考察。ボトルメールの文章をチャットGPTに復元させたところ、「De Chile. Quién (o quizás Quiso) (algo)... pronto. 22 de mayo de 1960」となった。このスペイン語を翻訳すると、「チリより。誰かが(または「誰が」「望んだ」など)……まもなく。1960年5月22日」となる。この日付は史上最大のマグニチュードで知られるチリ地震の日付であることから、その被災者による救難要請と推察される。ここまではAI。 このボトルメールが示唆したとおり、日記の日付は大半が2011年のものであり、3月10日で途切れているのは震災によるということは明らかである。 日記帳本体の作者は凛である。しかし最後に記された名前は龍くんこと波多龍之介。凛、嶺奈、津流は亡くなったらしい。なぜ龍之介は凛の日記を持っているのだろうか。それは、彼らの生活地域が原発事故の避難区域内にあったから、と考えられる。そのため日記帳は凛の自宅に放置され、龍之介は廃墟に侵入できた。 転校生の浜中津流も象徴的である。彼の名前は、「浜」「津波」の「津」、「流」と海・津波関係の言葉を多く含んでいる。彼は震災のメタファーもしくは予兆的な存在、あるいはチリ地震の亡霊であったと推察できる。彼の好きな「こわい話」も、二つの大地震と大津波そのどちらかのことだったのだろうか。彼の「で の こへる」という意味深な言葉。これまたチャットGPTに頼ると、スペイン語の「de no coger」という可能性を教えてくれた。これはスペイン語で、「取らないことによって」といった意味である。何を?命を、だろうか。彼はまさか、津波を呼び寄せ人々の命を奪おうとしていたのだろうか。そう思ってみると、車のように速い彼は圧倒的な勢いで人々を襲った津波と重なるものがある。 凛は、「おはしも」の「も」すなわち「戻らない」だけを失念していた。質問しようとしている相手が龍之介であることから、嶺奈もまた分かっていなかったと思われる。震災直後、嶺奈は二週間前の誕生日にもらったシルバニアファミリーを取りに家に戻った。それを追った凛は、嶺奈ともども津波に呑まれ帰らぬ人となった、そんなシナリオが浮かぶ。 キリストが処刑されるまでを描く『マタイ受難曲』が、登場人物のだれもが死にゆく悲惨な物語を象徴しているように感じる。 駄文へのお付き合いありがとうございました。短時間で書いたので変なところも多いと思いますし、だいぶ無理のある解釈も多いので作者さんの意に反してしまっているところもあるかもしれません。とにかく、面白かったし考察しがいのある作品でした。他にもまだなにか隠されているような気がしてならないです。楽しませていただきました、ありがとうございます。
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考察。ボトルメールの文章をチャットGPTに復元させたところ、「De Chile. Quién (o quizás Quiso) (algo)... pronto. 22 de mayo de 1960」となった。このスペイン語を翻訳すると、「チリより。誰かが(または「誰が」「望んだ」など)……まもなく。1960年5月22日」となる。この日付は史上最大のマグニチュードで知られるチリ地震の日付であることから、その被災者による救難要請と推察される。ここまではAI。
このボトルメールが示唆したとおり、日記の日付は大半が2011年のものであり、3月10日で途切れているのは震災によるということは明らかである。
日記帳本体の作者は凛である。しかし最後に記された名前は龍くんこと波多龍之介。凛、嶺奈、津流は亡くなったらしい。なぜ龍之介は凛の日記を持っているのだろうか。それは、彼らの生活地域が原発事故の避難区域内にあったから、と考えられる。そのため日記帳は凛の自宅に放置され、龍之介は廃墟に侵入できた。
転校生の浜中津流も象徴的である。彼の名前は、「浜」「津波」の「津」、「流」と海・津波関係の言葉を多く含んでいる。彼は震災のメタファーもしくは予兆的な存在、あるいはチリ地震の亡霊であったと推察できる。彼の好きな「こわい話」も、二つの大地震と大津波そのどちらかのことだったのだろうか。彼の「で の こへる」という意味深な言葉。これまたチャットGPTに頼ると、スペイン語の「de no coger」という可能性を教えてくれた。これはスペイン語で、「取らないことによって」といった意味である。何を?命を、だろうか。彼はまさか、津波を呼び寄せ人々の命を奪おうとしていたのだろうか。そう思ってみると、車のように速い彼は圧倒的な勢いで人々を襲った津波と重なるものがある。
凛は、「おはしも」の「も」すなわち「戻らない」だけを失念していた。質問しようとしている相手が龍之介であることから、嶺奈もまた分かっていなかったと思われる。震災直後、嶺奈は二週間前の誕生日にもらったシルバニアファミリーを取りに家に戻った。それを追った凛は、嶺奈ともども津波に呑まれ帰らぬ人となった、そんなシナリオが浮かぶ。
キリストが処刑されるまでを描く『マタイ受難曲』が、登場人物のだれもが死にゆく悲惨な物語を象徴しているように感じる。
駄文へのお付き合いありがとうございました。短時間で書いたので変なところも多いと思いますし、だいぶ無理のある解釈も多いので作者さんの意に反してしまっているところもあるかもしれません。とにかく、面白かったし考察しがいのある作品でした。他にもまだなにか隠されているような気がしてならないです。楽しませていただきました、ありがとうございます。
作者からの返信
す、すごい、結構あってる