第12話「確かめたい」
観客は息を呑んだ。
——いつもの「
いつもなら、ぺるしは派手な打撃技や魔法で「
しかし——
地味で容赦のない関節技。
観客が熱狂するような「一発逆転」ではない。
ただ、ひたすらに——苦しめる。
それが、ろっこの「
ろっこは冷酷に、ただ黙々と締め上げる。
「くぅ……!? あッ……ぐっ……」
ぺるしの全身が震え、熱を帯びた息がこぼれる。
痛みと、それ以外の感覚の境界が曖昧に溶けていく。
必死に足を踏ん張り、腕を引き戻そうとする。
しかし、そのたびに、ろっこの脚がぺるしの首へと、さらに深く食い込んでいく。
ゆっくり……じわり……じわり……。
肌に絡みつく生身の感触。
逃れようともがくほど、強く、深く、まとわりつく肉の拘束。
「う……くッ……ぎっ……ッ」
きつく噛み締めた奥歯が、わずかに軋む。
追い詰められるほどに意識は研ぎ澄まされ、ろっこの容赦なき支配が、ぺるしの脳裏に鮮烈に焼き付いていく。
ろっこの脚が、僅かに動いた——
「っあ!?」
その僅かな嗜虐の意志が、皮膚を伝い、神経を駆け上がり、まるで心臓そのものを掴まれたかのように、ぺるしの鼓動を跳ね上げる。呼吸を奪われるたび、喉がかすかに震え、熱を帯びた吐息が漏れる。
(あと2分……)
急激に量を増した汗がぺるしの目に入る。
それを拭う事すら出来ない地獄の時間。
膝が震える。
呼吸が乱れる。
焦りがぺるしの胸を打つ……。
「ぺるし……まずいぞ……!」
「早く抜けないとヤバい!」
「ぺるし!ぺるし!ぺるし!」
自然とぺるしコールが巻き起こる。
しかし、ろっこは一切、その手を緩めない。
眼鏡の奥のろっこの瞳は、冷たいまま。
薄い笑みを湛え、観客席を見渡す。
(……うそ、ここまで完璧に……!?)
とうかは思わず拳を握りしめる。
そして、ろっこの冷徹な姿を見た観客は、ついに諦める。
——ぺるしの負けだ
観客のぺるしコールが途絶えた。
ろっこは満足そうに「ふふっ」と笑うと——
「
掛け声と共に目一杯、——体を反らした!
「うあああああぁ!」
ぺるしの喉から、抑えきれない苦痛の声が漏れる。
(あと5秒)
「ぁ……」
ぺるしの瞳から生気が失われていく。
強く握られていた拳が開かれ、手首がだらりと垂れる。
膝が落ちる——
——その瞬間
ズゴォオオオオオッッ!!
突如として地面、二人の真下から巨大な火柱が上がり、ぺるしとろっこの体が弾け飛んだ。
「ええ!?」
とうかが思わず立ち上がる。
(上位魔法!?詠唱もしてないのに!?)
『勝利の目前、意外な返し技を食らってフィニッシュ。——ぺるしの逆転勝ち』
リングに倒れる二人。
焦げた衣装が、衝撃の激しさを物語る。
だが、火傷の傷はキュアポーションで拭える程度。防御魔法が土壇場で間に合ったのだろう。
肩で息をし、小さく指を動かし、腕を震わせながら、二人は必死に立ち上がろうとする。
観客席がどよめいた。
「くあああっ!」
ぺるしが吠えた。膝をつき、肩を揺らしながら起き上がる。
荒い息遣い。それでも意識ははっきりしていた。
ふらふらとリング中央へ進み、にやりと笑う。
そして——地面に指を差した。
そこには、魔法陣の痕跡。
時限式の設置魔法陣。
隠匿魔法。俗に「地雷系」とも呼ばれるもの。
発動まで、その
そして指定された時間が来れば、姿を現し、その効果を発揮する。
ぺるしは、自分のこめかみをトントンと叩いた。
「ぺるしちゃん、やっぱ天才♡」
——ろっこは片膝をついたまま、そこが限界だった。
勝ち誇るぺるしを見上げながら無念の表情を滲ませ、仰向けに倒れ込む。
試合終了!
ゴングがかきならされ、歓声が爆発した。
(……いつ? どうやって?)
とうかの目が揺れた。
たったひとつの攻防も見逃すまいと、試合の全てを追っていた。
第三者がリングに上がった形跡もない。
では——いつ?
(————入場の、時?)
思い返す。
タイミングは、あそこしかない。
ぺるしのラップ。
その時、マイクは切られていた。
——口パク。
ラップを口ずさむフリをしながら、ぺるしは呪文を詠唱し、つま先で魔法陣を描いた。
誰にも気付かれず、誰にも悟られないように。
知っていたのは、ぺるしとろっこだけ。
『結界』は魔法を封じるものではない。
魔法の”効果”を無効化するもの。
ならば——詠唱時に干渉されない限り、術自体が封じられることはない。
ルールの隙間を突いたマギア×ノクスだから許されるトリック。
『魔法少女』だからこそ可能な発想。
とうかは呆然と、モニタを見つめていた。
マニックは「ふう……」と一息つくと、一瞬、とうかに視線を向け、すぐに
「だーるぅー!体中がピキピキするぜー」
控室にぺるしが戻ってきた。
ぺるしが椅子に腰かけると、若手選手が慣れた手つきでスプレー型のポーションを、肩や膝に噴射する。
若手に肩を借りながら、ろっこも帰ってきた。
ぺるしの姿をみつけると、若手の手を外し、よろよろと近づき、膝をついて、両手で握手。
「ありがとうございました」
その目には薄く涙が浮かんでいる。。
「おー」
ぺるしは、短く返事を返すと、ろっこの肩を抱き、背中をぽんぽんと叩いた。
「ヤベえ技覚えたな。あれ、大事に使えよ」
「はい」
(……試合には、筋書きがある)
今日、知ってしまったこと。
でも——
胸の高鳴りが、止まらない。
圧倒的なスピード、研ぎ澄まされた技、神秘的な魔法の迫力。
なにより最初に抱いた不安を何もかも吹き飛ばす驚きがあった。
マギア×ノクスでしか観れない「戦い」と「感動」。
それが嘘だなんて、とうかにはどうしても思えなかった。
――だけど、やっぱり
『これは作り物だ』
かつて地上で魔法が使われていた時代。
魔女たちの中には、生きるために「見世物」へと身を落とす者もいた。
それは兵器として使い捨てられた者たちのなれの果て。
命を賭した賭け試合。
怪物退治。
それらが娯楽として消費されてきた。
『ワルプルギス条約』によって、そうした興行はすべて廃止された。
代わりにウィズアーツが台頭し、体重別、魔力値別、細かくルールが定められ、厳格な”管理”のもと、魔女たちの戦いは「競技」へと昇華されていった。
しかし――
その進化の果てに、マギア×ノクスのような興行主義が再び台頭し、熱狂を生んでいる。
魔法少女たちは小柄だ。巨漢とされるかげみでさえ、身長180cmに満たない。
その体躯で、怪物性を表現することは難しい。必然、戦いは過激さを増す。
ひとつ間違えれば大きな事故を起こしかねない詠唱魔法、危険な関節技……。
マギア×ノクスと、かつての「見世物」との境界は曖昧だ。
全ては、戦う者たちの心ひとつ。
それが『魔法少女』という存在が持つ”危うさ”だった。
『本当のマギア×ノクス』
――確かめたい。
とうかの中に静かな決意が生まれた。
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