第7話「都会、すごい!!」

 入国手続きを済ませた三人がクレタの街に足を踏み入れた瞬間、とうかの世界は一気に広がった。


 (……都会、すごい!!)

 とうかは思わず立ち止まって、目の前に広がる光景に息を呑む。


 石畳の大通り。黒光りする自動車がシュウシュウと蒸気を吐きながら滑るように走っている。馬車もあるにはあるが、観光客を乗せたものや荷物を運ぶ業者のものがちらほら見える程度。

 とうかの村では一日に数台見る程度だった自動車が、ここでは当たり前のように行き交っている。


 錬金機工アルカ・バンドルなのか、それとも他の仕組みなのか、とうかはつい細かく見てしまう。

「おい、歩きながら見ろよ?」

 かげみが振り返り、軽くとうかの肩を叩いた。

「とうかちゃん、錬金機工アルカ・バンドルとか好きなん?」

 けいながふと問いかける。

「え……と、好きでも嫌いでも……ないです。珍しくて、つい」

 とうかは口をつぐみ、一瞬、視線をそらした。

「ふふっ、都会に来たばっかの子あるある、かわいらしいわぁ。でも、立ち止まってるとすぐスリに狙われるえ」

「そ、そうなんですか!?」

 とうかは慌てて荷物を抱え直した。その仕草があまりにも素直で、けいなは思わず微笑む。


「ま、田舎とは違うから油断はするなよ」

 かげみがニヤリと笑い、さっさと歩き出す。

 白い運動着に雪駄。近所にでも出かけるような気軽さで、大股に進んでいく。

 けいなは淡い緑のケープにロングスカート。

 普段着だけど、どこか洒落た雰囲気。試合用の派手な髪色を帽子で隠し、ゆったりと街並みを眺める。

 緩やかな目元に、長いまつげが影を落とす。その横顔が都会の景色によく馴染んでいる。

 旅慣れた二人の背中を追いながら、とうかは周囲を見回した。


 特大サイズの魔映管テレビが大きなガラスの向こうにずらり。コマーシャルでしか見たことのない最新型が何台も——

 (村長さんの家にあったやつより、全然大きいし薄い!) 

 新型の魔映管テレビを見たけいなが突然、大声で叫んだ。

「こないだ買い換えたばっかやのに、もう安なってるし〜。しくったわ~!」

 手の甲を額に当て、がっくりと肩を落とす。まるで舞台の一場面のように大げさな仕草に、とうかは思わず吹き出しそうになる。

(え?いきなり?普段とのギャップすごすぎない?)

「しゃあねえだろ、競争が激しいんだから」

 かげみが笑いながらけいなの肩を叩いた。どうやら、いつもの事のようだ。


 さらに進むと、宝くじ売り場に行列ができていた。

 並んでいるのは、見慣れた服装の人たちだけではない。革ジャンにサングラスの若者と古風なローブを纏った老婆が11マスの週間予想表を眺めながら、楽しげに話している。

 その横では、シルクハットの紳士が、靴磨きの少年に足を預け、懐から煙草とライターを取り出していた。ヴェールをかぶったご婦人がカフェのテラス席で優雅に紅茶を楽しむ姿も見える。

 (……都会、すごい!!)——二回目


 大通りから狭い路地に入ると、今度は雑多な雰囲気が漂う。

 屈強な男たちが武器屋の店先で剣を吟味し、防具屋では鍛冶師が鉄槌を振るう。金属の音がカンカンと響く中、奥の方には石造りの古びた建物、「冒険者ギルド」と擦れた看板が掲げられている。


「……都会って、本当に何でもあるんですね」

「そりゃあな。こういう街じゃ、貴族も平民も商人も流れ者も、みんな一緒に生きてる」

「ウチらもその一部ってわけやね!」

 けいながウインクしながら言った。


 路地を抜けると、そこは市場通り——。 

 色とりどりの果物や焼きたてのパンを並べた屋台がずらりと並ぶ。

 肉を焼く香ばしい匂いに、スパイスの異国めいた刺激的な香り。商人たちの威勢のいい掛け声、どこからか奏でられる弦楽器の調べが喧騒に溶け込んでいた。


「しゃなんさんとはこの街で合流ですよね?」

 ふいにとうかが尋ねる。 

「ん?後援会長の接待に駆り出されてな。しゃなんはそういうの得意だから」

「しゃなんさんが……!?」

 とうかは思わず聞き返した。

「しゃなんは頭が良くて機転も利くから、とにかくオヤジ連中のウケがいいんだよ」

 かげみが肩をすくめる。

「お世辞と相槌だけでオッサン転がすん、天才的やんな~」

 けいながクスクス笑った。

 (あのクールなしゃなんさんが……お世辞?接待上手?)

