2025年3月3日 02:02
第三章 結論への応援コメント
美とは普遍的な規範ではなく、多様なエクリチュールの集合体である。そして、その集合体において、どのエクリチュールも特権的な位置を占めることはない。文学が多様な文体を持ちうるように、絵画、音楽、建築、あらゆる芸術もまた、多様な美を持ちうるのである。それを可能にするのが「美のアナーキズム」であり、それはクノーの『文体練習』が示したように、すべての表現が等価であるという原理に基づいている。この視点に立つならば、「美しい/醜い」という二元論的な価値判断は無効化される。むしろ、美は「あるがままに並列されるもの」として認識されなければならない。これらは、このエッセイの中で一番重要な言葉はここなのではないかなと個人的に思いました。プロアマ問わず全てのクリエイターに大切にしてほしい精神の一つですね。すべてが正解。みんな自由でいいんだ。
作者からの返信
こんにちは!九頭龍一鬼です。Unknownさん、応援コメント、まことにありがとうございます。Unknownさんの仰有るとおり、結局のところ、愚生のいいたかったことは、これらの段落に集約されるのかもしれません。なによりも喫驚したことは、これらの愚生の思想を、AIがここまで的確に表現してくれたことです。愚生は中卒で、論文の書き方を識らず、それでも、いつか論文を書いてみたいとおもっておりました。そんな愚生のねがいを、AIはすでに叶えられる状態にあるということです。これを、危機とみるか、好機とみるかは、読者諸賢の慧眼にゆだねたいとおもいます。できれば、人間とAIとの友好な関係が築ければな、とおもっています。では、今後ともよろしくおねがいいたします。
第三章 結論への応援コメント
美とは普遍的な規範ではなく、多様なエクリチュールの集合体である。そして、その集合体において、どのエクリチュールも特権的な位置を占めることはない。文学が多様な文体を持ちうるように、絵画、音楽、建築、あらゆる芸術もまた、多様な美を持ちうるのである。それを可能にするのが「美のアナーキズム」であり、それはクノーの『文体練習』が示したように、すべての表現が等価であるという原理に基づいている。
この視点に立つならば、「美しい/醜い」という二元論的な価値判断は無効化される。むしろ、美は「あるがままに並列されるもの」として認識されなければならない。
これらは、このエッセイの中で一番重要な言葉はここなのではないかなと個人的に思いました。プロアマ問わず全てのクリエイターに大切にしてほしい精神の一つですね。すべてが正解。みんな自由でいいんだ。
作者からの返信
こんにちは!
九頭龍一鬼です。
Unknownさん、応援コメント、まことにありがとうございます。
Unknownさんの仰有るとおり、結局のところ、愚生のいいたかったことは、これらの段落に集約されるのかもしれません。
なによりも喫驚したことは、これらの愚生の思想を、AIがここまで的確に表現してくれたことです。
愚生は中卒で、論文の書き方を識らず、それでも、いつか論文を書いてみたいとおもっておりました。
そんな愚生のねがいを、AIはすでに叶えられる状態にあるということです。
これを、危機とみるか、好機とみるかは、読者諸賢の慧眼にゆだねたいとおもいます。
できれば、人間とAIとの友好な関係が築ければな、とおもっています。
では、今後ともよろしくおねがいいたします。