うおおおおおお!!」
「……まことか……」
軍医も目を丸くした。
「刀傷だけでなく、火傷の症状も消えています……」
──俺は『特別通行証』を得るに至った。「我が国に囲っておけ」だそうだ。これで今後は城壁の内外を自由に出入りできるらしい。
じゃあここで、とバラックを出たヴァレンとエカリナが俺を振り返る。
「短い間だったが、良い知見を得られたよ」
「あぁ、なんか悪いな。ローブを貰った上に、タダで護衛までさせて……払える金もないんだ。恩に着るよ」
彼らにしてみれば護衛のつもりじゃなかったかもしれないが、一緒にいてくれて本当に助かった。実際、俺ひとりでフェンリッシュ・ハウラーに遭遇していたら、癌を待たずして死んでいたと思う。
「こちらの台詞だぞ、賢者ユーリ。君は命の恩人だ。本当は街を案内してやりたいんだが、俺たちは本部で戦果の報告があるんだ」
といったヴァレンは片手に銃を抱えている。エカリナが俺を脅した、あの銃だ。戦果というのはこの銃のことで、どうやらこれを敵から奪うために今日彼らは戦場へ駆り出されたらしい。
「ごめんね、ユーリ。私はふだん
「そうだな。また落ち着いたら寄らせてもらうよ」
最後にヴァレンがいった。
「あそこに見えるのが、商人の集う『露天通り』だ。路銀を得たいならアイテムの売却もできる。”桜色の錬金術師”について尋くなら、取引のあとが狙い目だ。奴らは強欲だ。タダでは何も教えてくれんからな」
「これは餞別よ、ユーリ。活きがいいから、良い値段がつくと思うわ」
といって、エカリナは葉っぱに包んだ【上質の
「……ありがとう。それじゃ」
「ああ。またな、賢者ユーリ。聖者の加護を」
ときどきよく分からない単語を出されるが、俺は無難に笑って二人と別れた。
・
不思議な
「俺たち商人のマストアイテムだよ。ちょっとみてろ」
男は計量皿の上にカップ一杯の水を流し入れた。細い鎖で吊るされた皿は、不思議なことに一ミリも動かなかった。
「ほらな? ただの水を入れても、これっぽっちも動かない。だがな、ほれ、今度はあんたのその水を入れてみな」
指示に従い、
「【
──
露天通り。
人相の好さそうな顔を選んでいたら、この男と目があったので色々と尋ねてみた。俺は真っ先に【
ヴァレンは”路銀”と言っていたか、当面の宿代や食費も確保しておきたかったので、俺は水嚢を出した。得体のしれない水が売れるのか心配だったが、商人は先の”マストアイテム”を取り出し、その正体を教えてくれた──という流れだ。
「その、【
できれば『銀貨』がいい。銀貨一枚で、1泊3食付きの宿に泊まれるらしい。
露天商は、けろっと答えた。
「1カップ当たり銀貨五枚でどうだ、旅人さん」
「えっ!?」
カップ一杯で……? 無限に湧いてくる水が……? 5日分の生活費に……?
「不服だったか? そんなに驚かれても、これ以上は積めないぞ。こっちも商売だからな」
・
──今後もご贔屓に! 明るい声を背中に浴びる。
今は戦時下で、薬品類は飛ぶように売れる。彼は喜んで俺の水嚢から四杯の水を汲み取った。
銀貨20枚に、銅貨12枚。
俺はローブの内ポケットに、初めてゲットしたこの国の貨幣を収め、チャリチャリ鳴らしながら歩いた。
無限に金が湧いてくる財布を手にしたのだ。
地の文さん、ありがとう──俺は薄暗くなり始めた異世界の空に向かって、胸中感謝した。
その足で宿屋に向かった。
「こんばんは。一部屋、空いていますか?」
「旅のお方ですな?」
「ええ。突然で申し訳ない」
「ふむ……」
店主は顎をさすりながら、じっくりと俺を値踏みする。
そうか、日本とは違う。店も客を選ぶのかもしれない。
もっとも、俺自身、宿の構えを見て選んだ。異世界での初めての夜だ。変な店に泊まるわけにはいかない。造りのしっかりした宿なら、客層もそれなりだろう。ならば、この店主が考えているのも、俺を泊めることで得するか損するか──それだけだ。
「もちろん、現金で前払いさせていただきますよ」
銀貨をひと掴み出した。
「これで何泊ほど泊まれますかね」
「──っ」
少々お待ちを、と慌てたようにいって店主は奥へ引っ込んだ。
成金というやつか……。こうなってくると今度は命が惜しくなり始める。
明日から街の散策がてらウォーキングでもするかな。それで癌が小さくなるとは思わないが、健康に気を遣わないよりはマシだろう。
「へえへえ、旦那様。お待たせしました。階段を上がって、奥から二番目の部屋が空いてございますよ」
蝋燭を手渡され、丁寧に火を灯してくれる。
「先ほどの銀貨で八日ほどお泊まりいただけますが、延泊のご要望などございましたら、何なりとお申し付けください」
現金だなぁ。店主のあからさまな言動の変化に、思わず苦笑をこぼしてしまった。
「ありがとうございます。助かりました」
「いえいえ……」
店主が揉み手をしながら階段の下まで付いてくる。物欲しそうな目をしていたので、銅貨を一枚渡すと、気が済んだのか帳場へ戻っていった。
階段を上りながら、今後のことを考えた。
実は先ほどの露天商から、”桜色の錬金術師”に関する情報は得られなかった。
彼は長年あそこで商売をやっているらしいが、それらしい少女は記憶にないという。
まぁ、地道に探せばいいか。癌といっても今日明日に死ぬわけじゃないんだ。路銀も蓄えたし、町の出入りも自由になった。俺を制限するものは特にない。
「明日にでも
廊下の奥から二番目──これか。
部屋に入ると、先客がいて驚いた。え、相部屋なのか?
俺は蝋燭を持ち上げた。部屋はさほど広くない。その人物は、この部屋唯一のベッドに腰掛けていて、俺が入るなり顔を上げた。
「こんばんは。素敵なローブですね」
澄んだ女性の声。眼鏡をかけた知的な容姿。あぁ、その手に本を持たせてみたい。俺はこの人以上に読書の似合う女性を知らない。
「そんな調子で余命を売り続けていたら、すぐに死んでしまいますよ。
地の文さんは涼やかな声で、俺にそう告げた。
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