第1話「胸がドキドキして止まらない」
空が茜に染まり、夜の気配がじわりと滲み始めた。
小さな村の青果市場。
立ち込める人いきれ。
焼きたての屋台飯から微かに漂う香ばしい匂い。
朝は穏やかな商いの場となるこの広場が、今夜ばかりは別世界。
荷台が片付けられ、代わりに
そこから放たれる照明が、闇に柔らかな光を落としていた。
ざわめき、弾む声。あふれる人波。
「チケット、まだありますか!?」
「立ち見になるよ」
「それでいいです!」
少女はニヤけそうになる唇を慌てて手で覆った。
貯金を崩して手に入れた一枚の
(これであの二人を、この目で見られる!)
握っているのは、ただの紙切れ。――でも、彼女には違って見えた。
頭の中で何度も思い描いた光景。それに現実にする
ポケットにそれをぎゅっと押し込み、少女は人の流れに飛び込んだ。
ぎっしり詰まった観客の背中。少女は必死に背伸びし、その向こうを見上げる。
眩い光がこぼれ、思わず目を細めた。
「あそこに……!」
自然に言葉がこぼれる。
「なりたいわたしが、きっとある――!」
少女は走った。人波をかきわけ、ひたすら前へ。
――視界が開けた。
眩いスポットライトに照らされた
そこに立つのは、二人の『魔法少女』。
桜色に煌めくツインテール。
天使の羽根が舞い散る、純白フリルドレス。
――奇跡の魔法少女 みゆて
夜空を纏う、黒と紫のゴシック&ロリータ。
――月影の雪月花 しゃなん
みゆてとしゃなん、二人の
「……すごい」
(胸がドキドキして止まらない)
――歌って、踊って、時に客席に語りかける。そんな当たり前のことなのに、どうしてこんなにも胸が熱くなるのだろう。現実というには鮮やかすぎて、夢というには確かすぎる何か――。
(わたしも……!きっと……!)
少女の目は、そんな二人に釘付けだった。
――だから気づかなかった。
みゆての背後に迫る、不穏な影に。
ゴツンッ!
鈍い音が会場に響いた。
「え……?」
みゆてが崩れるように倒れ込む。
一瞬にして、会場が静まり返った。
血濡れたバットを持つ暴漢。
みゆての側頭部から流れ落ちる大量の血が、
暴漢はみゆての顔を踏みつけると、満足そうに口元を歪めた。
もう一撃……
バットが振り上げられる――
「やめろッ!」
しゃなんの声が響いた。
そして――
しゃなんが跳んだ!いや、跳んだどころではない。ドロップキックの体勢で、その場から助走もなしに宙を舞う。
「う、嘘でしょ……」
少女は思わず息を呑む。
めきぃっ!!
鈍い音と共に、しゃなんの両足が暴漢の顔面にクリーンヒット。
……ドダンッ!……ダンッ!
暴漢の巨体が吹っ飛んで、地面に叩きつけられるまでの間、少女はただ、ぽかんとその光景を見ていた。
――着地したしゃなんが叫ぶ。
「ゴング鳴らせ!」
場内アナウンスが響く!
「
その中心に立つみゆて――側頭部から流れた血が頬を伝い、顎を滴る。
みゆては唇の血を拭い、足を踏みしめ、静かに息を吸い込んだ。
「かかってこい! 今日こそ決着をつけるよ!」
全身を発光させたみゆての姿――それはまるで夢の象徴のよう。
少女は拳を強く握りしめる。
(いつか――、わたしも!)
少女の名は、とうか。
とうかはまだ知らない……。
自分がいずれ『魔法少女殺し』と恐れられ『伝説の魔法少女』として歴史に名を残す運命だということを……。
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