 とうかは意外すぎて、しゃなんの別の顔を想像する。

「まっ、細かいことは後回し!とにかく飯だ!保存食ばっかで欲求不満だわ!」

 かげみが周囲を見回しながら鼻を鳴らす。

「とうかちゃん、なんか食べたいもんある?」

 けいなが優しく尋ねると、とうかは少し困ったように俯いた。

「えっと……外食なんてあまりしたことがないので……お任せします」

 かげみとけいなが顔を見合わせてくすっと笑う。


「そんじゃ、手っ取り早く酒場行くか!」


 ひときわ賑わう酒場の扉を開くと、騒がしさと熱気が三人を包み込んだ。

 木製のテーブルは客で埋まり、壁際では楽士が軽快な旋律を奏でる。酒と油の香りが混ざり、陽気な笑い声が飛び交っている。


 ――その時、聞き覚えのない声が飛び込んできた。

「お~っ! お前ら、もう着いてたのか!」

 手を振るのは、怪しい中年の男。

 派手な装いに整えすぎた銀髪、どことなく胡散臭い笑顔。

 そして、隣には――しゃなんの姿。

 (え? なんでしゃなんさんがここに……?)

 眼鏡をかけているが、服装は試合と同じ黒と紫のゴシック&ロリータ。意外と身長が高く、リング外で見るとコスプレ感が際立っている。

 とうかが驚いていると、隣でかげみが「あちゃー」と額を押さえた。

「とうか、こいつはプロモーターのマニック・ナガツマ。一応、挨拶しとけ」

「かげみぃ~、 後輩の前でこいつ呼ばわりは良くないぞ~?」

 軽薄な笑顔、妙に慣れ慣れしい態度。

 とうかは、なんとなく距離を取りたくなる。

 そんなとうかの視線の端で、しゃなんはただ静かに微笑んでいた。

「し……新人のとうかです! よろしくお願いします!!」

 とうかは内心の警戒を隠し、とりあえず元気に挨拶してみる。 

「あん?」

 マニックがとうかをじっ……と見つめる。

 感情の読めない無機質な表情。

 

 ――にたあ

 マニックの顔が急に不気味な仮面のような笑顔に変わった。


「へぇ、なかなかいいが入ったじゃねえか」


 (……え?)

