好きな人の好きな人は……

涼月

時を戻せるのなら

 時を戻せるのなら、どこから戻せばいいのだろうか……

 無かったことにしたいのは誰との出会い?

 


「岩橋さんって、マジ天使だよな。清香きよかもそう思うだろ」

「……まあね。あたしなんかとダチになってくれる時点で、もう女神っしょ」


 そう答えたあたしを、琢磨たくまが眉間に皺寄せて見つめてくる。


「お前さぁ、そういうとこだぞ。だめなの」

「何が?」

「あたしなんかって、いつも卑下してばっかだよな。お前はいい奴だよ。最高に」


 最高にいい奴―――

 

 褒め言葉だって、わかっている。

 でも、何故かチクリと胸が痛む。

 理由はわからないけど。


 でも、この時、ちゃんと向き合うべきだったんだ。



 昔から女の子らしいことは苦手だった。だから、女子のややこしい世界も苦手で、気楽に話せるのは家が近くて幼稚園からの腐れ縁だった琢磨だけ。

 そんなあたしに、高校生になって初めて女子の友達ができた。

 岩橋花恋いわはしかれん。名前からして綺麗で、見た目もとっても可愛らしくて、おまけに性格も優しくて控えめ。マジ、天使みたいな女の子。


 そんな花恋に、琢磨が熱を上げるのは必然で―――


 私は花恋も琢磨も大好きだから、目一杯応援して。めでたく二人が付き合い始めた時は感無量だった。心から祝福した。

 

 それなのに、なんでかな……

 大好きな二人が目の前で笑っていると、心が痛くて苦しくなるのは。

 ただでさえ不器用な笑顔がどんどんギクシャクして、まるで仮面を張り付けたみたいになって。


 気持ち悪い……


 気づいた時にはもう何もかもが手遅れで、あたしは遠くの大学へ進学を決めた。

 物理的に離れれば、言い訳する必要も無くなるしね。



 中学の同窓会。

 琢磨が参加するって言ったから、あたしも参加を決めた。

 今日だけは、花恋を気にせず琢磨と話せる。そんなどうしようもない未練があたしを突き動かす。


「清香、だよな」

 琢磨の瞳が、一瞬驚いたように見開かれた。


「……なんか、雰囲気変わったな」

「そうかな」

「おう、綺麗になった」

「あ、ありがとう」

 

 そんなこと言ったって、あたしを選ぶことは無いよね……


 嬉しい気持ちは、直ぐに虚しさに変わる。

 なけなしのプライドが、あたしの背筋を支えてくれた。


「なかなか連絡できなくて、ごめんね。なんか忙しくってさ」

「花恋も寂しがっていたぞ」

「そうだよね。ごめん」


 予想通りのセリフ。


 でも、なんだろう……

 違和感を感じる。


「花恋、元気なんだよね?」

「……元気だよ。多分」

「え!」


 多分って、どういうこと?


 心臓がバクバクと鳴り始める。

 あたしに開かれたチャンスの扉は、琢磨の不幸の上に成り立つから、迂闊な言葉は命取り。心の中で天使と悪魔がいがみ合っている。


「多分ってどういう」

「あー、悪い。最近ちょっとな」


 結局、二次会の後の三次会。

 二人っきりで酒を酌み交す。


「そう言えば、清香と飲むの初めてだな」


 既に出来上がっている様子の琢磨。

 こんな無邪気な顔されたら辛いんだけど。


「やっぱ、お前は最高にいい奴だよ」


 決まり文句を言われても全然嬉しく無いよ。


「話を聞いてくれて、ありがとうな。これからも頼りにしてるぜ」


 ハイペースで煽るグラスを抑えれば、直ぐそこに熱い吐息。潤む瞳。


「清香、どうしたらいい? どうしたら花恋を救えるのかな。あいつは天使じゃ無かったよ。傷ついて血を流している堕天使だった」


 花恋を想って流す涙が、ハラハラと琢磨の頬を伝い落ちた。


 ハンマーで頭をぶっ叩かれたような衝撃。


 どんなに焦がれても、琢磨の心は絶対にあたしのモノにはならないんだ―――


 絶望、確信、絶望


 だったら、今ここで彼の心を捻り潰してやる!


 あたしはいい奴じゃない。

 簡単に悪魔にだってなれる。


 でも……できなかった。



 初めて出来たあたしの女友達は、天使でも女神でも無くて。本当は満たされない承認欲求を振りかざして、琢磨を裏切り試しては、縋って離さない悪魔のような女だった。


 そんな悪魔の下僕となった琢磨は、真面目に一途に彼女を癒そうと血を捧げ続けている。


 

 時を戻せるのなら……


 絶対、花恋と友達にはならない。

 そして、花恋と琢磨を会わせないようにする。


 ううん、もっと早くに告白して、琢磨をあたしのモノにしておけば。


 ううん。それも違う。


 きっとあたしは琢磨にとって、いつまでたっても止まりなんだろうな。


 どんなにあたしが邪魔立てしても、琢磨は花恋を好きになってしまう気がする。


 だったら―――


 やっぱり、琢磨と出会う前に戻りたい。

 こんな寂しい心を抱えて生きていくのは耐えられないから。


 彼を好きになんかならなけりゃ……


 でも、そうしたら、琢磨とのキラキラ楽しかった日々も消えちゃうんだね。


 それも……嫌だよ……


 

 どこにも行けないあたしは、これからもここで―――


 好きな人と好きな人の好きな人を、指を咥えて見続ける。



         fin.


 







 


 

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