 ぞくりとした悪寒が背筋に走った。とうかは、冗談では済まされない何かを本能的にマニックから感じ取った。

「なっ……!? とうかは悪役ヒールちゃうし!今日は興行の見学に来ただけで、ウチらただの引率や!」

 けいなが声をあげる。

「あ~?そういやそんな話、マーヤがしてたなぁ。でもよ……」

 マニックは口の端をねっとりと持ち上げた。

「顔立ちはおとなしめだけど、そういうタイプが豹変するの、客ウケいいんだよなぁ」

「ふざけんな!こいつはみゆてに憧れてウチに入ったんだ。マーヤさんの練習、毎日こなして、正統派ベビー目指してんだよ!」

 かげみが鋭い声を飛ばす。

 だが、その横で、しゃなんが「うふっ」と微笑んだ。

「うんうん♪でもでも、マニさんの言うとーり!かも~?」

 軽い調子で、とうかの肩に手を置く。

「とうかちゃん?キミわ意外とハマっちゃうかも? そーゆうギャップ、ちっと大事よん♪」

「しゃなん……さん……?」

「なぁ、とうか。やるか?」

 マニックが顔を寄せる。

「ひゃっ」

「お前もさ……『いい子ちゃん』でいるだけじゃ、つまんねぇだろ?」

「……っ」

 とうかは言葉に詰まった。

 何かを見透かされたようで、ぞわりと背筋が粟立つ。


 ――ドンッ!と音が鳴った。

 かげみが、拳をテーブルに叩きつけていた。

「勝手に決めつけてんじゃねえよ」

 低く、鋭い声だった。

「おいおい~。そんな怖ぇ顔すんなよ。俺は『向いてる』つっただけだぜ?」

「だとしても、決めるのは、とうか自身だろ」

 かげみは鋭い目でマニックを睨みつける。

「――とうかが『やりたい』って言うなら止めない。でも、そうじゃなきゃ、あんたの勝手なおもちゃにはさせねえよ」

「へぇ?」

 マニックはニヤリと笑った。

「お前が守るか? ははっ……好きにすりゃいいけどよ」


「ま、いつ辞めるかもわかんねえ練習生のことで、熱くなるのも時間の無駄だ」

「……っ!」

 かげみの拳が、一瞬強く握られる。

「俺はさ、客を楽しませるやつにしか興味ねえんだわ。こいつがその器かどうか、見ものだな?」


「――今回の巡業サーキット、しっかり頼むぜ。後援会長タニマチのセルゴート伯爵も、楽しみにしてる」

「言われなくても盛り上げてやんよ!そっちこそ、もし満員フルハウスじゃねえ会場あったら、覚悟しとけ!」

「心配すんなっつ~の!じゃあな~!」

 マニックが手をひらりと振り、踵を返す。

 その隣で、しゃなんがとうかににっこり微笑んだ。

「と・う・かちゃん、そんなカチカチにならないで。やるっきゃない♪やるっきゃない♪」

 おどけたように言うと、軽やかにターン。くるりと回った勢いのままマニックの後を追う。

 とうかはなるべく失礼にならない言葉を探して、心の中で呟いた。

 (なんていうか……、しゃなんさん……ちょっとレトロ?)

 ――みゆてさんたちもそうだけど、しゃなんさんもリングの姿とまるで印象が違う。

 そんなとうかの思考をよそに、かげみが忌々しげに舌打ちする。

「くそっ!着いて早々マニックと出くわすとか気分わりぃ!ナマ!ジョッキで!」

 苛立ちを隠すことなく、ドンッとテーブルに手をつく。

「え?それって……?」

 戸惑うとうかに、けいなが苦笑いする。

「三禁、気にしてるん?」

「え、ええと……」

「そりゃお前、新人には厳しい鉄の掟だなんて言ってるけど、実際は建前だよ。タ・テ・マ・エ」

 かげみは指で軽くテーブルを叩きながら言った。

「建前……ですか?」

「さっきの見たろ。人気選手は決起会だの慰労会だの、接待に駆り出されることも多い。あいつらもこれから、セルゴート伯爵と食事会。いわゆるってやつさ」

「そういう場でなぁ、色んなモン勧めてきはる人がおったり、時には……ちょっと綺麗じゃない話も出たりすんのんよ」

 けいなが少し口ごもりながら言う。

「ひえっ!」

 とうかは黙って二人の話に耳を傾けた。新人のとうかにとって、この手のリアルな裏話は新鮮で、驚きながらもつい聞き入ってしまう。


「お待たせしました~」

 かげみの前にジョッキが置かれ、けいなの手元には小ぶりなグラス。とうかにはオレンジジュース。

 三人は軽く乾杯した。

「……とまあ、そんな色々に対して”三禁あるんで”って言やあ、その一言で向こうも無理強いはしない。マニックの考えた防衛策ってやつだよ」

 かげみがジョッキを煽り、ぷはあと息を吐く。

「そうだったんですね……」

「そうそう。せやからそない堅く考えんとぉ~?とうかちゃん、ちょっとだけ飲んでみるぅ?」

 けいなが悪戯っぽく笑いながら、とうかにグラスを差し向ける。

「え、えっと……」

 とうかは視線をさまよわせながら考えた。

「――わ、わたし、これでいいです!」

 意を決したようにそう言って、小さく頭を下げる。

 ちょっと興味はあったけど、やっぱり自分の想像する『魔法少女』のイメージには合わない気がする――とうかはそう思った。

「とうかちゃん、真面目やなぁ~」

 クスクス笑うけいな。

「だって『魔法少女』ですから。……まだ練習生ですけど」


 申し訳なそうに俯くとうかを見て、かげみは少し安心した表情でジョッキを煽った。

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